『ふでおろし』第3話
○朧島・船着き場
停泊場に停まっている船。
陸に足をつける朔夜。
朔 夜「(身体を伸ばし)んんん、気持ちい」
笹 「(も降りてくる)酔っとらんか」
朔 夜「ええ(モリモリのポーズをして)この通
り」
笹 「この島であんちゃんが何を感じ、どう行
動するかはわからんが……自分の肌で感じ見た
ものを信じて、やりたいようにやればええ」
朔 夜「いろいろ教えていただきありがとうござ
いました」
笹 「ええ記事書けるとええな」
朔 夜「はい!」
笹 「(微笑む)! ほれ迎えが来たぞ」
朔 夜「(見る)」
金音が歩いてくる。
金 音「あんたが古賀朔夜かい」
朔 夜「!」
金 音「笹ちゃん、ありがとね」
笹 「ちゃんはやめてくれよ、金音さん」
金 音「私にとっちゃあんたはいつまでもガキな
んだよ」
笹 「適わねぇなぁ、まったく」
金 音「(シッシッっと笹にする)」
笹 「頑張れよ、あんちゃん」
船に乗り込む笹。
* * *
笹の乗った船が遠くに見える。
朔 夜「(見て)……」
金 音「ほれ行くぞ(歩き出す)」
地面に置いた荷物を手に取り小走りで金
音に追いつく朔夜。
朔 夜「えっとぉ……お婆(ちゃん)」
金 音「金音じゃ」
朔 夜「金音婆(ちゃん)」
金 音「んッ!(バッと睨む)」
朔 夜「(苦笑)金音さん」
金 音「何じゃ」
朔 夜「どうして俺の名前を」
金 音「あんたの上司から連絡をもらったんじ
ゃ」
朔 夜「編集長から?」
金 音「こんな時期に外部から島に来るのは異例
じゃよ」
朔 夜「朧祭りですか」
金 音「2日後、月神神社に婿候補者が集まる」
朔 夜「え」
金 音「巫女のお披露目じゃ」
朔 夜「……」
金 音「ほれ(紙に書いた地図を渡す)」
朔 夜「(受け取り、見る)」
地図──簡易に書かれている。宿の場所
に『ここらへん』と矢印がつけられてい
る。
金 音「お前の宿じゃ。そこに泊まれ」
朔 夜「ありがとうございます」
金 音「明日は好きにせえ。そんで2日後の明後
日、月神神社に来い」
朔 夜「月神神社(見る)」
地図──月神神社の場所に『ここ』と矢
印がつけられている。
朔 夜「行っていいんですか」
金 音「何しに来たんじゃ。ジャーナリストじゃ
ろ」
朔 夜「はは、そうでした」
金 音「わたしゃ用があるんでな(行こうとす
る)」
朔 夜「あの、どこかでお会いしませんでし
た?」
金 音「……」
朔 夜「最近どこかで」
金 音「(笑みを浮かべ)誘ってんのかい?」
朔 夜「は?」
○同・某所
疲れ切った表情で歩いている朔夜。
朔 夜「……」
N 「あの後、朔夜は金音に長い時間迫られた
のだった」
朔 夜「(思い出す)」
* * *
金音の真に迫る肉食獣かの表情。
金 音「むふ、むふ、むふふふふ」
* * *
朔 夜「(身震いする)ううッ」
「こっちに持って来てくれ」「そこもう
ちょい右」「明日の納品大丈夫か」など
と声があちこちから聞こえる。
朔 夜「(見渡す)」
祭りの準備で大賑わいの島内。
朔 夜「活気が凄いなぁ」
○同・飯処
カウンターに座っている朔夜。
朔 夜「(メニューを見ている)」
男の声「朧定食がいいんじゃないかな」
朔 夜「(横を見る)」
離れたカウンター席に座っている男。
男 「島の名物料理」
朔 夜「(大将に)朧定食ください」
大 将「はいよ」
厨房で作り出す大将。
男 「この島の人じゃないですよね」
朔 夜「わかります?」
男 「(頷く)」
朔 夜「朧定食っていうのは、朧様の」
男 「朧様を知ってるんだ」
朔 夜「知ってるっていうほどでも」
男 「朧様の殿方であった八郎丸が、初めて朧
様に料理を作ったとされるものが、この朧定
食さ」
朔 夜「八郎丸?」
男 「漁師の息子だったみたいだよ」
朔 夜「だった?」
男 「大昔の話だからね。実際どうかは」
朔 夜「確か1000年ほど前とか」
男 「朧定食は現代風にアレンジした魚料理な
んだ」
朔 夜「楽しみだ」
男 「(微笑む)」
大 将「へいお待ち」
料理を朔夜の前に置く大将。
美味しそうな料理──。
朔 夜「(ゴクリ。男を見る)」
男 「(どうぞというジェスチャー)」
朔 夜「いただきますッ」
* * *
綺麗に食べられた皿──。
朔 夜「ごちそうさまでした」
男 「どう?」
朔 夜「めちゃくちゃ美味かった」
男 「よかった」
朔 夜「(メモ帳を出し)ちゃんと記録しとかな
