ガラスの靴

 私がガラスの靴をいつも履いているのは、母の遺言を守っているからだった。
「シンデレラ、お母さんはもうすぐ死ぬ…」
「バカな事を言わないで…元気になるから」
 母はベットの上から窓の外を見て、
「あら、かわいい蝶々さんね」と、聞こえるか聞こえないか分からない小声で言ったのだった。
弱ってる…明らかに昨日とは違うー。

 私は悲しみを我慢するように瞳を一度閉じて、外に視線を向けた。そこには蝶の恋人が、時の流れを楽しんでいるように飛んでいた。

 ゆっくりと、ひらひらと…。

「シンデレラ、あなたに預けたいものがあるの」
「なに?」
「これよ」

 母がベットの上から弱々しく指差したのは、いつも履いていた木製の靴だった。私は腰を屈め、それを取った。

「この靴がどうしたの?」

 自らの歩いた人生を振り返るように、母は大きく息をして、

「それ!」と手を振った。すると、どうでしょう。みるみる輝きを取り戻すではありませんか!
「これは童話で有名なシンデレラが履いていた靴だよ」
 私は自分の手の中で起こった出来事に目を白黒させながら、
「ガラスの靴ー。私と同じ名前の主人公…」
と、つぶやいたのだった。
 そんな私に母は続けた。
「一つ違うのは、その靴は魔法の靴…三つの願いまで叶えられるのよ。それと常に履いておくこと」
「魔法…三つ…常に履いておくこと」
 その母の言葉を聞き、私は自分の足に視線を落とさずにはいられなかった。
「お母さん、私…お母さんみたいに細くないから、この靴、履けないよ!」      
 私がそう言うと母は、
「履いてみな!」と、言ったのだった。
 私は心の中で「無理、無理」と言いながら、スカートを両手で上げた。すると、どうでしょう。ぴったりと合うではありませんか!
「それはお母さんからのおまけ…ただ、キスをすると、全てが終わってしまうよ!」
「お母さんは魔法使い?」
「昔、習ったことがあるだけだよ。でも、越えてはいけない一線を越えてしまったね」
 そう言い終わると、お母さんは力尽きたようにベッドに落ちた。
「お母さん? お母さん?」
 そう、この靴のサイズを変えるのは、使ってはいけない魔法だったのだ。その魔法を使った者は?
「目を覚まして!」
 必死に母の体を揺らした私だったが、ついに、
「お母さん? お母さん? あーっ!」
 もう目を覚まさなかった。そんなお母さんの傍らに、お母さんが最後に見つめたあの蝶々が降りてきた。私は泣きながら、
「蝶々さん、お母さんを天国に連れてって」
 と、言ったのだった。
 私の気持ちが分かったのか、蝶々は「うんうん」と頷き、空高く舞い上がっていった。
 唯一の肉親を亡くした私は、生きていくために一つ目の魔法を使った。
 
「ガラスの靴よ、私にぴったりの仕事を探して!」

 何をガラスの靴は選んでくれるのだろう…。女の子らしいー、キュートでかわいいお姫さま! と、思っていた私だったが、ガラスの靴が選んだのは、サーカスのピエロだったのだ。選ばれた職業にがく然としながら鏡を見たら、

「それもそうね」
 納得せざるを得なかった。
 何故なら、顔は丸顔でお世辞にも美人とは言えず、肩から下は、ドラム缶と表現するのがぴったりの四頭身。色気の感じない脚とくれば、脇役の笑い者もうなずけるー。唯一、お母さんが最後に掛けてくれたあのガラスの靴が異彩を放っていた。
 それでも私は、必死で働いた。笑われるのが分かっていながら、ライオンに追いかけられたり、尻餅を付いたりと、同僚の女が空中ブランコやら、象のボール乗りやらで、人気者になるのとは、対照的に生きてきた。
 
