『ふでおろし』第2話
○船上
海を眺めている朔夜。
笹 「(来て)あんちゃん、朧島に行くのは初
めてかい」
朔 夜「(振り返り)朧島? 五芒星島では」
笹 「今じゃそんなふうに言われてんだっけ
か。朧島って言うんだ、ホントは」
朔 夜「へえ」
笹 「おいおい。あんちゃん、取材しに行くん
だろ」
朔 夜「すみません。勢いで来たっていうか……儀
式ですか? ふでおろしがどうとかっていう
ことしか」
笹 「(笑って)大変な時に来ちまったな」
朔 夜「え」
笹 「今、島では祭りの準備で大忙しよ」
朔 夜「祭り?」
笹 「朧祭りだ」
朔 夜「それは」
笹 「月神家って言ってな。代々巫女を務める
家系がある」
朔 夜「巫女」
笹 「必ず、その家系には女の子が産まれる」
朔 夜「必ずですか」
笹 「(頷き)その子が二十歳になる年に婿を
決める祭りが開かれる」
朔 夜「それが朧祭り?」
笹 「ああ」
朔 夜「その婿っていうのは、もう決められてる
んですか」
笹 「5人の候補者の中から選ばれる」
朔 夜「5人」
笹 「五代宗家って聞いたことあるか」
朔 夜「(首を横に振る)」
笹 「昔から島を治めてる重鎮ってやつだな」
朔 夜「重鎮……」
笹 「代々有名アスリートを生み出している家
系、藤原家。今回の候補者は藤原兼次」
朔 夜「それってあの」
笹 「三冠王だ!」
○藤原兼次野球記念館・中
『藤原兼次野球記念館』の表記。
○同・中
兼次がこれまで獲得してきた数々のタイ
トルや賞のトロフィー、盾、賞状、バッ
ト、ボール、ユニフォーム、グローブな
どが飾られている。
兼 次「(見ている)随分、増えたな」
男性マネージャー「兼次さん、時間です」
兼 次「三冠王を取れると思うか」
男性マネージャー「兼次さんに取れないものはな
いかと」
兼 次「(微笑む)」
○岩崎家・外景
広々とした庭の中に、一際目立つ大き
な豪邸が建ち、SPが配置されている。
○同・一室
執 事「お疲れではないですか」
テーブル前の椅子に座りコーヒーを啜る
大二郎。
大二郎「問題ない」
執 事「それにしても、あの坊っちゃんがこんな
に大きく」
大二郎「やめてくれ。もう子供じゃないんだ」
執 事「失礼しました。今回の朧祭り、勝算はお
ありですか」
大二郎「取るに足らんことだ。祭りも、総理にな
ることもな」
○船上
朔 夜「あの総理候補の」
笹 「岩崎家。数々の政治家を輩出してきた家
系だが……」
朔 夜「?」
笹 「表だって動き出したのは、婿候補の岩崎
大二郎が初めてだと言われている」
朔 夜「それって」
笹 「日本のフィクサーだ、岩崎家は」
朔 夜「影の権力者ってやつですか」
笹 「それは岩崎家に限ったことではないのか
もしれんが」
朔 夜「……他の候補者は」
笹 「天才外科医、安田武人」
朔 夜「天才外科医」
笹 「(歯切れ悪く)安田家は……そうだなぁ」
朔 夜「?」
○安田家・一室
安田清子(55)「武ちゃん、また命を救ったんでし
ょ」
武 人「(手術器具のメスを手にして、眺めてい
る)またって。それが僕の仕事ですから、母
上」
清 子「凄いじゃない。天才だわ」
武 人「身体に悪いものがあるなんて美しくない
からね。醜い姿が許せないだけ(メスを舐め
る)父上は」
清 子「お仕事よ」
○講堂・外景
どこかに『安田教』の表記。
伝治の声「現世(うつしよ)に召(め)し賜(たも)う
神々の前に」
○同・中
ふんどし姿の男たちが合掌しながら聞い
ている。
安田伝治(60)「貴様らは清き心で向き合えている
のかッ」
「おしゃあ!」と声を上げる男たち。
伝 治「産ませし神!」
男たち「金剛様ッ」
伝 治「死する神!」
男たち「葛城様ッ」
伝 治「性なる神!」
男たち「朧様ッ」
伝 治「猛(たけき)狂うのだッ、貴様ら!」
男たち「おしゃあッ」
伝 治「おしゃあ斉唱お! 始めッ」
男たち「おしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃし
ゃしゃ」
○安田家・一室
ドンッと音が鳴る──机に刺さっている
メス。
武 人「(がテーブルにメスを突き立てた)……」
○船上
笹 「あまり関わらん方がいいぞ」
朔 夜「……朧様っていうのは」
笹 「朧祭りの起源となった人、巫女の家系の
始まりだ。朧島を救ったと言われている」
朔 夜「救った……それで朧島」
笹 「もう千年ほど前の話だ」
朔 夜「……」
笹 「後は白川家と松平家か。白川家は前回の
祭りで婿を輩出したから今回は不参加だな」
