人間嫌いの少年と女神

あらすじ
超ネガティブ思考の「暗木ラク」と美少女女神のラブコメ。塩対応の根暗な暗木ラクとからかい上手な明るい女神の頭脳戦ラブコメ!!
「私を好きになるまで私はあなたに付きまといます」
女神は好きになってもらいたい×俺は正体を暴きたい
果たして女神の本当の目的は?
からかわれながらの頭脳戦がはじまる!

本文
第一話
 俺の名前は暗木ラク。どうでもいいことだが、上から読んでも下から読んでも「クラキラク」だ。回文のようだが、本名だ。俺の性格は、根暗で潔癖症で神経質で疑り深いし、人間嫌いだ。だから、人に興味はない。男友達もいらないし、女友達、恋人など全く不要の産物とでもいおう。

 俺は周りを見ることなく、目を背けて生きてきた。そんな俺の平穏な日常になぜ、女がいるのだ? ここは俺の世界一リラックスできる自分の部屋だ。友達すらも(友達はいないのだが)入れたことのない俺の空気で固めた部屋になぜ、同じくらいの歳の女がいるのだ? 理解ができない。

 一応、高校生をしているが、いつも一人でただ生きているのが気楽でとても心地いい。変わり者だと言われても仕方ない。見た感じも暗さ全開だ。前髪を長めにして、顔を隠して、声を極力発しない。目立たないように生きている。人前に立って何かするとか空気を読むとかそんなことは面倒だ。だったら読まなければいい。俺が空気になる。無難に静かに暮らしたい、それが俺の願いなのに――
 なぜか、高校から帰宅すると、俺の部屋に知らない女がいる。怪奇現象か?

「おまえは、誰だ?」
 不審者や侵入者、泥棒かもしれないと思い、久々に声を出す。最近誰とも話していなかったので、声がかすれた。

「私は、ラク君の女神だよ」
「はぁ?????」
 俺は、全力で驚いた。おかしな話だが、自分で女神とか言っているあたり、頭がいっちゃっているおかしな女子らしい。やっぱり通報したほうがいいのではと思った。

「私のことは他の人間には見えないの。ラク君しか見えないんだよ」
 女神は鏡で俺の姿を映す。隣にいるはずの女神が鏡には映っていない。おかしな話だ。もしや、幽霊か? 俺がとりつかれたとか、そういったオチか? 怖い気持ちが合い混じりながら聞いてみる。

「お、おまえは幽霊か? 呪いの類なのか?」
「違うよ、女神」

「女神という名のハニトラか? ハニートラップというやつかときいているんだ」
 といっても俺にトラップを仕掛けてメリットがあるとはとても思えないが。
「ハニーってなに? 私は、ラクの要求を満たすために来たんだって」
「要求を満たすだと……?」

 それは、いわゆる思春期男子の要求を満たすというそういった女なのか? でも、俺はめんどうなので、女には関わりたくないし、欲求も満たしたい願望もないので、必要ないということになる。よってこの女は俺には必要がない。簡単な答えだ。
 すると、女神を名乗る女が短めのスカートをはいているのだが、急にラジオ体操の時に下を向く体操の姿勢になる。前かがみになり、地面に手を突いたのだ。何をしているんだ? その瞬間スカートの中がちらっと何かが見えてしまったではないか。見ようと思ったわけではない。黒いものがちらっと見えてしまっただけだ。俺は目を背けた。

「こうやってみると、世界が違って見えるんだよね。今、私のスカートの中、見たよね?」
 女神はにこっとして話しかけてくる。初めて会ったのにやたら親しげだし。というよりも、見せようとしただろ、絶対。

「何をだよ? 何も見てないし」
「黒だったでしょ?」
「黒なんて知らない」
「ラク君は女子のこと何も知らないんだね。これは、アンダースパッツの短いものだから下着じゃないよ」
「そんなのわかっているよ」
「やっぱり見たんだ」
 この女神、なかなか手ごわい。

「消えてくれ」
 俺は人間が嫌いだ。こいつは幽霊とかの類かもしれないが、面倒なことに関わりたくない。同世代の異性など苦手もいいところだ。

「ラク君は人間が嫌いなんじゃなくて苦手なだけだよ。私が消えるには、ラク君が私を好きにならないとだめなの」
「はぁ? 今すぐ失せろ、迷惑だ」
 こういうときは塩対応が一番いいはずだ。
「でも、神様から命令されているのよね。《《暗木ラクが私を好きだと思うまで、ずっとそばにいろって》》」
「神様? そんなものいるわけないだろ」
「でも、私は女神だし」
「どこまで本当かわからんな、幽霊が適当な嘘をついているんだろ」
「私、幽霊じゃないよ」
「じゃあ神の類なのか? 妖精とか?」
 ありえない言葉を並べてみる。我ながら意外とファンタジーな男だったんだな、なんて納得している。

「お前を好きになるなんて無理だ。俺は今まで人間を好きになったことがない。友達もいないからな」
「だから、試練としてラク君を与えられたみたい。簡単に人を好きになるような相手だと試練にならないでしょ」
「消えてくれないか」
「鬼対応だなぁ。基本、ラク君の傍から離れられなれないんだよね」
「24時間監視する気か?」
「そうなるかな。好きになってくれたら、いなくなるからさ」
「じゃあ、好き、これでいいだろ」
 心にもないことを言う。一応生まれてはじめての告白だが、感情は1ミリもない。
「嘘の好きだと、私、ラク君から離れられないから」
 愛情なしの好きじゃだめか。そりゃこんな短時間で好きになるってのはおかしな話ではあるが。

「私、この世にいないものだと思っているでしょ。でも、この世界のどこかで生きている人間なの」
「嘘だな。人間が宙に浮いたりするはずはないし、勝手に侵入できるはずもない」
「じゃあ、人間だっていう話を信じて私が何者なのか探ってよ。仕方なく、陰湿な男子のそばにいなければいけない日本一かわいそうな女の子が誰なのかだっていうことを当てて。私と勝負よ」
「興味ないし、さり気なく俺のこと、ディスっているよな」

 なぜか女神がカチューシャタイプの青い猫耳をつける。なんだ?