 が、
 が、
 が、

「どうして、私がピエロなの?」
 楽屋裏の鏡の前に座った私は、鏡に映った私を見て泣いた。そんな私の耳に、
「今度、王子さまが来るらしいわよ」
 という言葉が聞こえた。
 えっ?
 私の名前はシンデレラ。童話では王子さまが幸せを届けてくれるはず! 私は思わず、ガラスの靴を見ずにはいられなかった。
 しかし、それからだった。
「あのピエロの女、シンデレラって名前らしいわよ」
 ただ、名前が同じだけで、嫉妬…。
 それからというもの、
「シンデレラ、これも洗っといて!」
 何で? 今までは交代でやっていたのにー。
「お願いね」
 ショーの後の片付けも私になってしまった。しかも、
「もう、何をやってるの!」
 時に怒鳴られた。私は悔しさを押し殺すように、楽屋裏で泣いた。
「シンデレラ、シンデレラ」
「お母さん?」
「我慢おし。きっと良いことがあるから」
 心の中に現れた母に話しかけるものの、
「どうして私があんな目に合わなくてはいけないの!」
 涙目で訴えてしまった。
「それはね…」
 母が答えようとしたとき、あの蝶々が飛んできて、かき消してしまった。何をするのよ!と思ったものの、もう母は現れなかった。

 それから数日が経ち、王子が来た。

 観衆の拍手に手を振る王子は背が高く、凛々しかった。何人の女性が憧れただろう…。一つ気になったのは、その横にピタリと付く侍従の存在だった。王子を守っているのだろうが、眼光が鋭く、お世辞にも綺麗な瞳とは言えなかったのだ。

 やっぱり私には高嶺の花…。

 私はブスだからー。ブス、ブス…でも魔法を使えば! そうだ、魔法を使おう。

「ガラスの靴よ!私を世界一の美人にして!」
 私は二つ目の願いを言った。
 王子が貴賓席に付き、演技がはじまった。

 バイク乗りが逆さ上がりのまま運転してみたり、猛獣使いが火の輪くぐりを披露してみたりと、会場は大盛り上がり! 一つ気になったのは、女子団員の気合いの入れようだった。メイクがばっちりというだけでなく、笑顔も最高! 私に対する態度とは月とすっぽんだった。

 そして、一息入れる私の出番がやってきた。会場のライトが落ち、今までとは違うコミカルな曲が流れ始めた。

 ルンルン、ルールーン…。

 薄暗い楽屋小屋に光がわずかに漏れ始めた。そう、スポットライトの明かりが集中したのだ。私はこの時とばかりに飛びだした。

 ウォォーッ。

 滑稽なピエロが出てくると思っていた観衆が驚きの声を上げた。それもそうだ、金髪に細身の美人がそこには立っていたのだからー。それは紛れもなく私ー。私は膝を付き、軽く王子に会釈した。見てる、私を見てる! そうよ、今よ! 私は赤い水玉模様の衣装がはち切れんばかりに踊った。細い脚にはあのガラスの靴がブカブカにー。あれ? ぴったりフィットしているぞ! これも魔法の力? 少し戸惑いながらも、私は渾身の演技をした。

  これが私、シンデレラよ!

 舞い、走り、そして、笑われた。そう、私はピエロ、悲しきピエロんだからー。

 しかし、いつもと会場の雰囲気は全く違った。手拍子が起き、その視線は「憧れ」を含んでいるようだった。そう、私は世界一の美人! 幸せになることを許されたシンデレラ。私は最後の決めポーズをして、両手を広げた。その時だ、王子が侍従に耳打ちしたのは。
「ダメですぞ、王子!」
 驚きを隠せない侍従の声が聞こえた。

 何の?

 ただならぬ雰囲気に会場全体が静まり返った。そんな中、王子は立ち上がり階段を降り始めた。コンコンと靴の音が会場に響いた。

 どうしたの?
 と、突然、王子は膝を付いたのだった。

「私のお妃になってくれませんか?」
 私は心臓がはち切れそうだった。そんな私の前にあの蝶々が現れ、ニコッと笑った。

 良いんだよね、良いんだよね。

 私が、
「はい」
 と答えると、会場全体が祝福の拍手で包まれた。私はたった二つの魔法で幸せを手に入れたのだ。

 王子との幸せな日々が始まった。

 ロングドレスにティアラ。更に侍女が付くという信じられない生活だったが、変わらないものが1つあった。それは私があのガラスの靴を履いている事だった。そう、私は母の遺言を守り、常に履いていたのだ。

 ある日、王子と中庭を歩いている時のことだった。噴水がキラキラ光り、虹を無数に作っていた。そんな春の陽気に誘われたのか、蝶々の恋人が飛んでいた。二人は、ダンスを教えてくれているかのように舞い、私たちに「楽しんでる?」とい視線を送り、去って行った。

「綺麗だね」
「そうね、優雅だったし…ねっ!」
 てっきり蝶々の事だと思った。しかし、
「君の事だよ!」

えっ?

