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第1章 【原子構造・周期表】

●高等学校で習う原子構造の基本事項は実はあまり多くなく、原子番号、中性子数、質量数の定義と書式、電子配置と構成原理から周期表の成り立ちが理解できれば、元素各々の性質を体系的に論じる準備ができます。
●同位体についてはそれぞれの存在比と原子量の関係が昔から入試に頻出の領域であり、期待値の計算に帰着します。最近は分子の同位体に関する問題も散見されます。これらは化学というよりは確率・統計の問題なので、確率論を応用できる程度の数学が必要となります。
●放射性同位元素はその量が指数関数的に減衰し、地層や古代遺跡の年代測定に応用され、最近では原子力発電に伴う環境・安全の観点からも重要な話題と言えます。なお、原子の崩壊や核化学の詳細は高校の指導要領には原則的に含まれておらず、大学入試にもなじまないものですが、α線、β線、γ線の意味くらいは知っておいたほうがよいでしょう。

それでは問題を6問。適宜、電卓を使って下さい。


【問題1】

次の問に答えよ。
①    ¹H, ¹³C, ²⁹Si, ³¹Pの陽子数、中性子数、質量数はいくつか。
②    塩素原子の原子量は35.45である。塩素原子が³⁵Clと³⁷Clで成り立っているとすると、それぞれの存在比は何%か。
③    炭素の同位体¹⁴Cの半減期は5700年である。この同位体の量が現在の10分の1になるのは何年後か。
④    原子における電子配置において、K, L, M, N殻に最大限収容される電子数はいくつか。
⑤    α線、β線、γ線のうち、電磁場であるのはどれか。

【問題2】

次の文章中の空欄を適切な語句・人名または数値で埋めよ。
周期表の横の並びを( ① )といい、縦の並びを( ⓶ )という。現在の周期表は長周期型と言われるものが主流であり、第一、第二、第三、第四( ① )にはそれぞれ( ③ )、( ④ )、( ⑤ )、( ⑥ )種の元素がある。長周期型では( ⓶ )は全部で( ⑦ )個ある。周期表の整備に最も貢献したのは19世紀のロシアの化学者( ⑧ )であるが、原子の電子配置と周期表との関係が明らかになってきたのは20世紀以降、量子力学によって原子構造が解明されてからである。多電子原子において最外殻電子は内殻電子よりもエネルギー準位が( ⑨ )。従って、第一イオン化エネルギーは第二、第三イオン化エネルギー等より( ⑩ )。

【問題3】

水素の同位体である重水素Dの存在比は0.015%である。水分子の同位体HDOの存在比を求めよ。ただし、H(¹H)とD(²H)以外の同位体については考えなくてよい。

【問題4】

フラーレンC₆₀の同位体のうち、¹²C₅₇¹³C₃の存在比を求めよ。ただし、¹³Cの存在比は1.11%とし、¹²Cと¹³C以外の同位体は考えなくてよい。

【問題5】

放射性同位体の崩壊速度はその濃度に比例する。このとき、半減期は初期濃度によらず一定であることを示せ。

【問題6】

α線を金箔に照射したラザフォードの実験(1911年)の意義について述べよ。

解答・解説はこの記事のみ無料にて公開しております。

 

【問題1 解答・解説】

①    陽子数は原子番号と同じである。質量数は陽子数と中性子数の和で、元素記号の左に上付き文字で書く。原子番号(陽子数)は元素記号の左に下付き文字で書くが、これは省略されることも多い。また、目的によっては原子番号しか書かないこともある。中性子数はあまり化学では表に出てこないが、質量数は同位体を区別するのに便利である。たとえば¹³Cのことをcarbon thirteen などと言う。この問題の同位体は核磁気共鳴でよく用いられる核種から成る。

¹H: 陽子数 1、中性子数 0、質量数 1
¹³C: 陽子数 6、中性子数 7、質量数 13
²⁹Si: 陽子数 14、中性子数 15、質量数 29
³¹P: 陽子数 15、中性子数 16、質量数31


⓶ ³⁵Clと³⁷Clの比がx : y であるとし、x + y = 1とすれば
35x + 37y = 35.45 つまり 35x + 37(1 - x) = 35.45
これを解いて百分率に直すと ³⁵Clが77.5%、³⁷Clが22.5%となる。


③ 5700年で半分、その倍で1/4と考えて、x年後に1/10になるとすれば

つまり、およそ19000年後である。対数計算は常用対数を使ってもよい。


④ これらは主殻と言われており、かつての進んだ参考書にはよく記載されていたが、現在はあまり使わない用語である。前期量子論には古い用語が登場するが、時代とともに廃れたり、より現代的な用語に置き換わってきている。現代の電子の描像は古典的な粒子というよりはむしろ波動としての形式で扱われることが多く、波動関数としてその「軌道」が計算される。波動関数の振幅の二乗が電子の確率分布を表すのである。軌道の形とエネルギーはシュレーディンガー方程式の解として得られ、それぞれの軌道は問題の境界条件に応じて量子数という整数の組で分類する。このあたりは高校化学の範囲をはるかに超える事柄ではあるが、よく言われる「電子が軌道を占有する」というのは電子の波動関数がある量子数の組で分類された解で表されるという意味であることを強調しておきたい。

K, M, L, N殻・・・は量子力学で言うところの主量子数n = 1, 2, 3, 4・・・に対応しており、軌道の大きさとエネルギーを表す指標である。主量子数が小さいほど安定で半径が小さい軌道であり、エネルギーが低い。量子数にはさらに方位量子数l(エル; 数字の1ではない)と磁気量子数mがあり、