いと」
男 「(立ち上がり)僕はそろそろ」
朔 夜「(立ち上がり)いろいろありがとう。名
前を聞いても」
男 「名前」
朔 夜「俺は古賀朔夜」
男 「古賀朔夜……よろしく。僕は……(見
る)」
店内に青い海の絵が飾られている。
男 「(ボソッと)青……フェルメールのブル
ー」
朔 夜「?」
男 「僕はフェル。そう呼んでくれ」
朔 夜「フェル?」
フェル「(微笑む)」
○同・宿泊所(夜)
布団に包まって横になっている朔夜。
朔 夜「(閉じていた目を開ける)」
○同・海辺(夜)
──を歩いていく朔夜を心地よい風が包
む。
朔 夜「(立ち止まり、海を眺める)」
月が反射して写る海面──。
朔 夜「!(見る)」
海沿いの大きな石の上に座っている人影
──。
朔 夜「(近づいて)こんばんは」
朔夜を見る人影──徐々に月明かりで顔
が照らされていく。
朔 夜「!?」
絶世の美女ともいえる美しい顔をした女
性──。
女 性「(微笑み)こんばんは」
朔 夜「隣に座っても?」
女 性「(頷く)」
* * *
海を眺める朔夜と女性。
朔 夜「今日この島に来たんだ、俺」
女 性「おじさんは何で島に」
朔 夜「おじ……まだ29なんだけど。おじさんに
見える?」
女 性「ごめんなさい。つい」
朔 夜「ついって、そう見えるんだ」
女 性「……つい」
朔 夜「(笑って)古賀朔夜。よろしく」
女 性「私は月……」
朔 夜「?」
女 性「るな。るなって呼んでください」
朔 夜「るな……俺のことは古賀でも朔夜でも、お
じさんでも」
る な「根に持ってますよね、絶対」
朔 夜「一生忘れない」
る な「もう」
微笑み合う2人。
朔 夜「ここへはよく来るの?」
る な「たまに。落ち着きません? 海って」
波の音が心地よく聞こえる。
る な「朔夜さんは、外の世界から来たんですよ
ね」
朔 夜「外の世界って」
る な「私、島から出たことないんです」
朔 夜「……」
る な「どんな人たちがいて、どんな生活してる
のか見てみたい」
朔 夜「外の世界に憧れてるのかもしれないけ
ど、るなちゃんが思うような場所じゃないと
思うよ」
る な「え」
朔 夜「確かに、この朧島は閉鎖的で外の世界と
の交流を一切禁じてるというか、俺もこの島
のことは全く知らなかった」
る な「……」
朔 夜「でも今日1日見ただけでも、この島の人
たちは幸せそうだったし、昔からの伝統を守
っていく姿っていうのは、見ててとてもいい
気持ちになったよ」
る な「そう、ですか」
朔 夜「……るなちゃんには夢ってある?」
る な「夢?」
朔 夜「外の世界を見たいっていうのも夢の1つ
なのかもしれないけど」
る な「……」
朔 夜「俺はさ、絵本描きになりたかったんだ」
る な「絵本?」
朔 夜「子供の頃に読んだ絵本を今でも覚えてて
さ。ウキウキしながら読んでた」
る な「読んだことない、私」
朔 夜「えッ」
る な「!」
朔 夜「ごめん。まさか読んだことがないとは思
わなくて」
る な「……」
朔 夜「そういう人もいるよな。俺が悪かった」
る な「私も読んでみたい、絵本」
朔 夜「この島にあればいいけど」
る な「違うッ」
朔 夜「!」
る な「朔夜さんが今まで読んだ絵本がいい」
朔 夜「俺が? 一旦家に帰らないことには」
る な「連れてって」
朔 夜「(えッ)」
る な「(立ち上がり)私の夢は朔夜さんが今ま
で読んだ絵本を読むことになりました」
朔 夜「え」
る な「もう1つ」
朔 夜「?」
る な「朔夜さんが描いた絵本が読みたい!」
朔 夜「は!?」
る な「私の夢を叶えるためには、朔夜さんが夢
を叶えなくちゃいけませんね」
朔 夜「……」
る な「(微笑み)おやすみなさい」
手を振りながら歩いていくるな。
朔 夜「……」
N 「2人はまだ知らない」
○とある一室(夜)
窓の外を眺めている犬川豪一(64)。
犬 川「(スマホが鳴る)!(スマホを取り出し出る)……ああ……わかった(スマホを切る)」
椅子に腰掛ける犬川。
犬 川「……朧島」
○朧島・海辺(夜)
バシャンと大きく波打つ海。
る な「(楽しそうに)」
N 「運命という荒波が迫ってきていること
を」
朔 夜「(微笑み)おやすみ」
第4話へ続く
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