「ラク君に好きになってもらうかわりに、1日1回便利なアイテムを出してあげるよ。今、何かほしいものとかないの?」
「というか、その猫耳はなんだ? 魔法のアイテムかよ?」
「魔法のアイテムが出せる不思議なカチューシャなんだ。猫耳ロボットの国民的アニメみたいで雰囲気出るでしょ」

 いや、どちらかというと萌えキャラ好きなおっさんに好かれそうな感じのアイテムで、小学生ウケがいいかというと微妙だぞ。俺は心の中で突っ込みを入れた。秋葉原にいけ。今すぐ行っちまえ。俺は心の中で叫ぶ。

「んじゃ、腹減ったな。たこやき、焼きたてのカリッとしたものが食いて―」
 そんなことができるはずもない難題を突き付けてみる。

「にゃんにゃんるぅー」
 萌え招き猫のポーズで呪文のようなものを唱える。カレーのルーと猫を混ぜたような呪文を間近で見た俺の胸中はざわつく。当然今まで至近距離で萌え猫ポーズをされたこともなく、メイドカフェなどの耐性があるはずもない。俺にはハードルが高すぎる。女神に気づかれぬよう、萌え文化の化身を目の前にして、心の中で慌てふためいていた。すると目の前に出来立てのあつあつなたこ焼きが現れた。

「はいっ、たこやきをどうぞ」

 魔法なのか? もしや宇宙人か? でも、宇宙人がたこやきを出す技術があるのかというと疑問だ。

 外側がカリッとした俺好みのたこやきをおそるおそる口にする。たこやきは鮮度が命だ。早く食べないとおいしさが逃げていくのだ。でも、毒とか入っていないよな? そう思いながら食べたたこやきは、世界一おいしい味がした。アニメのどら〇モンみたいに便利だとか欲しいものを出す現象ってあるのだろうか? 普通に考えてあるはずがない。俺は幻覚を見せられているとか、だまされているのかもしれない。

「でも、アイテム出すのは1日1回なんだよね。また明日のアイテム考えておいてね。はい、あーんして」

 つい、条件反射で口を開けちまったじゃないか!! 女に食べ物を食べさせてもらったのって、幼児期の保育所の先生以来かもしれない。女神が親切にたこやきを食べさせてくれる。この状況どう考えてもおかしいだろ。だって、何か陰謀とか俺の命を狙っているとか……ついマイナス思考が出てしまう。――といいつつ、たこやきがうますぎてどんどん食べさせてもらう俺。女神と名乗る者は、まるでたこやきを食べさせる便利なロボットみたいだ。

 でも、国民的アニメの青い猫型ロボットの道具の決まりは、1日1回ではなかったし、猫型ロボットの性別は男だから、アニメのほうが俺としてはよかった。ここにいる美少女はロボットじゃないんだよな? まずはこいつの正体を暴かねば。だいたいなぜ俺が好きにならなければ、こいつが付きまとうなんてハチャメチャな話になっているんだ。絶対災難に巻き込まれている、世界一災難な男、暗木ラク。

「大きいのと小さいの、どっちが好き?」
「なんだよ、その問いかけは」
 女神は自分の胸元を指さして問いかけて来る。これは、巨乳か貧乳かという話だろうか。これは、答えずらい質問だ。というかなぜそんなことを答えなければいけないのだ。

「べつに」
 実に無難な返事だ。すると俺の方を指さしながら女神がほほ笑む。正確に言うと、俺の下半身のほうを指さしているような気がする。やはり下品な女なのか。俺のものが大きいほうがいいとかそういう話だったのか? 自問自答は終わらない。

「わたしは大きいほうが好きかな」
「は?」
 つい声が裏返る。なんと大胆な女神なのだ。誘惑して俺を落とそうとしているのだな。

「なに勘違いしているの? もしかして変なこと考えてた? ラク君が好きなたこやきの話だよ」
「はぁ?」
 たこやきかよ、紛らわしいにもほどがある。俺は自分が恥ずかしくなる。

「ラク君が食べるなら大きなたこやきがいいか、小さなたこやがいいかっていう話」
 明らかにおかしな指のさし方だったと思ったのだが。こいつは、からかっているに違いない。

「あんまり見られるとおちつかないんだけれど」
「意外とじっくり見るといい顔立ちしてるね。ラク君、悪くないと思うよ」

 なんでこいつに俺の顔立ちについて評価されてるんだよ。どんだけ災難なんだよ、俺は。
 
 女神は俺の方に手を伸ばすが、透けてしまい、接触は不可能のようだ。やっぱり、幽霊か悪魔なんじゃないのか? 俺は、ついその辺にあったお守りを握り、女神に向かって消えてくれと心の中で叫んだ。

 しかし、女神は消えない。
「何してるの? 私、ずっとこれからラクの近くにいるから安心してね」
「なんだよそれ、俺は1人が大好きなんだ。しかも呼び捨てかよ」
「ラクを24時間見守るのが私の仕事だし。まあ呼び捨てでもいいでしょ」
「はぁ? 寝てるときもそばにいるつもりか?」
「仕方ないのよ。《《これは私自身のため》》なんだから。これから、私の正体でも暴いてみたら」
 余裕の笑みの女神。こいつ、本名とかあるんだろうか? 俺は深いため息をつく。
「新手のストーカーだな!!」

「一応、お前は女だろ、男の部屋に二人っきりというのは、問題があるのではないか?」
「ないよ、お互い触れ合うこともできないし、誰にも私の姿は見えないのだから」
「風呂とかトイレはのぞくなよ」
「え? ダメなの?」
「当然だ」
「じゃあこっそりのぞいちゃおうかな」

 どうやら俺は何者かにとりつかれたらしい。そして、静かな平穏とは程遠い人生になってしまったらしい。暗木ラク、《《暗をとるとキラク》》が残る名前になっているのだが、どうやら《《気楽という一番人間として大切な生活の安心感を失った日となったのだった。》》俺はトータルで女神に負けたような気がする。敗北感だけが残った。

「絶対に私のこと好きになってもらうよ」
余裕の女神。
「俺は好きにはならん。お前の正体を暴いてやるから覚悟しろよ」
何の根拠も自信もないが、これは戦いだ。
俺と女神の戦いがスタートした瞬間だった。

第二話
 俺は、人間や生物などに興味がないのに、24時間ずっと女神につきまとわれるというわけのわからない罰ゲームをすることになった。もちろん、好き好んでゲームをしているわけではない。どんなことをしても女神が俺の前から消えてくれないのだ。

