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小路幸也「素晴らしき国」について

 2022年9月8日 第一刷が発行された小路幸也「素晴らしき世界」(ISBN978-4-7584-1426-5)についての考察記事です

あらすじ

 大学で社会学を教えているという人物は、フィールドワークで北海道に行き、そこで教え子の学生が話を聞いた28歳の女性(正確には学生がその女性を描いた絵)に見覚えがあった。家に代々伝わる、戦国時代に書かれたという肖像画の女性と同じ顔をしていたからだ。その後、手紙をやり取りし、20年後に会うことになった。20年後に会うと彼女の姿は何一つ変わっていなかった。不老不死なのだ。肖像画を描いた人物が明智光秀だとお分かり、女性はかつて戦国時代に<いよの国>と呼ばれるくにを作り、戦争のない平和な<素晴らしき国>を作る助けをする人材を育てていた。その後、素晴らしき国を作る物語が展開されていく。

作中の人物の相関図

 ここでは、夫婦関係は二重線、兄弟、姉妹、親子は一重線で示した。また男性は青字、女性は赤字で示した。また作中には登場しないがいるであろう人物(図では妻)には()をつけた。

橋場家と雲林院家
中村家と佐助家


相良家と五宇徳

 ここからは、小説中の人物が、誰の事なのかを考察していきたいと思う。
勿論この小説はフィクションであるし、モデルがいない場合もある。
 またあくまで考察のため間違っている記述も多々あると思う。参考程度に読んでもらえればよい。
 またソースはほとんどがwikipediaからということに注意していただきたい。
 さらに、歴史(さらにいえば日本史)はほとんど中学までの知識しかなく(しかもかなり忘れているだろう)、大河ドラマなどの歴史を扱ったものも見ないため、考察するための知識が圧倒的に足りず、時間にも限りがあるため、考察が中途半端になっているところもある。

いつの話か

1538年前後か。
戦国時代に書かれたという女性の肖像画には、天文(てんぶん、旧暦1532年7月29日から1555年10月23日)7年10月と記されており、1538年の事である。(この女性は<いよの国>にはふじみ様と呼ばれているため、以下ふじみ様とする)。
 本文で、こう(明智光秀)がふじみ様を描いたというシーンは存在しないが、織田信長が生まれた(1534年)のが2,3年前という記述があり、そこから推測すると1536,1537年となる。
 しかし、後で出てくるが、こうは明智光秀、よしは豊臣秀吉、ちょうは帰蝶(信長の妻)である。作中ではこうとよしが2歳差、良しとちょうが1歳差です。しかし実際は明智光秀が1516年または1528年の2説(その他にもある)あるが、1538年ごろに書かれた絵はこう(明智光秀)が10歳ごろに描いた絵のため本書では1528年説を使っている。豊臣秀吉は1537年、帰蝶は1535年となっている(これももちろん一説によるもの)。帰蝶(ちょう)は豊臣秀吉(よし)より早く生まれてるが、物語では逆になっている。
 また、現在の将軍が足利義晴になっており、在位期間は1522年~1546年の為、その間の話であることは確かだ。

こうは誰か?

明智光秀。
これはふじみ様も言っているため間違いない。こうは漢字で光と書き、明智光秀の「光」の部分を音読みにしたものである。他の登場人物もモデルであろう人物の名前から一部取ってきたり、一部変更したりして命名したものが多い。

よしは誰か?

豊臣秀吉。
戦国時代に活躍した人物であり、豊臣秀吉の吉(よし)からとってきた名前であるためそのように推察される。
 また、この話は<いよの国>が見つかり他から攻められなくなることを恐れ、<いよの国>だけでなく日本全体を<素晴らしき国>にする計画をする。その際に3つの道(いの道、ろの道、はの道)を考える。ろの道を進む人物として’よし’を挙げているが、今後勢力を伸ばすであろう織田信長側につかせるという記述がある。実際秀吉は、織田信長に仕えるし、後に全国統一するためこの記述と合致する。

ちょうは誰か

帰蝶。
 ふじみ様がちょうを織田信長に嫁いだ女といっている。織田信長の側室は何人かいるが、正室は帰蝶(濃姫)だけであり、また蝶という名前は帰蝶の蝶からとってきたと考えられるため、ほぼ確実である。
 さらに話の中に永井新九郎(斎藤道三)の娘とちょうがそっくりの為、娘のふりをして美濃に侵入するという計画を話している場面がある。実際帰蝶は斎藤道三の娘であるため、この話と合致する。
 また帰蝶の母方は明智光秀の叔母にあたり、帰蝶は明智光秀といとこ関係にあった。作中では兄妹関係であるが、血縁関係があったという点では共通している。

弥一郎は誰か?