 戸惑った。そんな洒落た事など言ったことのない“私の彼”が、ストレートに言ってきたのだ。

「そんなー」

 私は左下に視線を落とすしかなかった。軽くアゴに右手を合わされ、顔を上げられた。私は運命を受け入れるように、瞳を合わした。見ないで、見ないで。魔法が解けちゃうからー。そう、王子はキスをしようとしているのだ。

「止めて下さい!」
 私は、王子をドンと遠ざけた。

 その時、、去ったはずの蝶々たちが舞い降りてきた。蝶々たちは、「ダメだよ、喧嘩は!」とばかりにステップを、1、2、3と踏んだ。私はその踊りをに心を奪われてしまった。落ち着かない、そう、魔法が解ける恐怖と王子の愛の狭間で悩んでいたのだ。そんな私に、

「どうしてだよ! どうしてシンデレラは、許してくれないんだ!」

 珍しく声を荒げた。

 そう、私は母の言葉を信じていたのだ。そう、守らなければ、お妃としての生活は終わってしまうのだ。。ただのピエロに戻ってしまうのだ。蝶々たちは、私の目の前で飛んでいた。手を繋ぎ、青い蝶が赤い蝶をエスコートするように回していた。私は、どうにかして! と願わすにはいられなかった。

「ごめんな…さ」
 私が謝ろうとしたとき、
「ごめん、僕が悪かったね」
 と、王子が先に謝ってくれた。

 すると、あら不思議! 赤い蝶が、「まぁまぁ、許してあげて!」と言わんばかりに、ちょこんと膝を曲げたのだった。私は、許してあげるから、と、その蝶に語りかけた。そう、私は王子の、このやさしさが好き、なのだ。蝶々さん、私たちの仲を取り持ってくれてありがとう。一安心。蝶々たちにも、そんな私の心が分かったのか、ニコッと笑ってくれた。

  それから数日後、王子は流行りの病にかかり、寝込んでしまった。

「お妃さま、私たちが看病をします、うっても大変です。離れて下さい」
 侍女たちが私を心配して声を掛けてきた。が、私は、「いいえ、私が傍にいます」と答えたのだった。そう、私をお妃に迎えてくれた王子を、どんなことがあっても捨てたくなかったのだ。
「あなた方こそ、この部屋から出て行きなさい!」
 私は人生で始めて、命令をした。私ー。少々後悔にさいなまれた私は彼女らが出て行ったドアを見つめた。するとあの蝶々さんたちが、また顔を出してくれ、「大丈夫だよ、私たちが謝ってあげるから」と言っているみたいに首を縦に振ってくれたのだった。私は蝶々たちに「ありがとう」と言ったが、心ははち切れそうだった。そう、王子の病状が気になって仕方なかったのだ。「私の王子…私の王子、早く治って!」
 祈りに祈った。が、一向に良くならなかった。そればかりが、日に日に病状は悪化し、苦しそうに息をするようになり、ついに意識さえ無くなったのだ。
「王子ー」
 私は泣いた。王子の手を握りしめ泣いた。そこに、あの蝶々が飛んできた。私は我慢できず、振り落とした。

「そうだわ」
 魔法を使おう。しかし、次使ったら、もう使えないー。が、私に迷いはなかった。そう、王子の命には代えられないのだ。

「ガラスの靴よ、王子の病気を治して!」

 しかし、一向に良くならなかった。良くならないばかりか、私の手を握る力も次第に弱くなっていったのだ。そして、ついに息が止まった。

「王子、王子? あーっ!」

 私は泣いた。王子の遺体にしがみつき、大粒の涙を流した。。何時間も、何日もー。

 あれからどれくらいの時が流れたのだろう…。

「シンデレラ、シンデレラ」
 誰かに声を掛けられたような気がした。
「起きて、僕のシンデレラ」

えっ?

 私は目を開けた。私に声を掛けていたのは、なんと王子だった。

「死んだのでは?」
「誰が?」
 私はベッドから起き上がり、王子に視線を送った。
「ぼくは生きているよ! ほらね」
 そう言い、王子はクルッと回ってみせた。
「王子…」
 感極まった私は、また泣いてしまった。すると王子は、私の頬に人差し指をあて、その涙を拭いたのだった。なんてやさしい人なのだろう。私は近づいてくる王子の顔を遠ざける事が出来なかった。一瞬、あの蝶々たちが心の中に現れ、「ダメダメ」と声を掛けた。しかし、

「始めてだね、キスをさせてくれたの」
「はい…」
 私は素直にうれしかった。両肩を落とし、安堵した。

がー、

ハッ!

