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「この子は教えようがない」

ピアノを習っていたのは小3のときでした。どのくらい続けていたのか思い出せません。姉といっしょに、同じピアノ講師に習っていました。

小学校で、自分がピアノが弾けること、少なくとも習っていることを吹聴した記憶がありません。当時の私の性格からすると言いふらしていそうなのですが、覚えがないのです。学校のピアノで何か弾いた覚えもないです。「子供のバイエル」をかっこつけて弾くほど虚栄心が強くはなかったのか、それともピアノが弾けてもそれがそんなに誇らしいものとは思っていなかったからなのか。

ひとから与えられた課題をこなすものとして、ピアノのおけいこはありました。姉はどうだったかわかりませんが私にとってはそうでした。

自分の大好きな曲を、自分の手で弾きこなせたら、どんな気持ちいいだろうという私の気持ちを、ピアノの先生はそもそも理解していなかったのでした。別に恨んでいません。けいこなんてものは何であれそんなものだったから。

もし、当時の私のそばに、音楽理論について心得があって、楽曲分析に長けたひとが付いていて、私が好きな曲をささっと弾きこなして「この曲はここがこういう風になっているからかっこいいんだ」「作ったひとはたぶんこういう風に考えながらこの音を選んだんだと思うよ」と耳打ちしてくれていたら、私のなかで何か火がついていた――のでしょうか。

母校の校歌(のメロディ)を先ほどうろ覚えで弾いてみるうちに、もしあの頃の私に「この曲はホ長調ね。鍵盤でいうとこの『ミ』の音から順にドレミになっていく調。ここからドレミになるよう鍵盤を当ててみて。そう、それで正解。算数には九九があるように、音楽にも九九の表に当たるものがあるの。こういう、時計みたいな表。これを暗記できれば、どの鍵盤からでもドレミが弾けるようになるよ」とか「曲の終わりはたいてい『ド・ミ・ソ』の和音になっている。この校歌もそうやってできてるね。出だしも『ド・ミ・ソ』和音。曲全体でぐるっと一周するように作られているの。作曲家はこうやって曲を作るんよ。あなたが大好きなベートーベンも、こうやってジャジャジャジャーンを作曲したんだから」などとノセていったら、きっとのってきたと思います。

ただ、あの頃の私は(今もそうなのですが)ひとに何かを教わるのは大嫌いなので、やがて反発していったようにも思います。

あれから十数年後、すっかり心を病んでしまった私は、大学病院の心療内科(つまり精神科)に通っていました。「あなたはいいものを持っているのに、それを活かせないでいるようだね」と言われたのが今でも思いだされます。

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