 俺が制服から部屋着に着替えるの時もまじまじ見られているし。下着は着たままだが、やはり見られているのは着替えづらい。でも、ここはあちらが目を覆うくらい堂々とするしかないな。

「こっち見るなよ。変態女神」
「ちょっとひどくない? 別にあんたみたいなイケてない男子の着替え見たくもないけど」

 無視だ。あーいうのに付きまとわれたらとんでもなく迷惑な話だからな。堂々と着替えながら横をチラ見すると、女神は窓の外を眺めているようだ。俺の勝ちだな。

 女神と名乗る女の目的や正体を暴かなければ、静かな俺の時間が訪れないだろう。でも、意外と女神は静かで、俺が漫画を集中して読んでいると話しかけてくることもなく、守護霊のようにいるだけだ。慣れてしまえば平気だろう。俺は、女神が目を離したすきにトイレに駆け込む。だって、見られたくないだろ。一応、いないかどうかを確認する。鍵も閉めている。俺が安心してズボンを下ろそうとしたら――女神がいる!!! 

「おい、でていけ!! トイレには入ってくるな!!」
「だめなの?」
 いたずらに微笑む。悪魔かもしれない。お祓いしたほうがいいのだろうか。
「早く好きになってもらわないと、《《私が困るんだから》》。早く好きになりなさいよね」
「わかったから、とりあえず出ていけ。むしろ俺はおまえが嫌いだ」
「ここで頭を使う問題を出してみたいけど、かなり切羽詰まっているみたいだからやめとくわ」
たしかに、俺はトイレに行くのを長時間我慢していたので、膀胱が破裂寸前な状態だ。正直今は、頭を使うような余裕はない。正常な判断もできない。

「内股になって前をおさえるラクも、なかなかかわいいよ。今回は私が勝ちね」

 そんな俺は、女神が出ていったのを確認して、急いで用を足す。こんなことまで気を遣う義理がなぜあるのだろう。だいたい、トイレに駆け込む寸前の情けない姿を見られるなんて、恥ずかしすぎるだろ。ここは、負けだ。生理現象には勝てないからな。俺は少々恥ずかしくなりながら負けを認めつつ部屋に戻る。女神は待ちわびていたようだった。飼い主を待つ飼い犬みたいな感じだろうか。でも、猫耳つけているから猫か。そんな突っ込みを心の中で入れてしまう。

「さっき出そうかと思った問題、トイレにまつわる問題を出すよ。本当はもっと我慢させて、屈辱顔のラクも見たかったけどね」
「屈辱顔のラクってドSかよ」
 俺は、女神をじっと睨む。

「トイレで見かける大きくなったり小さくなったりするものはなに?」
 俺は一瞬自分の下半身を見てしまう。変態女神が出しそうな問題の答えを推測する。しかし、こいつの誘導尋問に乗ったら負けだ。なにか、あるはずだ。俺は沈黙する。

「あれ? わからない?」
 にやける女神。
「わからないわけでもないけれど……」
 俺は沈黙する。
「もしかしていやらしいこと考えてない?」
「考えていない」
保健体育の領域だ。いやらしくない。
 俺はやはり沈黙する。逃げるが勝ちのような気がする。

「時間切れです。答えは水を流すレバーだよ、大と小があるでしょ。私の勝ちだね」
 ああ、そんなことだろうと思ったよ、なんて思いながら俺は胸をなでおろす。

「お風呂に入ってきたら?」
 女神が提案する。
「風呂場ものぞくなよ」
 俺は注意喚起する。
「ダメなの?」
 やっぱりからかっているな、悪質女神。
「俺の裸を見るんじゃない、そうでなければ変態女神と名付けるぞ」
 表情も変えず、女神は淡々と話す。
「裸は人間のありのままの姿なのに?」
「逆におまえだって自分の裸を誰かに見られたくないだろ?」
「私はかまわないけど」
 こいつ、確信犯だな。
「結構だ。もういい、静かにしていてくれ。というか俺の前から消えてくれ」
「一日一個しかねがいはかなえられないので、今日はおねがいはなしだよ」
「ねがいというより、当たり前の心の叫びだ。俺にプライベートな時間をくれ。今後一切、風呂とトイレ、着替えは見にくるな、わかったか?」
「わかったよ。仕方がないなぁ」
 こいつ、俺のことをもてあそんでいるだろ、絶対そうだ。

 この女は天然なのか? 計算しているのか? しかし、からかうことにおいてはかなり俺の経験値をはるかに上回っている。普段から人間と関わろうとしてこなかった空気だった俺には、コミュニケーションなんて最大の敵だ。

「じゃあ問題です。お風呂でよく見かけるもの。膨らんだりしぼんだりするものは?」

俺は一瞬自分の下半身に目がいく。俺は下半身にしか目がいかない男だったのか。改めて自分自身のレベルの低さに落胆する。しかし、女神のことだ、きっと俺が困っている顔を見ることで、快感を味わっているに違いない。よーく考えろ。もっと何かあるはずだ。風呂にある者といえば、洗面器、シャワー、バスタブ、石鹸、シャンプー、コンディショナー……しかし、ふくらんだりするものってないよな。俺は一連の風呂での行動を考える。そうか、体を洗う時のあれだな。

「答えがわかったぞ。俺にかかればなんてことはない。体を洗うボディースポンジだろ、俺の勝ちだ」
 俺はクイズの王様になった如く偉そうな態度に変わる。
「簡単だったでしょ。でも、最初に自分の体を見ていた姿はなかなか年頃の男子っぽかったよ」

 勝ったのに、負けた気分。だめだ、女神と話しているとおかしくなる。
 そもそも、俺はなんでこいつと勝負しているんだよ。

第三話
 風呂の時間が好きだったりする。一人で湯船につかり、ゆっくり温まる。なんて至福の素晴らしい時間なんだ。天からの授かりもののような俺の生きがいでもある入浴。

 シャワーだけだなんて、邪道のすることだ。血行が良くならないし、代謝にいいのは断然入浴だ。温泉よりも断然自宅派だ。温泉だと人がたくさんいるし、気を遣うような気がして落ち着かない。その点、温泉入浴剤を入れれば、日本全国をまわらずとも様々なお湯を楽しむことができる。自宅にいて、ものの数分で日本各地を旅行できるようなものだ。この価格で日本全国をまわることができるという素晴らしきアイテムだ。まさにどこでもドアと同じだと俺は思っている。

