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孤独でさみしい男~鬼舞辻無惨~(後編)

前回の続きです。↓コレ

死産として生まれ、成人するまで生きられないと言われてきた無惨は、生への執着が異常に強い。永遠の生を手に入れることを渇望している。その無惨に、輝哉は言う。
「永遠というのは人の想いだ。人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ」
無惨はその言葉をくだらない、と思う。

さて、孤独で無敵だった男、鬼舞辻無惨は、彼が理解できずその価値もよくわからない、「人の想い」に負けた。
彼は誰にも倒すことの出来ない存在だったからこそ孤独が極まっていた。
それが崩れた。彼は意外にも、そのことに涙する。

「生き物は例外なく死ぬ。想いこそが永遠であり不滅。確かにそうだった。殺した人間など誰一人覚えていない。肉体は死ねば終わり。だがどうだ。想いは受け継がれ決して滅ばずこの私すらも打ち負かしたのだ」

なぜ自分が泣いているのか、感動しているのか、この時の無惨は正しく理解していたのだろうか。疑問の残るシーンである。
ここの解釈は、それぞれが感じたままでいいと思うが、私は無惨の心の底の底の声ではないと感じている。無惨は自分の本当の底にある本音には気づかない。その感情を知らないからだ。

無惨は滅びていく自分の肉体を感じながら、鬼殺隊員の真似をして、自分の想いを誰かに繋げてみたいと考えるようになる。あのひとりぼっちの無惨がである。
永遠の命を手に入れて、完全な生物になりたいと願っていた無惨だが、最後の最後、彼の結論は産屋敷輝哉の考えと一致した。双子のように瓜二つの彼ら、一見すると正反対の性質を持つ彼らが最後は同じところに行きつくのである。
それが、「思いこそが永遠であり不滅」という輝哉の言葉である。

だが無惨は情を知らず愛を知らない男である。
同じ結論を出したからといって、その結果がよい方に進むとは限らない。
無惨は死にゆく炭治郎に自分のエッセンスを注ぎ、炭治郎を鬼にしてしまう。炭治郎に自分の想いを託そうとする。
無惨は輝哉の言う「想い」の本意を理解していない。想いの根底には他者への愛情がある。無惨の考える想いには、自己しかしない。自分の執着を、他人へ押し付け、束縛するものだ。

無惨はなんとか炭治郎を自分の後継者にしようとする。嘘をついたり、脅したり、罪悪感をつついたり、する。
悪魔の誘惑のようなシーンである。
しかし炭治郎は、今まで彼と繋がってきた仲間たちによって救われる。死んでいった仲間たちが、炭治郎を闇の世界から朝日の当たる世界へ押し上げる。炭治郎は死んだ仲間たちに押し上げられ、生きて炭治郎を待つ仲間たちに引っぱられ、無惨のいる世界から去っていく。

この時、最後の最後で無惨の本音が出る。これが無惨の本音なのだ、と私は理解している。

「私を置いて行くなアアアア!!」

無惨はひとりぼっちになりたくなかった。これが無惨の本音だった。おそらく彼自身もその本音には気付いていなかった。
しかしもはや無惨は大悪人である。その報いを受けなくてはならない。彼はひとりぼっちで地獄に取り残される。

さて、無惨本人は自分の行いの報いを受けて地獄に取り残されるが、無惨の想いや存在が消滅したのかというと、実はそうではない。
最終話、舞台は現代に移る。

現代では、本編のキャラクター達の子孫と生まれ変わりの人物たちが登場する。鬼たちは地獄にいるのでまだ生まれ変わることは出来ていない。
炭治郎の子孫である炭彦は炭治郎に瓜二つである。そして寝るのが好きだ。朝が弱いのかもしれない。
朝になって、兄のカナタに起こされても寝ぼけながら
「起きてるよう」
と言う。
この時のカナタの台詞が印象的である。
「嘘すぎてびっくりしてるよ。寝汚いな。」

寝汚い、は「いぎたない」と読む。眠り込んでなかなか起きない、という意味である。
無惨を憎んでいた鬼の珠世は、無惨の事を
「生き汚い男」
と言っていた。
また、炭治郎は無惨に
「お前は噓つきだ」
と言っている。
カナタの台詞に、無惨を連想させる単語を二つも入れているのである。朝に弱いことも意図的であると思われる。

カナタはそのまま学校へ行くが、炭彦は起きない。
ようやく起きた炭彦は、
「わあ遅刻だ」
「どうして誰も起こしてくれなかったんだろう~」
と言う。
顔は炭治郎そっくりだが、性格が違うぞ、と読者は感じる。自分の寝坊を他人のせいにする性格は、どこか無惨を彷彿とさせる。(しかし炭彦は善良な少年であることも重要である。)
この直後、炭彦はマンションの自室から飛び降りる(5階以上はある)。
そして人間離れした運動神経で走って学校へ向かう。
途中で炭彦は鬼殺隊員だった煉獄杏寿郎の子孫に会う。子孫の桃寿郎は炭彦の運動神経を買っていて、スポーツをしようと誘う。
「君は本当に向いてると思うんだスポーツ!!」
炭彦は断る。
「寝る時間減るの嫌だもん」

これは重要なシーンだと思う。

鬼のような身体能力を持つが、それを眠らせたい炭彦(炭治郎+無惨)、と受け取れる。

鬼は滅んではいないが、眠っている、起きる気はありません、ということである。

これは無惨への救済であり、炭治郎たちへの救済でもある。
また鬼は滅んでいないところが、単純なハッピーエンドではないのである。
無惨自身は自身の罪と向き合わねばならない。だから彼は地獄にいる。
しかし無惨の想いや存在は、残ったのである。
そしてその能力は眠っている。

無惨は彼も知らぬところで、救われていたのだ、と私は考える。
この物語の終わり方は、罪深く寂しい男への、美しい鎮魂歌であると感じるのだ。



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