雲林院松軒(うじいしょうけん)。
雲林院家三人の父である弥一郎は、剣術に優れており(弟である弥一郎や子供のこうもである)、天真正伝香取神道流(てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう)の皆伝書(かいでんしょ)を持っているという記述から現在持っているのが確認されている唯一の人物である’雲林院松軒’である。
 人物相関図でも載っている通り弥一郎の名前は雲林院弥一郎であり、苗字も一致する。
 さらに雲林院松軒の通称は弥四郎と、弥一郎と一字違いのためここから名付けられたと思われる。さらに諱(いみな)は光秀であり、子である明智光秀の名前と漢字も含め同じである。
 また雲林院松軒は織田信長と戦ったという。小説では<いよの国>が日本統一を進める際は戦わずに<素晴らしき国>を広げるとしているが、戦わなければならない場面になったかもしれない。日本全土を<素晴らしき国>にするのはまだ計画段階であり、この先はわからない(豊臣秀吉が日本統一したが、計画通りだったのかは分からない。


 ここまで雲林院松軒の事を書いたが、この人物の名前を聞いたことがなく、通称、諱、天真~ と私自身もよくわからないがとりあえず用語説明。
 まず天真~(以下略)とは、武術の様々な流儀がある中の一つで、皆伝書というのは師匠からその流派の奥義をすべて伝授されたとして贈られるものらしいです。とりあえずすごい剣の達人であったということです。
 ただこの皆伝書は1554年発給となっており、話ではすでに授与されされているため合いませんが、こう、よし、ちょうのときでも実際とは年が合わなかったため、とりあえず無視します。
 さらに通称と諱についてですが、通称は諱を呼称するのを避けるために用いたもので、諱はよくわからないですが、忌み名とも表記されることもあるため通称で呼ばれることが多かったそう(ただ戦国時代は諱で呼ぶことが最高の敬意を表すことだった)。

 弥一郎は雲林院松軒であることは、天真正伝香取神道流の皆伝書を持っているという点からほぼ確実である。
 しかし、雲林院松軒の子供が雲林院弥四郎といい、雲林院松軒の通称と同じである。また諱は光成と、これもまた雲林院松軒と同じである。私自身かなり混乱したが、通称と諱の意味を知れば解決できるだろうということでこれ以上は深堀しない。

耿之介は誰か?


 雲林院松軒の弟として工藤祐許という人物が出てきたが、情報が全くないおそらく違う。
 また五宇徳が見た夢(この人物の見た夢の8割が正夢になり、残りの2割もおそらく遠い未来の世界を見ている)で、将来織田の家中に’耿之介’と呼ばれる人物がいたという。そこから信長に仕えていた人物だと思われるが、耿之介に似た名前の人物を探したが見つからなかった。現時点では小説オリジナル人物ともモデルとなった人物がいたとも言えないため’?’とした。


やよいは誰か?

小説オリジナル人物?
弥一郎の妻である弥生のモデルはよくわからない。というよりいないと思われる。
 まず弥一郎のモデルである雲林院松軒であるが、情報が少なく、子がいたため妻もいただろうが、誰かという情報は一切ない。また明智光秀の母だがこれも不明である(父も不明)。また豊臣秀吉の母(大政所)、帰蝶の母(小見の方)が候補として挙がるが、経歴に小説と関連がありそうなところがなく、また名前からして違うと思われる。さらにやよいの妹であるきさらぎと2月、3月を表す月の和名であり、なぜ月の和名にしたかは不明だが、小説オリジナル人物であると考える。

きさらぎは誰か?

小説オリジナル人物?
これは上記の理由である。
 ただ今回はこれではなく、気になる記述が小説中に出てきたのでそれについてのことである。それはきさらぎはやよいの妹であるが、やよいの背はあまり高くないのに、夫である橋場様よりも頭一つ分ほど大きく、<いよのくに>でもおそらく一番大きいだろうという記述です。
 この頃の平均身長は室町時代を見ると男性で157cm、女性で147㎝ほどだったそう。図録▽日本人の平均身長・平均体重の長期・超長期推移 (honkawa2.sakura.ne.jp)
サンプル数も少ないと思われ、またこの頃は身分によってもかなり違っていたのではないかと思われる。だがとりあえず橋場様の身長を157cmとすると、きさらぎは180前後ほどと思われる。女性の平均身長が158㎝程に伸びた現代でも男性でも高身長であり(身長180cm以上の日本人男性の割合は7%弱、分布図(グラフ)を国の統計データで作ったよ - はぴらき合理化幻想 (hapilaki.net) このデータでは現代の日本人男性でも180㎝以上は6.56%に過ぎない。)、女性ではバレーやバスケぐらいでしか聞かないような高身長となる。身長が高いことから人物を特定しようとしたが、そもそもこの時代は今のような身長を測る道具もなく(上のURLのデータは骨から推察したものである)、この時代の女性についての記述はほとんどないため絞れなかった。しかしなぜこのような極端に高い女性が登場させたのか気になるところだ。

さん、すい、ねるは誰か?