 俺は幸せな時をゆっくり静かに過ごしたいのだが、女神のことだ、きっと勝手に入ってくるに違いない。あの体はドアや壁をすり抜ける。ということは、鍵をかけても全く効果がない。俺は清潔男子ではある。ただ、性格が暗いだけだ。身体の清潔のために、今日はより一層気合を入れて入浴に臨む。さながら、スポーツの試合に臨む選手のごとく思考を研ぎ澄ます。気配を感じろ。何かの格闘漫画でそういった場面があったような気がする。俺には無縁だと思っていたが、意外にもそのときは俺にも訪れた。それは――今だ。

 下半身にタオルを巻き、まずはシャワーで髪と顔を洗う。意外に思われるかもしれないが、こだわりのシャンプーとリンス、洗顔フォームだったりする。とはいっても、男性向けで香りが気に入ったとかコストパフォーマンスがいいという程度のこだわりだ。そして、一度愛用するとなかなか他の商品に乗り換えないメーカーにはありがたいタイプの購入客だ。

 全身で気配を感じながら、誰もいないことを確認する。無事に体を洗い終えた。この速さで全身を洗い終えたのは最高記録となる速度かもしれない。やはりバトル漫画と同じだ。気を感じながら、素早く動く。風呂場で全裸の俺は、1人の戦士だった。

 全身を洗い終え、安心した俺は風呂に浸かる。ああ、幸せだ。俺は今日は頑張った。そんな激励を自身に投げかける。ああ、気持ちいいな。ふうっとため息をつく。安心のため息だ。

「髪が濡れていると結構イメージ違うね。さっきのラクより、かっこいいかも」
「なに? 女神がまた侵入したのか? 約束破るなよ」
「あそこの穴が気になって入ってきちゃった」

 女神は涼しい顔で『あそこの穴』だと言うのだが、俺はその言葉を発する勇気もなかった。俺の穴と言えば、肛門か? 俺の肛門が気になるというのか? どこまで下品な女なんだ。風呂場の空間の穴は他にもあるだろう。俺は思考をフル回転する。もしかして、排水溝か? 蛇口の出口も穴といえば穴だな。色々納得する。

「かなり小さな穴だから、指も入りそうもないね」

 どういう神経の持ち主なんだ。指を入れたいと思っているのか? 排水溝ならば指を入れることは簡単だろう。入りそうもない穴ってどこだ? だいたい18歳未満の女子でそんなことを考えるとは大胆すぎるだろ。普通の交際すらもしていない俺が、普通を通り越してマニアックな方面に誘われてしまったのだろうか? 俺は湯船で温泉の香りや湯を楽しむこともできず、のぼせてしまったようだ。女神の予期せぬ大胆発言のせいで俺の顔が赤くなってしまったのは否定できないが、ここはのぼせたことにしよう。

「ラク、また変なこと考えてない? 私が気になる穴っていうのはここだよ」
 女神が指さした壁には小さな穴が開いていた。それは、傷んで壁に凹凸ができたものだった。女神に俺は完全に負けた。思考を支配されてしまった俺に勝ち目はなかったんだ。

「おい、俺はもう上がるから、とりあえずここから出ていけ!!」
「わかったよぉ。ラクの腹筋って意外と鍛えられていることに驚いたのが今日の収穫だな、意外性で私が負けたかも」
「いつ俺の腹筋みてたんだよ?」
「内緒、じゃあね」

 たしかに腹筋を毎日やってはいるけれど、誰かに見られる日が来るとは思ってもいなかった。というか見たのは腹筋だけなんだろうか? 腹筋ということは前をみたということだよな? どこまでみたのか、聞くこともできない。これは逆わいせつ罪で訴えたいところだが――実体がない者を訴えることはこの国の法律では無理だ。そうか、あいつの正体を早く突き止めて、逆に脅しをかけなければ。

第四話

 毎日の日課、宿題をして、予習をする。俺の努力は人一倍だと思っている。学年一位をキープするのは努力の結晶だ。

 ちょっと難しい問題があると、女神が家庭教師のごとく指導を始める。秀才か? もしかして実は年上で既に授業で習っていたのだろうか?

「宿題をあっという間に終わらせる便利アイテムとかないの?」
 俺は、便利アイテムを持っているという女神に催促する。

「あるけど、たこやきを出しちゃったからね。今日はだめだけど」
「明日、お願いしようかな。宿題面倒だし」
「そんなことをしていると、テストの成績落ちちゃうよ。《《今は1番なんでしょ》》。塾なしで独学でよく勉強できてると思うよ」

 女神がほめると何か裏がありそうで怖い。ってなんで俺が1番だという情報を知っているんだ? 怖いな。正真正銘のストーカーかもしれない。

「今、明日お願いしようかなって言ったでしょ。明日が必ず来るって思えるのって幸せなことなんだよ。明日生きているかどうかわからない、なんていう人もこの世の中にいるわけだし」

 たしかに、明日生きているかどうか、そんなことは誰にもわからない。事故に巻き込まれることだってある。でも、健康な若い人ならば、明日があって当然だと思うのだ。やっぱり、女神は病を患っているとかそういった類の人間なんだろうか。そんなことはあるはずない。元気いっぱいで底なしの明るさ全開なのだから。

 俺は宿題を終え、予習が終わると自然とあくびが出た。もう寝る時間だ。結構今日も遅くまで勉強したし、疲れた一日だったな。そもそも女神という災難が天から降ってきたから疲れが10倍なんだよ。なんて思いながら布団に入ろうとした。――って俺の布団に女神がいるじゃないか。めちゃくちゃ、くつろいでいるではないか。

「おまえもここで寝る気か? おまえも眠るのか?」
「私だって眠くなるし、眠るならば柔らかい布団の上の方がいいよ」
「落ち着いて寝れないから、おまえは野宿でもしていろ」
「かわいい女子に向かってひどくない?」
「んじゃ、そのあたりの床の上で寝ていろ」
「いやいや、ひどいよ。床って冷たいし冷えるし」
「その体なら、冷えそうにないけどな。触れることもできない気体みたいなものだろ?」
「この体、気体なんだ。ためしに、ラクの服の間をすり抜けてみるよ」
「え? ……そんなことしなくていいって」