朔 夜「じゃあ、婿候補は4人ってことですか」
笹 「(頷き)そして4人目が松平歩。この家
系は芸術系のアーティストを多く輩出してい
る」
朔 夜「へぇ」
笹 「変わり者が多い家系だが、今回は特に」
○松平家・アトリエ
※このシーン、歩の顔は見せない。
キャンバスに向かって絵を描いている
歩。
歩 「(一心不乱に)」
松平京子(47)「歩ちゃん、ご飯出来たわよ」
歩 「(キャンバスに筆を走らせている)」
京 子「冷めないうちにね」
出ていく京子。
歩 「(筆を止める)」
立ち上がり、窓に近づく歩。
歩 「(窓から外を眺める)……」
部屋から出て行く歩。
キャンバス──ブルーを基調にした美し
い絵。
○月神家・居間
月神靖幸(45)と月神明日香(39)がいる。
N 「月神靖幸、旧姓白川靖幸。20年前の朧祭
りで月神家の婿養子になる」
靖 幸「(不安な表情)」
明日香「(来て)あの子はもう立派な巫女です。
大丈夫ですよ」
靖 幸「そうなんだが……」
N 「当代の巫女、月神るなが産まれたのは今
から20年前」
○同・各所(回想)
赤ん坊のるなを抱く明日香。るなを見つ
める靖幸。
* * *
家の中を元気に走り回っているるな(7)。
N 「健やかに成長していった。気立ても良
く、容姿端麗」
* * *
机に向かって勉強をしているるな(12)。
る な「(ペンを置き)……」
N 「この頃には、巫女の家系を継ぐのが定め
であることを理解していた。そして島中の
人々の自分への期待も高まっていることも感
じていたのだった」
る な「ふう」
* * *
部屋から夜空を眺めているるな(15)。
る な「(見つめて)」
N 「そんな期待とは裏腹に外の世界に飛び出
したいという思いを抱くようになっていた」
夜空に輝く星空──。
る な「(星を掴むように手を伸ばす)」
* * *
N 「しかし」
成人を迎える男たちが月神神社前の広場
に集まっている。
女 性「これより儀式を取り行います。1人ずつ
儀式の間へ」
* * *
儀式の間で、巫女装束を着たるな(17)が座
っている。
る な「(俯いて)……」
ひとりの男が入ってくる。
2人の間には暖簾が掛けられていて、お
互いに姿形は薄らとしか見えないように
なっている。
N 「この日、初めての儀式を迎える」
る な「(顔を上げる)」
N 「憧れ続けた思いとの決別だった」
る な「(手を広げ)×□△☆○」
* * *
月神神社の外景──。
男の声「はうあぁぁぁ♡」
昇天したかのような男の声が響き渡る。
○朧島・畑
畑を耕している清じい(年齢不詳)──麦わ
ら帽子に、立派な白髭を貯えている。
清じい「(首に掛けていたタオルで顔を拭う)ふ
う」
女性の声「じいさん」
清じい「!(見て)おお、金音さん」
月神金音(きね・79)が立っている。
金 音「(ニッコリと)」
* * *
斜面に腰掛けている清じいと金音。
清じい「(コップに注がれたお茶を飲み)美味
い」
金 音「私が淹れたんじゃからな」
清じい「それはありがたい」
金 音「(畑を見て)今年の実りはどうじゃ」
清じい「今までで最高じゃないか」
金 音「ほお!」
清じい「木香(かつこ)さんは元気かの」
金 音「母さんは寝たきりじゃ。もう長くはなか
ろうて」
清じい「(寂しそうに)もう1度会っておきたか
ったのぉ」
金 音「……迫っておるんか、時間が」
清じい「(微笑み、頷く)」
金 音「寂しくなるねぇ」
温かな風が優しく2人を包み込むように
吹く。
金 音「るなは会いに来とるんか」
清じい「昨日来たぞ」
金 音「あの子は私ら家族よりもあんたに心を開
いとる」
清じい「長年培ってきたコムニケーションちゅう
やつじゃ」
金 音「(強調して)コミュ!ニケーションじ
ゃ」
清じい「(笑って)どっちでもええわ」
「ははは」と笑う2人。
清じい「で、おったんじゃろ」
金 音「ああ、おった」
清じい「そうか」
「金音様!」の声。
女 性「(来て)到着されました」
金 音「わかった。先に行っておれ」
走り去っていく女性。
金 音「役者が揃ったみたいじゃな(振り向
く)」
清じいの姿はない。
金 音「……」
○船上
朔 夜「(横になり、空を眺めている)……」
空──快晴。
笹の声「見えたぞ!」
朔 夜「(起き上がり、見る)」
大きな島が眼前に広がっている。
朔 夜「(不安と期待を胸に)!」
第3話に続く。
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