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【小説】嬲(なぶ)る33 金運あっても、人運なし
四 金運はあっても、人運がない男
60歳前後だろう。その歳にしては背が高い。髪には白いものが目立つものの、鼻筋の通った端正な顔だちだ。若いころはさぞイケメンだったことが想像できる。
離婚した元嫁も、そんなところに惚れたんだろうな。
元嫁の実家は、市内でも有数の問屋だ。個人相手の商売ではないので一般には知られていないが、知る人ぞ知る老舗だ。
格式のようなものを重んじるところがあり、立浪との結婚には親族そろって大反対した。死ぬの生きるのといった騒ぎにもなったらしいぜ。
立浪の生家は、貧農。父親のことは聞いたこともないので、おそらく幼少時に亡くなったか離婚したのだろう。
兄が1人と、女姉妹が2~3人いる。いずれにしても食うや食わずで育ったことは、立浪本人が周囲に話している。
小さいときから利発だった立浪にとって、高校進学を断念したことはさぞ悔しかったに違いない。自分より勉強のできなかった奴らが高校から大学へと進学するのだから。
中学を卒業して就職し、1年後、夜間高校に進学した。このときの就職先が、元嫁の生家の問屋だった。
下働きの丁稚から、免許を取得し、社長の運転手に。やがて志願して営業に配属され、成績トップになると、退職。独立して立浪商店をスタートして、元嫁と結婚した。これが世間に知られている立浪の経歴だ。
***
「立浪さんが裏切らなかったのは、2人だけなんだって」
衿子の言葉の奥に、「あたしが3人目」といわんばかりのセリフが覗く。
「へ~、裏切られなかった人もいるんだ!?」
「お母さんと、30年も勤めていた事務員さん。『一度も自分のことを裏切らなかったから』って言ってた」
「お母さんは別にして、その事務員さんって愛人?」
「まさか、絶対ない! 先月ケガをして退職したけど、退職金になんと1億円出しただって。あのケバケバの3事務員も、それを狙っているんだと思う」
***
退職金3億円はウワサにすぎないが、それなりの法外な金額を出したことはまちがいないだろうな。
しかし愛人じゃないという話は事実だと思う。立浪が独立してまもなく雇われた事務員で、当時でも50歳前後。寝たきりの夫の代わりに働くようになり、これまでにない多額の給料を出してくれたことに感謝していたんだと思う。どう見ても、それだけの関係だ。
仮に不倫だとしたら、それなりに色気が漂うものだ。どう見ても、掃除のおばちゃんにしか見えなかった。立浪に馴れ馴れしい態度をとることもなかった。
立浪の周囲にはろくな人間が集まらないが、唯一の例外といえるだろうな。
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