 と断った瞬間に、女神は風のように俺のTシャツの間をくぐり抜ける。風が俺の上半身を駆け抜けた感じだ。普通はない角度からの風が吹いたみたいな感じだ。肌に触れるのは空気だとしても女神なわけだから、恥ずかしくなる。

「じゃあ短パンの間も通り抜けてみようか」
「いや、それは勘弁だ。断る」
「ちぇー、つまんないの」

 なんていやらしい女神だ。俺は布団をかぶって眠ることにした。
「電気消すから、おまえはその辺で寝ていろ。寒かったらこれ使え」

 俺は毛布を一枚女神に渡す。気体でできているならば、風邪をひくこともないのかもしれないが、一応人としての優しさだ。

「ラク、おやすみ。この行為でラクの優しさに負けちゃった」
意外と素直だな。俺は少々警戒する。

 そのあと、どうにも同じ部屋に女神がいると思うと眠れない時間が過ぎた。

「ねえ、ラク、起きてる?」
「ああ、起きてるけど」
「興奮して眠れないの?」
「別に興奮してないし」

「ラクの明日使いたい、便利アイテムは宿題片づけるペンだっけ?」
「それもいいけど、俺、明日誕生日なんだ、って12時過ぎたら今日か」
「え? そうなの? ハッピーバースディーラク!!」
「そんなこと言われたの生まれて初めてかも」
「何それ、大げさだよ」
「俺の家、父親しかいないから。収入は安定していてお金に困っていないけれど、仕事が忙しいから誕生日とかクリスマスとかそういった行事はやらないんだ」
「プレゼントは?」
「現金をもらって好きな物買えって。だから本ばかり増えてる」
「好きな物が買えるならいいじゃん」
「でも、一生懸命選んでくれたものをもらったことってないから、人間が苦手になったのはそういった幼児期の形成が原因なのかもな」
「ラクも色々大変なんだね。じゃあ明日お祝いしてあげるよ。どうせ友達もいないんだし私に任せなさい」

 そんな話をしているうちにいつのまにか女神は眠っていたようだった。電気を消して部屋は暗いので、見えないが、寝息が聞こえる。よく考えると空気と同じ物質でできているのだから、意識する必要もないな。

 しばらくすると、女神がなにやら声を発する。でも、俺に話しかけているわけではなさそうだ。しかし、その声がいやらしい。

「あん…あっ…いく…」

 行くってどこに!? しかも謎のあえぎ声。部屋が暑くて寝苦しいのかもしれない。しかしながら、エアコンのリモコンは離れた場所にあり、女神の横を通りすぎる必要がある。もし、万が一だが、俺が寝ていると思い、何かしらの神聖なる行為をしていたら、やはり失礼ではないだろうか。見て見ぬふりが一番だ。俺はしばらく声を聞いていたが、そのまま女神は寝入ってしまったらしく静かになった。しばらく、妄想に支配され、俺の脳内は熱くなっていたが、疲れと眠気が勝利した時、眠りに落ちたようだ。

朝になるといつも通り明るい女神がおはようと話しかけてくる。

「昨日暑かったか?」

 あの声のことが気になり、確認してみる。

「昨日は怖い夢を見ていて苦しかった記憶しかないわ。あの世に連れていかれる夢。あの世に行く? と聞かれたから、行くのは嫌と言ったの」
「あの世が嫌ということは、お前はやっぱり幽霊じゃなく生きているのか?」
「そうだよ」

 昨日の夜は夢でうなされていたらしい。そして、死にたくないということは生きている何者かだということは確認ができた。

第五話

 学校に女神はついては来ない。途中まで登校に付き添っていたりするのだが、なぜかあまり学校にいるのが好きではないようで、俺のそばにはいない。つまり、ようやく静かな一人の時間が学校という場所で訪れたということだ。女神は学校が嫌いなのだろうか? でも、あいつがいないほうが女神調査がはかどる。別にずっとそばにいなくてもいいなら、俺の部屋に入り浸るのはやめてほしい。地縛霊ってわけでもないみたいだしな。俺から離れることも可能なようだ。

 いつも通りの学校でいつも通りの時間が流れた。そのまま掃除が終了すると帰宅の途につく。いつもどおり鍵をあける。そして、いつもどおり誰もいない家に帰り、電気をつけた。

「ハッピーバースデー!! ラク」
 電気をつけると同時に女神がクラッカーを鳴らす。机の上には1ホールのケーキがろうそくと共に置かれていて、花束まで置いてあった。
「おまえ、これを準備していてついてこなかったのか?」
「まぁ、それもあるけど、学校ってそんなに好きじゃないし」

「これ、全部用意したのか?」
 すると猫耳をつけて、「にゃんにゃんるぅー」という。もちろん萌え招き猫のポーズだ。
「これ、バースデーセット一式がカチューシャから出てくるのよ。便利でしょ。でも、今日のアイテムはこれに消えたから、宿題は自分でやるように」

 結構簡単に準備はできるようだったが、俺はその気持ちがとてもうれしかった。生まれて初めて祝ってもらったのだから。そして、俺はケーキをたらふく食べた。

「女神は食べないのか?」
「私は食べなくても大丈夫な体なのよ」
「俺は女神に触れられないけど、おまえから物に触れることってできるのか?」

 すると女神がすっと俺の近くに来て、手を握った。
「おめでとう」

 それは一瞬だったが、女神側からは触れることができる事実が証明された。しかし、体温とか温かさは何もないようだった。やはり死人だろうかなんて疑ってしまう。

「女神の呪いとかではないよな? 触れられたら俺の体も気体になるとか」
「ここは胸キュンするところでしょ。あきれた性格だわ」

「ラクの髪はさらさらしていてきれいだね」

 女神が突然褒め出す。そんなことを言われたのは生まれてはじめてだ。今日は何もかもがはじめてのことばかりだ。どちらかというと暗くて苦手とか、キモイとかそういった扱いしかされていなかったように思う。だから、きれいなんていう言葉はとてもくすぐったい単語だった。今日は俺の完敗だ。そんなことを思っていると――

「乾杯!!」

 ジュースを用意した女神が祝ってくれた。父親は深夜にしか帰宅しないし、自宅に帰らず職場に泊ることもしょっちゅうで、気兼ねすることもない。もっとも、女神の存在は俺にしか見えないので、誰かに見られたら一人でひとりごとを言う、危ない奴にしか見えないだろうが。やっぱり俺の完敗だ。