 私は母の言葉を思い出した。そう、魔法が解ける、というあの言葉を。

「バカー!」
 私は王子を突き飛ばし、ガラスの靴を履いた。王子は尻餅をつき、何が起こったが分からない顔をしていた。
「シンデレラ!」
 追いかけないで、追いかけないで! 
 私は逃げた。あの中庭から、侍従を振り切り、階段へ…。

あっ!
靴が脱げたのだ。

「シンデレラ、シンデレラ!」

 が、拾う余裕はなかった。私はガラスの靴を階段に残したまま、城を後にした。

 夢は終わった。

 魔法の解けた私は、再びサーカスで働いていた。やっぱり私はピエロ。悲しきピエロー。来るはずもない王子さまを待って、空中ブランコの練習をしても、空しさが積もるばかり…。カランカランと誰もいないテントに響く音にも慣れちゃった! 

「シンデレラ、片付けなさい!」
 座長の女の言葉も、何処か命令口調だ。王妃だったら、と思っても、そう、もう幸せは訪れないのだ。
「はーい」
 私の返事も生半可。ブランコを片付け、床を拭くのも、あーっ、つまらない! 
「痛!」
 そんな気持ちで片づけていると、突き指もするというものだ。私は右手の人差し指を左手で覆った。情けない、胸に穴が空いたようだ。そんな私の耳に、
「そうそう、王子さまがピエロを探しているみたいよ。ガラスで出来ている靴を履かせているって噂よ」

えっ?
嘘ー。

 あの靴は私の靴。王子さまがこのサーカスに来てくれたら、また幸せが訪れるかも知れない。私は人差し指の痛さを忘れ。外に飛び出した。流れ星は? そんなにうまく流れるはずがない! と思った瞬間、

「あっ!」

 そう、流れたのだ。しかもその輝きは次第に増え、流星雨となった。私は高ぶる気持ちを抑えることが出来ず、

「お願い、もう一度王子さまに会わせて…」
 痛さを忘れ、祈ったのだった。

  それから、何日待っただろう。夏の暑さに耐え、秋に悲しさを感じながらも、ついにその日はやって来た。そう、王子さまがやって来たのだ。さっそうと白馬から降りるのは、「元」私の彼氏! 座長に導かれ、座員が作った花道を歩く王子は、一人一人に笑顔を振りまいていた。

もう!

 それが気に入らなかった。そう、私はその笑顔に「なに他の女にうつつを抜かしてるの!」と嫉妬し、目元が上がってしまったのだ。と、その時、一瞬。視線が合った。分かった? 私はここよ! が、そのまま通り過ぎられてしまった。どうしたの? 私の事を忘れたの? あっ! 今の私は金髪でもなければ、八頭身の美人でもない、ただのピエロー。王子さまと一緒に暮らした「王妃」ではないのだ。

 でも、
でも、
でもー。

  止まって欲しかった。どんな容姿でも気づいて欲しかった。しかし、通り過ぎていく王子と侍従の足は止まろうとしなかった…そう思った。瞬間、

「やっぱりあの子に履かせるのね」

 サーカス仲間のひそひそ話が聞こえた。なっ、なんと、王子が振り返り、私の方に歩いてきたのだ。私は瞳に溜まる涙を我慢した。私はここよ、ここよ! しかし、

「王子、こんな醜い女がお妃さまではありません。さぁ、行きましょう」
 私の目の前で立った王子に、侍従がはっきりと言った。

「そうだよな」

 その言葉は私を絶望の淵に落とすのに十分だった。風が冷たく、私の頬に当たった。そう、魔法の使えない私はただの醜い女、ただ、それだけー。終わったね。私は左下を向いて、大きくため息をついた。

「あの靴をここへ」

えっ? なに言ってるの? なに言ってるの?

「違います。この女ではありません」
 侍従は眉毛を上げ、制止した。それでも、

「かまわん。私がお妃を探しておるのじや!」強い口調で言った。王子の本気が伝わったのか、侍従が渋々置いた。

 えっ?