小説オリジナル人物ではないか?
 橋場家の子供たちであるこの3人は、名前が紹介されるだけの人物である。
 <いよの国>は、ふじみ様が<素晴らしき国>を作るためにそれを補佐するための人材を集めたのである。橋場家はそのために集められた人物に過ぎず、特に話の展開に関係はない。よってこの三人は小説オリジナル人物ではないかと結論付けた。

中村義衛は誰か?



 この人物は元侍で、勘解由小路家の流れをくむそうだ。
 しかし思い当たる人物がいないため’?’としておいた。

こたとねいは誰か?


ねいは高台院(ねね)か?こたは?
 こたとねいは中村義衛の子供であり、中村義衛が全く見当がつかなかったため子供の検討をつけるのも難しい。
 ただ、ねいに関しては、日本全体を<素晴らしき国>にする場面でそのために3つの道を考える。その時にろの道はよしだが、その脇道としてねいを挙げている。よしは豊臣秀吉の事だが、正室は高台院(ねね)である。<素晴らしき国>にする過程で同じ道(ろの道)を進む、ねいを正室としたのではないかと考えられる。
 高台院は’ねね’という呼び名で知られているが、’ねい’という表記もあり、名前からもねいは高台院とかんがえられる。
 こたに関しては推察するには記述が少ないため、?としておいた。

佐助とすすな、やえはだれか?

 ?
 佐助は鍛冶職人で、子供が8人(すすなとやえ以外は独立済み)いるそうだ。佐助も<素晴らしき国>を作るために集められた人の一人にすぎないと考える。職人は基本的に縁の下の力持ちとしても役割であり、名のある人物とは考えづらい。
 すすなに関しては、3つの道のうちハの道はりょうだが、その補佐としてすすなが挙げられている。しかしりょうとはだれか分からないため推察しようがない。

りょうは誰か?


徳川家康?
(可能性は低い)
 先ほども書いた通り、りょうをハの道を進ませるという計画をしている。ただロの道は豊臣秀吉であり、天下統一を成し遂げ戦国時代を終焉させた。この後江戸時代に入り200年以上にわたり歴史上で見ると比較的平和な世の中となる。そのためりょうの役割はないのではとも思われるが、信長と秀吉が登場したため、もう一人の三英傑である徳川家康とも考えた。しかし名前のルール(モデルである人物の一部からとってつける)からも考えづらく(家康の康を音読みするとこうとなるためかぶる。家の方はかとなりこれも違う。幼名も考えたが竹千代であり、これも違う)、何よりも情報が少なすぎるためこれ以上考えるのも無駄である。

五宇徳と誰か?


小説オリジナル人物ではないか?
 先ほどから人物特定が全くできていないが、この話の主要な人物としてこう、よし、ちょうであるため推察するのに情報が少なすぎる人物も多かった。
 この人物はいろいろと謎が多い。
まずは見た目から。他のものとは髪の毛の色、目の色、肌の色、さらに体の大きさが違う。髪の毛の色は赤毛か栗毛、または茶色で目の色は色素が薄く、光によっては淡い青色にも灰色にも見える。さらに6尺(181.18…cm)もあろうかという背にがっしりとした体つきをしている。さらに70を超えているのに40ぐらいにしか見えない見た目をしている。
 また五宇徳が見る夢について。見る夢の8割は正夢。後の2割は全く理解できない世界。見たことのない建物や本当に人が作ったかと疑いたくなるな建物が出てくる。おそらく2割は遠い将来の事だろう。戦国時代の人が東京の景色を見ると言葉に言い表せられないほどの衝撃を受けるだろう。
 五宇徳が夢で見たものは信頼が高く、実際夢で見た内容を基に日本を<素晴らしき国>にするための計画を立てる。
 <いよの国>では素晴らしい才能を持った人物が集められているが、その中でもこの人物は異質の存在であり(ふじみ様の方が異質かもしれないが不老不死という点を除けばそれほどでもない)、おそらくこの後、予知夢と呼べるこの能力が大いに役立つだろう。そのため話を効率よく進めるための小説オリジナル人物だと考える。


最後に

 この話は、日本全体を<素晴らしき国>にする計画段階で終わっており、そのための序章に過ぎない。ここで終わり、後は読者の想像に任せるという終わり方である。
 この記事のように、この人物は誰かということを考え、楽しむというのも一つの楽しみ方ではないかと思う。またそれにより歴史に対する学びを深めていけるのではないだろうか。














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