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[#シロクマ文芸部]月曜日

月曜日 慌ただしく改札口をぬけてラッシュアワーの電車内に潜り込む
無表情な人々 皆同じように 片手のスマホを手繰っている 電車からはき出される人に混じってコールセンターのあるビルに向かう
『あぁ また始まった』
何も考えずただ金曜日までひたすら同じ行動をくりかせばいいのだ そう自分に言い聞かせる
僕の仕事は苦情処理のオペレーター
顔の見えない相手の怒りを冷静に受け止めて対処しなければならない 決して声を荒げず声のトーンを抑え無表情で相手と接する日々 
終業時間は6時 軽いため息と共に 三十分後には帰りの小田急線にのりこんでいる
いつもなら スマホを手繰っているのだが 今日はカバンにしまったままだ
流れる車窓を眺めていたら 子供の頃のある出来事が蘇ってきた

まだ未就学児だった頃 母の実家がある高知に夏の間 従兄弟達とまみれながら盆までを過ごすことが恒例になっていた
家から子供の足で三十分も歩けば太平洋を望む浜にでた
母と母の姉 従兄弟達と僕とで海水浴に出かけた
しばらくは砂浜で遊んでいたが その内泳ぎの上手い従兄弟達は海の中に入り思い思いに泳ぎだした 僕は子供用の浮き輪に顔だけを出し波打ち際でぷっかりと浮いていた
その時 僕の背後からゴゥーという大きな音が聞こえた 見上げれば旅客機の腹部分が僕の真上にあった
従兄弟達も歓声を上げている
ぬけるような青空の中銀色の光を放つ飛行機 その空にのびるコントレイル(飛行機雲)
僕は口をあんぐり開けたままどこまでも続く雲を見つめていた しかしまだ幼い僕は余りの心地よさについウトウトと眠りに入ってしまった
どれだけの時間が経ったのだろう  いやほんの数分の出来事だったと後になって思う
突然 太く日に焼けた腕が僕の浮き輪をつかんだ
はっと目覚めた僕は一体何が起きたか分からないままでいた
浜に着いたその太い腕は 僕を抱きかかえ 皆の集まる場所に運んだ
泣きながら僕を抱きしめる母 周りの人達は口々に「よかった よかった」と安堵の顔をしていた
僕は知らぬ間に沖に流されかけていた
あと数分見つけるのが遅ければ 離岸流につかまっていたかもしれない
ただ母の取り乱し方に驚き 訳も分からないまま大声で泣いた

あの時の青い空と日に焼けたたくましい腕 今も脳裏に焼き付いている
と、同時に父母のことも気にかかった
大学卒業以来家には帰っていない
同期が次々と都内の中堅企業に内定が決まり いささか焦りもあった 
ただ東京を離れたく無かった それだけの理由で
一番最初に内定を貰った企業に入り今の業務に就いている
郷里の淡路島の家に電話を入れた
懐かしい母の声
「俊哉 俊哉なんか 久しぶりやね 元気にしてたの?」
「あぁ 元気にしてるよ 八月のお盆には家に帰るつもりでいるから 父さん元気?」
「何とかね 腰が痛い 痛いって言いながらね 俊哉が帰ってくるなら旨いもんこさえて待ってるよ」
母は久しぶりの僕の声を聞いて嬉しいのか 少し上ずっていた
僕の家は代々小さな醤油蔵を営んでいる 昔ながらのご贔屓さんがいて細々とでは有るが数人の従業員を抱え母との二人三脚でここまで来ている
父は僕に決してこの蔵を継げとは言わなかった 
「俊哉の好きにしたらええ」その一言だけだった

今僕は 眼下に明石海峡大橋の下をうねりながら流れる海流を見つめている
あの時の 日に焼けた太い腕が
「俊哉 こっちへ帰ってこい」と再び引き寄せているかのように思えた
盆を過ごし 東京に帰り再び始まる業務の日々……・『お前の本心はどうなんだ』
僕はあの日と同じ青い空を見つめながら 自分に問いかけた
そして真っ直ぐに島影を見つめた。
月曜日、 カバンに辞表を入れ 来年には郷里に帰り 父の醤油蔵で働くことを胸に秘めて 淡路の地を踏んだ

シロクマ文芸部 準々レギュラーのムーです いつもお世話になっております。日曜日までに仕上げて 夜は なにも考えずぼぉーとしております🙇














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