0 ≦ l ≦ n-1 かつ -l ≦ m ≦ +l

であるような整数となる。それぞれの組(n, l, m)に空間的な広がりをもつ軌道(空間軌道)が対応しており、さらに電子のスピン(自転と考えてよい)の向きが異なる二つの場合があって、それをスピン磁気量子数szで区別することになっている。同じ空間軌道にはスピンの向きが同じ電子は存在できない。もっと一般的に言うと、電子は同じ状態、つまり同じ量子数の組で特徴づけられる軌道を同時に占めることはできない。これをパウリの原理という。szはいわゆる上向きと下向きの二通りしかないので、ある空間軌道に二つの電子があるときは必ずスピンの向きが異なる。三つ以上の電子が一つの空間軌道に入ることは決してない。空間軌道を横棒、スピンが上向き、下向きの電子を矢印で表して、上記の状況を図式的に示すと下記のようになる。

     空軌道    半占    占有    ×       ×

×印で示した状態はパウリの原理によって可能な状態から排除されるのである。szも量子数であるから、電子の状態を特徴づける量子数の組は結局(n, l, m, sz)となり、ある量子数の組をもつ軌道にはただ一つの電子しか存在し得ないわけである。これを空間軌道と区別してスピン軌道ということがある。したがって、あるnについてこの組の数を数えればK, M, L, N殻等への最大占有数がきまることになる。

n =1であるとき、(l, m) = (0, 0)であり、スピン磁気量子数szは二通りあるので、K殻には最大2個の電子まで占有できる。

n =2であるとき、(l, m) = (0, 0), (1, -1), (1, 0), (1, +1), 各々についてスピン磁気量子数szは二通りあるので、L殻には最大で4×2 = 8個の電子まで占有できる。

n =3であるとき、(l, m) = (0, 0), (1, -1), (1, 0), (1, +1), (2, -2), (2, -1), (2, 0), (2, +1), (2, +2), 各々についてスピン磁気量子数szは二通りあるので、M殻には最大で9×2 = 18個の電子まで占有できる。

n =4であるとき、(l, m) = (0, 0), (1, -1), (1, 0), (1, +1), (2, -2), (2, -1), (2, 0), (2, +1), (2, +2), (3, -3), (3, -2), (3, -1), (3, 0), (3, +1), (3, +2), (3, +3), 各々についてスピン磁気量子数szは二通りあるので、N殻には最大で16×2 = 32個の電子まで占有できる。

以降、一般化すると、主量子数nの主殻には最大で2n²個の 電子が収容できることになる。これは周期表の並び方に直結するので、覚えておいた方がよいだろう。

なお、l = 0, 1, 2, 3・・・の状態をそれぞれs軌道, p軌道, d軌道, f軌道・・・ということを補足しておく。これらは副殻と言われる。n = 1, l = 0のような軌道は1s、 n=2, l =1のような軌道は2pなどと書く。それぞれのlについて、mは(2l + 1)通りあり、同じlをもつ軌道は磁場がない限りエネルギー準位が等しい。これを縮退または縮重という。磁場などで縮退が解けるとエネルギー準位は磁気量子数mにも依存することになる。

多電子原子における電子の占有様式を構成原理(Aufbau principle)といい、周期表をよく眺めていれば自然にわかるものであるが、下記のように図式的に覚える手もある。

多電子原子の構成原理

⑤ α線はヘリウムの原子核、β線は電子であるから、粒子線または物質波であるが、γ線は波長が10⁻¹²〜10⁻¹⁴ m程度の電磁場である。γ線の波長はX線のそれより短く、放射性核種の崩壊時に余分なエネルギーを放出するために、原子核のエネルギー準位で遷移が起こることによって放射される。γ線は不安定化学種の発生や滅菌処理に応用されている。

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【問題2 解答・解説】

①周期 ⓶族 ③2 ④8 ⑤8 ⑥18 ⑦18 
⑧メンデレーエフ ⑨高い ⑩小さい

現在の周期表はいわゆる長周期型で、族が18列ある。短周期型は数十年前まで普通に用いられていたが、今後は覚える必要はないだろう。各周期は基本的には主量子数n = 1, 2, 3, 4・・・に相当しているが、4p軌道は3d軌道より安定で、より優先的に占有されるため、各周期の元素数は必ずしも2n²にはならない。遷移金属はd電子で特徴付けられる一連の金属元素である。また、ランタノイド、アクチノイドはそれぞれ4f, 5f電子が占有されはじめる並びに相当する。メンデレーエフの時代の周期表は不完全なものであったが、当時未発見であったゲルマニウムをエカケイ素としてその存在と性質を予測した業績はよく知られている。実際問題として、周期表を全部覚える必要はなく、周期に関しては第4周期まで、族に関してはいわゆる典型元素だけを語呂合わせなどで思い出せればそれで十分である。

イオン化エネルギーはあるエネルギー準位にある電子をその軌道から無限遠にまで取り去るに要するエネルギーである。原子物理学では無限遠をエネルギーがゼロの原点にとるのでエネルギー準位は負の値であるが、イオン化エネルギーは正の値である。内殻にある電子はより原子核に束縛されているので、それを取り去るためのエネルギーも大きくなり、第二、第三イオン化エネルギー等は第一イオン化エネルギーより大きい。

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【問題3 解答・解説】

水分子の分子骨格において水素原子が占める位置は二つあり、HDOとDHOは同じであるから可能な水素原子の配置としては2通りあることになる。よって求める存在比は0.00015×0.99985×2 = 2.99955×10-4 ≒ 0.03%となる。なお、D₂Oの場合は分子構造が一通りしかなく、その存在比は0.00015² = 2.25×10⁻⁸ = 0.00000225%となる。
なお、Dの存在比は試料依存性が大きく、2023年の理科年表では0.001~0.028%となっている。

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