「俺に好かれたらめっちゃ金がもらえるとか、実は女神同士の罰ゲームだったりして?」
「疑り深いなぁ。そんなわけないし。性格曲がりすぎだし、被害妄想強すぎ」

 じっと俺は女神の瞳を見つめた。嘘をついていないか目を見ればわかるというからな。

「そんなに穴が空くほどみないでよ! にらめっこは苦手なんだから」

 そう言うと女神は視線を反らす。あ、今の俺の勝ちだな。俺はそんなどうでもいいことを考えてしまう。やはり俺は、素直に喜ぶとかそういった思考が苦手なようだ。まあ、俺はこいつの正体を暴いてみせる。何の根拠もないがな。

第六話
「そういえば、ラクって成績いいんだよね? 県内一の進学率の高い高校で、ずっと一番なんでしょ」
「成績はいいけど。――そういえば、入学して一番最初のテストの時は2番だったけど、ずっとあとは1番だな」
 俺は普段自慢する相手もいないので、得意気に語ってみた。しかし、なぜ知っているんだ。これは正体を暴くチャンスかもしれない。

「ラクって努力型なの? だって、友達いないし、部活もなにもしていないから、勉強くらいしかすることないって感じでしょ」

 俺は、先程から軽く見下す女神という得体のしれない女に対していら立ちを感じていた。

「私も実は成績が良かったんだよね。学年1位だったし」
女神の真実がひとつ明らかになる。成績優秀らしい。

「今は違うのか?」
「こういう状態だからテスト受けられないのよ」

 ここはなんともリアクションがしずらい。女神という存在がよくわからないからだ。幽霊で死んでいるならば気の毒だとも思えるし、生きているならばなぜこんなことになっているのか、なぜテストが受けられないのかもよくわからない。

「ラクってライトノベルばっかり読んでいるイメージだったけれど、意外と漫画も純文学も雑誌も何でも読むんだね」

 俺の部屋の本棚を見て、女神が少し意外な顔をした。なぜ、ライトノベルをよく読んでいるなんて知っているんだ? もしかしたら、どこかで俺を見たことがあるのか。それも複数回。俺が本を読むならば、学校とこの部屋だ。通学は自転車だし、図書館やカフェなどで読むことはない。学校関係者か? 生徒なのか? 俺が色々考えをめぐらす。俺は、手元にあった雑誌を開く。全国のロードマップと共に店の紹介が出ていた。これは、使える。視線が気になり、集中できない日々とはおさらばだ。とにかく奴の素性を暴くぞ。これは頭脳戦だ。

「ニーパーロクって便利だよな」
 俺の問いかけに女神が答える。
「あの店、安いよね」

 これは、俺が仕掛けた罠だ。ニーパーロクというのはこの市内に1件しかない安いスーパーの名前だ。つまりこの市内に土地勘がなければぴんと来ないだろう。しかも、国道286号線をニーパーロクと呼ぶいう情報が、たまたま旅行系のグルメ雑誌に載っていた。国道286号線だと思わなかったということはこの市内の近辺に土地勘があるが、国道286号線のことは知らないということだ。

「おまえはここの市内の女子高生ってことで決定だな。あの店は全国を探しても1店舗しかない個人の店だ」
「もしかして、今の誘導尋問? さりげなく頭いいのね」
「俺の勝ちだな」

 俺は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 俺は付近の中学校の卒業アルバムを調べたかったのだが、入手ルートもなく、途方に暮れていた。多分見た感じは年齢は同じのような気がする。ならば、高校の生徒名簿を確認したいが、これも教師が持っているものなので生徒が見ることは普段なかなかできない。とりあえず自分が卒業した中学校の卒業アルバムを見たのだが、それらしき顔はなかった。というか全然知らない奴ばっかりだ。やっぱり俺は他人から目を逸らして生活していたんだな。今更そんなことを考える。いつから俺は、コミュニケーションから逃げていたんだろうか? はじめて自分に向き合う。

 とりあえずここにいる女神の正体をまず知っておかなければ。俺のそばから離れてもらう方法がわかるかもしれない。

「おまえ、生きているのか?」
「うん、この世界のどこかでね」
「今、おまえはこの世界では、意識はないってことか?」
「なんで?」
「俺と話しながら、もうひとつの自分の生活を送るなんて無理だろ」
「それはそうだけれど」
「神様っていうのに脅されているのか? たとえば言うことを聞かないと死ぬことになるとか」
「私、結構不幸な人生だと思ったんだよね。お先真っ暗な時に、根暗男子の担当にさせられて、好きになってもらうにも人間嫌いな気難しいタイプだし。最初はキモイかなって思ったんだけど、意外と顔もかわいいし、性格もいいよね」

 何気なく核心から逸らした回答が返ってきたような気がした。

「キモイってどんだけ見下してるんだよ。そのあとに、ほめ殺して惚れさせようとするツンデレ作戦か」
「違うよ、今のは本当のことだよ。話してみたらラクってからかい甲斐があるし、この暮らしも嫌いじゃないなあって思っているよ」

 俺は今になって、学年で一度だけ1位を譲ってしまった生徒のことが気になった。どうせ最初だけがんばったとか、まぐれだったのかもしれないが、なんという名前だったのだろう。たしか女子だったような気がする。気楽に聞くことができる友達もいない俺は、スマホで毎回自分の学年順位を写真に収めていることを思い出す。なんとなく、気になったのだ。どんな奴が俺以上の成績を取ったのか。はじめて他人に興味をもったような気がする。

 女神がその辺でくつろいでいるときに、俺はスマホで写真をチェックする。記録のために貼りだされた成績表の順位の名前をスマホに収めていた。つまり、自分の名前の前後の名前も記録されているということだ。もちろん、チェックしたのは、女神からはスマホの画面が見えない位置にいるときだ。

 その映像によると、同じクラスの女神燈子《めがみとうこ》が最初のテストで1番をとった生徒だったらしい。そんな名前の生徒いたかな? 俺は人に興味がないので、クラスメイトの顔と名前が一致していないし、覚えようとも思っていないので、どの人が女神燈子なのか、わからずだった。そして、女神という変わった苗字と目の前にいるからかい女神が同じ名前を名乗っていることに気づいた。