  目の前に置かれたのは、キラキラ光るガラスの靴ではなく、古びた木製の靴だったのだ。 そう、夢は既に終わっていたのだ。

 しかし、あの蝶々が「履け!」とばかり止まったのだった。幸せになれるの? そうよね。だから導いてくれているのよね。私は幸せを確信したように微笑み、膝を曲げた。

まっ、まさかー。

 「ヘヘヘ…」
 侍従が肩を震わせ、笑った。間髪入れず、
「履けるわけないわ。ふふふっ…」
 並んでいたサーカス団員の女も笑った。
 そう、魔法の解けた私の足には合わなかったのだ。私は左下に視線を落とし、また、ため息をついた。

「その癖、その癖だよ!」
えっ?
「左下を向いて大きくため息を付く癖、君がシンデレラだね」

嘘ー。

分かってくれた。王子は分かってくれた。私はあふれ出しそうな涙をグッと我慢し、瞳をを上げた。が、

「違います!」侍従が慌てて、
「このような者がお妃さまであるはずがありません!」
 と横やりを入れたのだった。
「いや、彼女だ! 僕には分かる、あのやさしさは忘れない!」

やさしさ?

「君だろ、僕を最後まで見守ってくれたのは…」
 そう、王子は覚えていたのだ。私が最後まで病に付き添ったことをー。

が、

「ダメです。私は認めませんぞ!」
 侍従が、私と王子の間に両手を広げた。

しかし、

「どけ!」

 右手で侍従を退けた王子は、私の左手を握った。そして…王子は私の肩をギュッと握り、私を胸元に近づけたのだ。私の瞳には、あの蝶々が映った。泣いていいのよね、泣いてー。私はその蝶々たちが、「いいよ」と言ったのを確認し、泣いた。

「行こう!」

 そんな私の涙が見えなかったのか、王子はぶっきらぼうに言い切った。もう、少し女心を分かってよ! そんなところが嫌い! でも、私の返事は、

「はい!」

 引かれた。力強く左手を引かれた。急かさないで! 恥ずかしいでしょ! そう、私は王子が歩いてきたサーカス団の花道を、走っていたのだ。そんな私の背中をあの蝶々たちが押してくれた。走るから、私、走るから。あなたたちの助けは借りないから、と思いつつ、涙は止まらなかった、ありがとう、本当にありがとう。蝶々たちと話しているのを知るよしも無い王子は、私の腰に手をやった。何よ、やらしいー。と思ったが、白馬に乗せられ、彼の胸元に抱きついてしまった。

「それ!」

 その言葉に反応するように、白馬は大きく走り出した。

力強く、速く!

 私は心の中で「サーカス小屋よ、ありがとう」と叫んでいた。あの魔法がピエロに導いてくれなかったら、今日という日が訪れた保証はない! 私を世界一の美人にしてくれた2つ目の魔法は、私のわがままだったかも知れないが、もう使えないのが分かっていて使った3つ目の魔法が結局、王子の心を揺さぶったのだ。それ以上に、王子は容姿や噂で人を判断する人ではなかったのだ。

「目を瞑って」
 私は素直に瞳を閉じた。

なに? 何なの?

 戸惑いを隠せない私の耳に、馬の足音が聞こえなくなった。次第に強くなる風は。私の頬を通り過ぎ。黒髪を乱した。

歩いている? でも何処を? 

「目を開けて!」

「はい」

 私の瞳に映ったのは、美しい街並みだった。どうして小さく見えるの? 私は少し体が震え、王子の胸元に再び抱きついた。そんな私に、

「下を見てみて!」

「虹を上っているわ! 上っているわ!」

 なんと、白馬は私たちを乗せて、虹を上っていたのだ。そして、虹の頂点に来たとき、私たちはキスをした。

「変わらないね」

そう、私は変わらなかった。醜い顔のままだったのだ。

「変わってほしい?」

私は王子の愛が本当か知りたかった。

「今のままので十分!」

かかった! 

 でも私は、もうあの靴を履いてない。それでも私は王子に4つ目の魔法をかけたのだ。そう、金髪の美人ではなく。私を“確実”に選ぶ魔法を。

後悔するわよ、絶対に後悔するわよ。

 そんな視線で見上げても、王子の視線は揺るがなかった。私はこの人に付いていく! 絶対に付いていく、と虹の上で決めたのだった。

 

(解説)

人を容姿やイメージで判断してはいけないって事!

綺麗な人に憧れる男心が分からないわけではないけれど、美しいものにはトゲがある事を肝に銘じて選ぶ方が無難だよ。

女子のみなさん、真実の愛は男性の心に残るもの! 分からない奴は、こちらから願い下げましょう?

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