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【読書】京都を舞台に、怪獣だって恋したい。「ビボう六」を読んで。

2024年の記念すべき一冊は、佐藤ゆき乃さん著の「ビボう六」である。
これは京都を舞台に一人の女性と妖怪の、甘くて切ない恋のお話。
※ネタバレを含みます。ご留意ください。

この一冊との出会いは、偶然だった。
年末、買い物に出かけてある程度目当てのものを買った後、帰る前にぶらりと立ち寄った本屋さんの京都コーナーで目にしたのが出会い。

「怪獣だって恋したい」。
紫色帯タイトルに書かれたこの言葉に、一瞬で吸い込まれて手に取っていた。ときめいたのだ、この言葉に、そして「夜の京都」で出会ってしまった二人の恋物語に。

舞台は夜の京都。
京都といっても、みんなが知っているあの京都とは少しだけ違った世界。

メインの登場人物は二人。
一人目は、二条城の周辺、夜の散歩に出かけるのが好きな怪獣ゴンス。
ゴンスの正式な名前は、エイザノンチュゴンス。
一番古い名前は、「比叡山の僧・智籌」だそうな。
でも、長ったらしいから通称は「ゴンス」という風に呼称している。
元々ゴンスは、土蜘蛛の怪獣だった様子。源頼光に退治された伝説の妖怪土蜘蛛。ただ、頼光の刃で八本足だったのが六本足になってしまったが、退治されることは免れたようで、今もこうして夜の京都の街で暮らしている。
この怪獣ゴンスは、「ビボう六」という帳面を持っており、忘れてはならない大切なことをこの帳面に書くことが習慣だ。

二人目は、小日向さん。
二条城を散歩していたゴンスが、二条城を取り囲む生垣の近くで倒れていた小日向さんを発見。背中には天使の白い羽が生えていた。しかし、彼女の記憶は曖昧。
ただ唯一、小日向さんが朧げに思い出せるのは、「白いかえるを探していた」ということ。ゴンスから見た小日向さんは、「ふわふわ儚げな存在」。
小日向さんの覚えていることは本当に少なくて、たぶん京都に来たのはこれが初めてなのではと、密かにゴンスは思っている。とても優しく微笑む麗しい人。ゴンスの初恋の人。

怪獣ゴンスと小日向さんが出会った二条城。
徳川家康によって建てられた荘厳雅な日本のお城。
このお城は、単に荘厳雅なだけではなくて、歴史上かなりの大役を幾度も経験している強面のお城だ。一番有名なのは、徳川幕府が朝廷に大政奉還するという歴史的瞬間を二条城という舞台で繰り広げられたこと。どれほどの大名が、公家が、関係各位の歴史上錚々たるメンバーがこの二条城門をくぐったのであろうか。二条城前を通るとそんなことを考えてしまうのは私だけなのかな。

そんな歴史の舞台として今もなお聳え立つ二条城が、怪獣ゴンスと小日向さんの運命の出会いの場所。いつもの通り、二条城のカクカクした生垣を巡り巡って夜の散歩をするゴンス。でも、いつもと違う感じがする。そう、この先の角を曲がれば、きっといつもの夜の散歩とは違うのだ。ゴンスの直感がそう教えてくれる。ほらね、いつもと違ったでしょう?出会ってしまったね、運命の恋というやつに。

https://nijo-jocastle.city.kyoto.lg.jp/event/2022/02/
二条城の生垣(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76347)
二条城 上空写真(https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=01888612422)

夜の二条城。なんだかおどろおどろしい。
昼間の二条城は、なんだか爽やかなのにな。
昼と夜ではこんなにも違って見えるのかと、ふと思う。

この物語の舞台は、「夜の京都」と「昼の京都」。
どちらの世界も相容れない感じで、共存はしているけれども、互いに一線を画している感じがある。どうやら、怪獣ゴンスが出会った小日向さんは、昼の世界にも存在したことがある様子。

ただ、この昼の世界には、どうしても彼女は馴染めなかった。
自分の容姿に対するコンプレックス。
生い立ちに対するコンプレックスやトラウマ。
愛されたいのに愛されないという矛盾。
他者の存在に依存して、痛むという感覚で自分が存在していると確かめる自己認識。

普通に生きるって、かなり難しいことなのだ。
そう昼の世界に生きる小日向さんは感じている。そして。
自分なんていなくなってしまえばいいのにと漠然と、いや、かなり本気に思っている彼女のむき出しの感情が、読んでいて胸を締め付けられる。

人生における難題は五つ。普通の家に生まれて、普通に愛情を注がれて、普通に友だちを作って、普通に恋をして、普通に明るく生きること。全部、あまりにも難しい。一つクリアするだけでも本当にたいへんなのに、可愛い子たちはどうしてみんな、いとも簡単にコンプリートしてしまうんだろう。私はたぶん、どれもことごとく失敗している。

佐藤ゆき乃「ビボう六」(ちいさいミシマ社)p.131より引用

ただ、夜の世界を生きる怪獣ゴンスは自分のことを愛している。
ゴンスは、たとえ誰からも認められなくとも、自分という存在が自分を愛し、認めることができていれば、それで大丈夫と前を向いて生きているのだ。このゴンスの前向きでひたむきな姿勢は、昼の社会に生きづらさを感じている小日向さんの姿勢と対照的で救われる思いがする。たぶん、小日向さんもこのゴンスのひたむきな姿勢にどこか救われているのではないかと想像する。