 翌日、学校で女神という人物を探したが、来ていない。不登校なのだろうか。でも、確認する話せる友達もいない。俺は、途方に暮れた。こんなことを教師に聞くのもおかしいだろう。そもそもクラスメイトがなぜ来ていないのか、理由を知らないあたりもおかしな話だ。俺はしかたなく、スマホで検索してみる。女神燈子のSNSだとか情報がないかと思ったからだ。しかし、それらしき人物のアカウントはみつからない。学校で地道に女神の情報を集めよう、人脈も話しかける勇気もないけれど。本当に意気地なしのヘタレだな。

 朝のホームルームの時間、俺はほとんど話を聞いていないことが多いのだが、今日はあるワードに反応して真剣に耳を傾けた。

「実は、現在入院中の女神燈子さんのことでみんなに報告がある。いまだ、意識はない。しかし、みんなからひとこと書いた色紙を送ろうという話が一部の生徒から提案があった。そこで、今日は色紙を書いてもらい後日病院に届けることにした」

 女神燈子が入院? どこの病院だ? 病気なのだろうか? 不登校じゃないってことか。写真とかないのだろうか。俺は、まわりに聞くこともできず、色紙が回ってきたら皆が書いた言葉から情報を得るしかなかった。それしかできない自分がいた。教師に聞けばいいのかもしれないが、それもできない。

 クラスの集合写真が壁に掲示されていた。それは、今まで興味もなく見たこともなかったが、4月の新学期に全員で桜の下で撮ったものだった。俺ははじめてクラスメイトに向き合った。毎日見ているのに、写真を見ても顔を覚えていない俺はどこかおかしいのかもしれないし、見ないように意識を逸らしているのかもしれない。一種の社会不適応症を持っているのかもしれない。

 写真に写る人間を端から順番にひとりひとり見る。はじめて他人の顔をじっと見たような気がした。もしかしたら、幼少期は他人を見ていたのかもしれない。しかし、いつのまにか他人を見ようともしなくなっている自分がいた。知らない顔ばかりの中に、最近よく見る女子の顔があった。女神だ。やっぱり女神燈子が女神だったのだ。というか女神って女神様ではなく本名だったのかよ。しかし、彼女の入院を知らなかった。クラスメイトにも関わらず彼女の存在も入院の原因も知らない俺はどうかしているな。はじめて自分を客観的に見ていた。

 俺は、入院の事実を知らないふりをすることにした。女神燈子という名前で生きているが、入院中であり、俺と同じクラスの女子だということまでは突き止めた。しかし、なぜ女神が俺のところに毎日入り浸っているのだろう。自分の体に戻れないのだろうか?

第七話
 今、交通事故で意識不明の入院中の女神燈子。女神という名前は嘘じゃなかった。そして、俺はその日、教師が口にした女神が入院しているという病院に向かう。事故で命が消えかけているっていうのになんであんなに明るいんだよ。基本女神は学校にはあまりついてこなかった。もしかしたら、いるはずの場所に自分がいないことが辛いのかもしれない。

 入院病棟には面会時間があるが、病室へ向かうと看護師がちょうど通りかかった。
「あら、ここの患者さんは、家族以外面会謝絶だから」
 と事務的に言ってそのまま行ってしまった。でも、この目で見ないと絶対に納得いかないと思った俺は、扉を開けた。そして、病室に入る。

 そこには、寝たきりの少女が一人ベッドにいた。植物状態というのだろうか。俺はその姿を入り口から見たのだが、どうにもよくわからない気持ちになった。それは生まれて初めて人を尊敬したような気持だったと思う。動けない世界一不幸になった人間が元気に俺に話しかけて来る日々を思い返すと、俺はせつないというか、尊い気持ちになった。俺が同じ立場ならば、普段から暗いのだから、寝たきり状態になったらもっと暗くなるだろう。もし、誰かのところに幽体離脱しても、絶対に明るくふるまうなんて無理だろう。ひとかけらも辛さを見せなかった女神を思うと自然と涙が流れた。彼女の人間としての強さに尊敬の念を抱いていた。

「見ないで。ようやく私の正体と存在に気づいてくれた」
 女神がいつのまにかいた。やっぱり見張っていたのか。
「私が動けない姿をラクには見てほしくないの。私が学校についていかなかったのは、元気なみんなと本当の自分を比べたくなかったからなんだ」

 俺は気づかれないように涙をぬぐった。女神だって弱い部分があるのに、ひた隠している。そんな全身全霊で元気を演じた女神に俺は完敗した。

「なんで、おまえは生きているのに幽体離脱状態なんだよ」
「実は、死神様って名乗る者が私のところにやってきたから、私と勝負しないかと持ち掛けたの」
「死にそうな人間がよく、勝負なんてもちかけるな」
「だって、そのまま死にたくないでしょ」
「その気持ちはわかるが」

「死神様が変わり者でね。生きたいのだったら人間が嫌いで、人を好きになったことがない男が同じクラスにいるから、そいつに好きになってもらえ。そうしたら、俺の采配で意識を取り戻して元気にさせてやるぞって言ってきたんだ」

「そいつ、大丈夫なのか? 悪魔とか悪い奴じゃないのか? そんな適当な約束で元気になるのかよ」

「でも、元気になれるならどんなことでもしようと思ったの。ただ、死んでいくしか、なすすべがなかったのだから。本当は根暗なラクに接する自信なかったんだ。同じクラスでも私の顔も名前も知らないくらい無関心だったし。でも、今は唯一話すことができる相手だから、楽しもうって思ってさ」

 どこまでも前向きな女神はすごいな。俺とは正反対だ。

『女神燈子。おまえの意識を取り戻してやる』

 どこからともなく声が響く。低く神聖な声という印象だった。

「死神様の声だ」

 女神が説明する。俺はあたりを見回したがそれらしい人影はいない。声だけだ。

「死神様、ラクは私のこと好きになっていないよ」
 死神様と会話する女神。

「好きには色々な形がある。暗木ラクは素晴らしい人間としておまえのことを認めている。流した涙が証拠だ」

「ラク、泣いてくれたの?」
「別に……」
 俺は、事実をひた隠す。

『恋愛感情より人として好きになってもらうほうが難題だ。お前はミッションをクリアした。さあ、特別な采配で元の健康を取り戻すことを許可する』

 すると女神の体から光があふれた。
「ラクは、人が嫌いなんじゃない。食わず嫌いなだけだよ。ありがとう、またね」

 その瞬間、女神の本体に意識が戻り、同時に俺のそばには女神はいなくなった。意識が戻ったことを看護師に伝えると、病院では医師や看護師が慌ただしく動き出した。俺は、そのまま誰もいない暗い自宅に戻った。そして、自分で電気をつけて部屋に入る。俺の部屋はいつも通りの静かな時間が戻る。俺の気楽な生活が戻ったのだ。それ以来、あいつは現れない。それは、命が戻ったと解釈すればとてもおめでたいことだったのだが――どこか寂しい毎日が流れた。何かが足りないような穴が開いたような感情が残る。俺はひとりぼっちになった。元々一人が大好きなわけだから、今まで通り過ごすだけなのだがな。

