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JTCは「その成り立ちと特性により、DXがとても苦手」な件

はじめに

筆者は生命保険会社のCDOとして、社内のデジタル戦略や執行支援をする傍ら、顧問先やパートナー企業のDX支援、自治体向けのビジネス発想支援や官公庁のDX推進委員を務めており、日本全体のDX推進や人材育成のあり方を考える活動に携わっている。この事情から、JTC(日本の伝統的企業)のDX推進における相談に接することが多い。

JTCはその成り立ちや企業としての成長過程、人事評価制度の厳密性から、社員一人一人の役割や責任を明確化する特性がある。DXのような大きな変革では、この特性が足かせになる。筆者の勤務する会社でも健康増進型保険を開発した時、プロジェクトチームが立ち上がったものの、各部門の壁を越えられず、機能不全に陥った思い出がある。

具体的には、弊社のDX推進チームが、商品開発部門、営業部門、事務管理部門などの代表者を集めて組織された。しかし、各部門の代表者は(悪気なく、正義感で)自分の部門の利益を優先し、あっちをたてればこっちがたたず状態になってしまった。

結果として、DX推進チームは部門間の調整に多くの時間を費やすことになり、実効性のある施策を打ち出せないまま、活動が停滞してしまったのだ。この状態が続いた後、危ないと感じた経営層が話し合って経営トップ直轄プロジェクトに見直し、いろいろあったが無事ローンチしている。今考えても「一歩間違えば」という状態であった。

後から経営トップから聞き出したことを総合すると、経営層はここまで組織間のコンフリクトが大きくなるとは思っていなかった節がある。経営層は会社全体のことを考えて仕事を進めていく。だから社員もそうあると思っているし、そうあって欲しいと思っている。

しかし各部門は部門の論理で動く。自分の責任で精一杯なのだ。経営トップも部門にいた頃は同じだったはずだが、トップになると考えが変わる。これがJTCのトップと現場の(自然な)乖離なのだ。

他部門に口を出しずらい問題

このように多くのJTCは階層構造や権限関係を重視する傾向がある。これは秩序維持には重要だが、DXのような革新的な取り組みでは障壁となる。現場の優れたアイデアが、上層部の理解不足で実行に移せない、などは日常茶飯事である。

例えば、顧客からの要望で「デジタルを使ってサービスを高度化して欲しい」との意見がお客様サービス部門に届いたとしよう。多くの場合JTCではこのような要望を評価し実行に移すためには、お客様サービス部門だけではなく、商品開発部門、システム部門、営業部門など他部門との連携が不可欠である。

しかし、JTCでは部門間の壁が高く、他部門の業務に口を出すことが憚られる雰囲気がある。「今は部門は優先順位が高い他の社長案件がある」「それをすると他のサービスも平仄を合わせる必要があってコストが、、、」などである。結果として、せっかくのお客様からの良いアイデアも、部門間の調整が進まず、実現に至らないというのはJTCには良くある話しだ。

既存ビジネスとのコンフリクト(衝突)

デジタル化で既存のビジネスが脅かされると懸念する声は多い。特に長年築いてきた事業やパートナーとの関係を大切にする企業文化では、DXへの抵抗感が強い。あるコンタクトレンズ製造メーカーでは、D2C(直販)を立ち上げるにあたり、D2Cを推進する部門と、既存店舗を守る部門の対立が深刻化した。これはこの企業のトラウマになっているという。

このメーカーは、D2Cによるオンラインサブスクリプションの拡充を進めるDX推進部門と、実店舗の売上を守ろうとする営業部門の間で、激しい議論コンフリクトが起きた。営業部門は、オンラインショップの拡大が実店舗の売上を奪うことを懸念し、DX推進に反対した。一方、DX推進部門は、オンラインとオフラインの融合こそが、将来の成長に不可欠だと主張した。結果として、両部門の対立は深まるばかりで、会社全体でDXを推進する体制を作ることができなかった。JTCらしいコンフリクトである。

JTCのDX推進に必要な3つの取り組み

JTCをはじめとする日本企業がDXを推進するには、この3つの壁を乗り越える必要がある。

1. トップダウンでのビジョン提示

経営トップがDXの必要性を明確に示し、全社的な取り組みとして位置づけることが重要だ。例え社長自らがDX推進のビジョンを示し、全社的なプロジェクトを立ち上げることは重要だ。トップのコミットメントが、部門間の壁を越えて、社員のDXへの意識を高めることつながるからだ。

2. ボトムアップでの意識改革

現場の社員一人一人がDXの意義を理解し、自発的に取り組むことも必要だ。例えば、全社員を対象にしたDX研修を実施し、デジタルリテラシーの向上を図る、現場の社員からのアイデアを積極的に取り入れ、ボトムアップでのDX推進を進めるなど、社員の意識改革が、DXの実効性を高めることにつながることも多い。

3. 組織文化の変革

DXを推進するには、従来の組織文化を変革することが不可欠だ。例えば、部門間の壁を取り払うため、プロジェクトベースの組織編成を導入する、失敗を許容する文化を醸成するため、小さな成功体験を積み重ねる取り組みを進めるなどだ。組織文化の変革が、DXを加速する原動力となる。社員一人一人がDXの意義を理解し、自ら変革の担い手となる組織文化づくりが、DX成功の鍵である。

まとめ

JTCには、過去の成功体験や組織文化に安住せず、時代の変化に適応する柔軟性が求められている。DXという大きな変革の波を乗り越え、新たな価値創造に挑戦することが、持続的成長につながるはずだ。「自分の責任範囲の明確化」「他部門に口を出しずらい問題」「既存ビジネスとのコンフリクト」という3つの壁を、一つずつ丁寧に乗り越えていく努力が必要不可欠だ。

DXに成功した企業は、これらの壁を乗り越えるために、様々な工夫を凝らしている。例えば、DX推進部門と営業部門の対立を解消するため、に両部門の人員を入れ替えるジョブローテーションを実施するなどは効果が高い。双方の立場を理解することで、共通の目標に向かって協力する体制が生まれる。

また、DXの推進に際して、社外のパートナーを積極的に活用するなども良い。外部の知見を取り入れることで、社内の既存文化に縛られない発想が生まれ、DXが加速する。ただし丸投げしないように注意すべきだ。

JTCがDXを推進し、グローバル競争に勝ち残るには、組織文化の変革が不可欠。一朝一夕には難しいかもしれないが、地道な努力の積み重ねが、変革を成し遂げる原動力となる。

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