当時の傷痕はいまでも身体に残っています。ゴンスは被害者なはずなのに、世界的に有名な物語の作中で、ひどい悪役として喧伝されてしまって、
一時期はひどく落ち込みました。
それでも、ゴンスは自分のことが大好きです。
たとえ誰かが理不尽にゴンスを嫌っても、ゴンスさえ、ゴンスのことを愛していれば、生き続けることに、これ以上の理由はいらないのです。

佐藤ゆき乃「ビボう六」(ちいさいミシマ社)p.38より引用

ひょんなことから、夜の世界に迷い込んだ小日向さん。
ゴンスと出会って、二人で京都のあちこちを巡ります。
京都の北野天満宮の天神市の屋台を巡ったり。
「ビボう六」を書き留めるために小日向さんへ贈った初めてのプレゼント。
北野天満宮の常夜灯に鎮座する物知りの大黒様にアドバイスをもらいに会いに行ったり。祇園でバーを営む妖狐に会いに行ったり。
そうそう、喫茶店の「ソワレ」にもフルーツポンチを頂きに行ったっけ。

京都にちゃんと実在する場所や空間を舞台に、小日向さん怪獣ゴンスの二人だけにしか創造しえない優しい時間が描かれて、こちらまで心がほっこりしていく。特に、「ソワレ」のフルーツポンチを注文するあたりで繰り広げられる会話には、なるほどなと感心させられた。なんだか自分の世界を見る視点が変わって、視野が広がったような気がする。

「ゼリーは、透明な味ですね。これはきっと、自分で、何味を空想してもいいということでしょうか」ゼリーキューブを味わって、小日向さんが言いました。たしかに。ゴンスは自分の舌に自信がなく、この限りなくプレーンで善良な味わいを、いったいなんと表現していいのか、いつも考えあぐねていたのですが、小日向さんの言うとおりです。このゼリーはきっと、おのおのにそれぞれが思い描く一番好ましい味わいのものとしていただいてよい食べ物なのです。もっとも、ゼリーキューブにかぎらず、世界を構成する部品はあまねく、もっと自由に、好きなものに置換していいのかもしれません。現実をただの現実と捉えないこと、一つ一つの事象を、自分にとって好ましいモチーフに描き直すこと。それが許される時間だからこそ、夜は素敵なのかもしれません。

佐藤ゆき乃「ビボう六」(ちいさいミシマ社)p.118-119より引用

二人の間にある空気。
確かに優しくて、時折、甘酸っぱい感じ。
恋が始まっていく瞬間に立ち会っている感じ。
なんだか気恥ずかしいけれども、どこかでほっこりと優しい気持ちになる。

駆け引きのある恋は刺激的。
でも、駆け引きがなくても恋は心ときめくもの。
刺激があろうとなかろうと、恋をして知る、心の躍動感。
なんだかいいなと思う。この躍動が永遠に続けばいいのにと願ってしまう気持ちもわかるなあ。

ようやく笑った彼女の控えめな微笑みはとても優雅で、ゴンスの小さな胸はたしかに、新鮮な水色に変色してときめきました。青信号。一歩ずつ前進します。心の表側はたしかにきらきら発光しながらよろこんで、一方で、裏側はなぜか切なく痛みます。プラスとマイナスがないまぜになった複雑な脈動。普段より温度の高い血液が、全身を巡るのがわかります。ゴンスは、そのときはじめて知りました。恋が始まるということは、たまらなく嬉しくて、同時に、どうしようもなく悲しいことでもあるのです。

佐藤ゆき乃「ビボう六」(ちいさいミシマ社)p.41より引用

小日向さんの抱える「昼の社会」で生きるがゆえの複雑な葛藤が、
怪獣ゴンスと過ごす時間の裏で、淡々と描かれているこの物語は、
誰しもが感じる社会に対する何かしらの息のしづらさのような根本的に内在している感覚を書き描いているように私は感じた。
確かに、「昼の社会」、いわゆる自己アイデンティティを確立することを求められ、公的な立場や社会的立ち位置などを明確にして構築される社会には、時として「なんだかしんどいな」と立ち止まってしまう瞬間は、誰にしもあるだろう。自分はここにいるはずなのに、なぜか地に足がついていない感じ。誰にも愛されていないのではないかという疑念。消えたいなと思うことも、実行に移さずとも、思ってしまうことはあるだろうし、それは罪にはならない。

それに相反するように広がる「夜の世界」。
自分の好きな感覚、好きな時間、好きな世界で構築されていく、「プライベートな世界」。この世界があるかないかで、人生の彩は変わっていくだろう。この世界が無限大に広がっていることが、何よりもの至福につながっているのかもしれない。

怪獣ゴンスと小日向さんの時間は、突如、
小日向さんの気まぐれのような行動から終止符を打たれる。
「空から白いかえるを探すために二条城に行きます。」という言葉を残して。

急な幸せの時間の幕引きに、怪獣ゴンスは焦る。
必死になって小日向さんを探す。きっと夜の京都で迷ってしまっている。
きっと寂しくて、怖い思いをしているはず。
大丈夫、ゴンスが隣にいますよ。大丈夫、今、迎えに行きますよ。

胸が締め付けられる二人の恋路。
どうなるのだろうと最後までドキドキしながらページを捲る。

読み終わった後、無性に空を眺めたくなった。
ああ、いい時間だったな。そう思えた終焉に。
こういう感覚、そういえばどこかで味わったことがあるような気がする。
それはみんな、どこかで味わったことのある優しくて、甘酸っぱく、ちょっぴり切ない恋の感覚。それを久しぶりに思い出せた物語。
ありがとう。楽しかった。またどこかで会いたいね。

ぜひこの怪獣の恋をみなさんにも見届けてもらえると嬉しい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
Bless you :)


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