 女神は自分が生きるために、俺に好きになってもらおうと必死だったわけだ。そうじゃなかったら、絶体に俺に好きになってもらおうとか、あちらから話しかけてくることもなかっただろう。薄暗い部屋で、一人になった俺は、そんな当たり前の理屈を受け入れていた。おめでたいのだが、どこか敗北感がつきまとった。

第八話
 あれから、数週間が経ったころ、俺はいつも通りのつまらない毎日を送っていた。そんなある日、俺が忘れ物を取りに放課後の教室に戻ると、一人見慣れた姿がそこにあった。この学校の制服を着て、俺の机で体操着のにおいをかいでいる女子は……かつてつきまとわれた女神の本体である生身の女神燈子だった。

「なにをしてる? 俺の席で俺の体操着に……」
「あれ? ここはラクの席だったの? そっかー席替えしてたんだね。ラクの体操着の匂いをかいでいたって思った?」
 女神は面白そうに笑いだす。
「これ、私の体操着だから。柔軟剤の香りがいい匂いだからちょっと嗅いだだけだよ。ラクの体操着のにおいを嗅ぐわけないでしょ? いやらしいな」

 俺は、赤面する。たしかに、よく考えれば自分の体操着は別な場所にしまってある。でも、女子が自分の席で匂いを嗅いでいる姿を見るとつい勘違いしてしまう心理をうまく利用して、さっそくからかってきたのか。

「相変わらず、からかうのがうまいな。おかえり」
 俺は、はじめて女神の実体に挨拶をする。
「自分の机のところで何かしていると、つい自分の体操着だと思っちゃうのって心理学的に普通だから。今日は私の勝ちだね」

 この女は確信犯だ。やはり俺をからかうためにやってきたらしい。

「ただいま。明日から通常登校できるようになったの。先生に挨拶に来たついでに、ラクをからかいに来ただけだよ」

 そう言うと、さらに俺のそばにつめ寄って女神は話し始める。俺たちの距離は近い。
「そうだ、この青い猫耳カチューシャ、神様のきまぐれで、もらっちゃった。まだ便利アイテム出す能力はあるから、使わせてあげてもいいよ。でも、私と勝負して勝ったらね」

 得意げに女神はカチューシャをつけて、招き猫のような萌えた格好をする。悔しいが、やっぱり似合っている。萌え圧とでもいおうか、胸がざわつく。猫耳パワー恐るべし。

「この猫耳は他のみんなにはみえないから、つけたままにしておこうかな。無くしたらこまるし」
「猫耳状態で生活するのかよ?」
猫耳パワーが常に俺を襲うとはありえない! しかも俺にしか青い猫耳が見えないのかよ!
「神様からの贈り物だから、常に身につけておかないと」
わかったから、もう上目遣いの萌え招き猫ポーズはやめろ! 精神がおかしくなってしまう。

「人間としてじゃなく、恋愛として私を好きになってもらわないとね。ラクって入学したころに読んでたライトノベルのラブコメ率高いよね。2番目に現代ファンタジーものが多い印象。意外とラブコメの世界に憧れがありそうだよね」

「なんで俺の読書傾向知っているんだよ? 俺はおまえと話したこともないし、入学当初、存在すらも把握していなかったのに」

「どうしてでしょう? 便利アイテムを使って聞いてみる?」

 猫耳をひょいっと動かしながら女神は問いかける。猫耳威力は半端ない。一瞬、萌えの圧で吹き飛ばされそうになった。萌え死にしたら、責任とれよ!

「じゃあ一緒に帰ろう」
 女神が鞄を持って振り返る。ちょうど窓から夕陽が差し込んで女神を照らし出す。なぜか神々しい。

「俺と勝負して勝ったら帰ってあげようか」

 女神とならばコミュニケーションが取れるようになってるんじゃないか。他の人とは相変わらず話すらもできていないけど。

「そこまでして、一緒に帰りたくないし、別にいいや」 
 そっけなく帰ろうとする女神。

「おい、女神、勝手に帰るな。俺としては、お前の便利アイテムがほしいところだ。勝負して俺が勝ったら使わせろ」
「そこまでして一緒に帰りたいのか。仕方ないな」
 振り向きざまの猫耳女神も圧巻だ。

 俺と女神は夕日に照らされた廊下を歩き出す。そんな放課後も悪くない。

「ラクのおしりの穴、気になるなあ」
おしりの穴っておしり限定の穴だよな。壁の穴というオチじゃないよな。俺は自分の尻を思わず隠す。肛門狙いなのか? やめてくれ。女神の細い指先が俺の尻に近づく。

 少し苦笑いの女神。

「べつに肛門になにかしようなんて思ってないから。制服のズボンのおしりのところにほつれた跡があって、小さな穴になってるよ。遠目だと目立たないけど。直してあげようか?」
「まじか? 気づかなかった! 自分で直すから、もうまじまじと尻を見るのはやめてくれ」
やはり尻を隠す俺。
「相変わらず、かわいいなぁ。」
くすっとわらう女神は実態があって、普通の人間だ。宙に浮くこともできない。

 俺と女神の攻防戦は続く。女神は暗木ラクをからかいの末に恋に落としてみたい。暗木ラクは恋には落ちたくない、便利アイテムを使いたい。そんなふたりのラブコメ頭脳戦が日常の中で、またはじまる。

 暗木ラクアンラッキーになるのか、暗木ラクラッキーになるのか……女神次第になるのかもしれない。
(アン=暗、ラッ=ラク、キー=木)(暗いを取ると、ラッ=ラク、キー=木)
 

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