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お勧めシリーズ~「崩壊と死に直面し続ける主人公たち」編

はじめに

 うつ病を患うようになって、たびたび自死を考える自分ですが、おかしなことに人が実際に亡くなった場所に行くと「生きよう」と思える。力がみなぎるというか、感覚がシャープになるというか、とにかく前に進もうと覚悟ができるのです。
 同じように、「すぐその向こうは死という中で生きる主人公」の作品に強く惹かれるようになりました。
 出典が思い出せないのですが、物語を読んでいるとき、脳は主人公と同じ経験をしているというのを読んだことがあります。死にたい願望を持っているにもかかわらず、実際に死に直面すれば、僕は「生きたい」と思うに違いありません。

崩壊と死に直面し続ける主人公たち

 以下にそのような作品を紹介したいと思います。

 まずは有名な十二国記シリーズから。僕は最初の陽子の物語が呼吸も苦しいほどの臨場感を味わいました。
 救いようのない展開。これほどのハードさは初めてでした。絶望的な情景がありありと浮かんでくる、すごい筆力です。
 葛藤や不信は、人をダメにする。生きるエネルギーを奪う元凶だからだ。しかし、陽子は乗り越えた。その心の中で。劇的に。生きる。絶対に生きる。強いものが我が心にも宿った。
 上下巻に分かれています。

 荒涼--それが本書を読み進める中で常に脳裏に浮かんだイメージです。
 本当にハードな内容で息をつく暇もなく、最後まで読んで、この物語の仕掛けがやっとわかる。
 絶望。だけれど、生きる。それはなんという希望。
 また、後に残す者がいるというのは、なんという幸福なのだろう。
 村上春樹の訳で、村上春樹の後書きがついて、だからこそ読んだのが、読んで良かった。「良かった」という言葉はこの本に不適切な気がしますが。

 迫真という言葉では足りない。これは、現実そのもの。文学、小説などというジャンルの問題でない。すべての文章が緊張している。緩慢さはない。真に生きることそのものなのだ。
 初開高健がこれでしたが、くたばりました。
 さすが角田光代さんが、打ちのめされるだけあります。

 読みにくそうだな、との思い込みで、ずっと本棚にあった。
 ある日、気合いを入れて、読み込んだ。なんと濃密な世界か。想像を絶する悲惨さを描きつつ、それぞれが生きている証を感じた。死もまた生きた証なのだ。政治的には右も左も、そして神も、医学も、さらには作者自身をも唾するような場面が見られ、深く考えこまされた。
 これがルポルタージュでないと、聞き書きでないと、文学なのだと「解説」を読んで知り、衝撃を受けた。文学として読むと、なんと人間の深部と崇高に迫った希有な書であろうか。
 ゆき女、杢太郎、ゆりと登場人物が脳裏に焼き付いて離れない。

 タイを舞台に、絶望の中で、尊厳と生きる意志を、描ききっている。
 短編集です。
 作者はいま、何をしているか分からないという。そこもミステリアス。

 未知の世界。加えて、読みにくい、非直線的な書き口。非情で、矛盾を感じる文化。
 最後まで読み通し、その言われようのない悲劇的結末に接し、全てに予期せぬ意図を感じた。人間社会、人間とはいかに信頼に値しないか。
 社会分裂、社会崩壊の触媒としてのキリスト教。
 語り手が、登場人物の視点が、内と外を往還し、不条理をあぶり出す。その文学性に感嘆した。
 くり返すが、深い次元で声を失った作品だった。

 何気ない一コマに人生の深遠な意味が含まれていることを丁寧に描写しています。しかし、それはどこまでいっても人間の俗な側面です。それぞれの言葉が噛み合わないのが、絶望的。
 それらの俗性に対置される聖性として、登場人物の大津が現代のイエスを体現しています。著者の宗教観が、作品として見事に結実している。

 読後は痺れてしばらく放心してしまった。抑制がきいた、独白形式は従来のイシグロ作品と同じだが、少年時代の親友アキラとの再会シーンだけは別格だった。
 自分と人の人生の幸不幸を安易に結論づけて語るまい、と思った。

 中盤までは複雑な人間関係が明瞭につかめないまま、はっきり言うと、躊躇しながら、読み進めた。しかし、ラストにいたる最終盤で、私はすっかり物語に「飲み込まれてしまった」。
 女性と機織りをめぐる、幾世代にもわたる、濃密な小説なのだが、それがクルド人の運命や様々な声なき民の生き様とも見事につらなり、果てしなく底の深い物語となっていることに本を持つ手が震えた。
 感動という言葉では足りない。これは知性や情動を突き抜け、生きることそのものへ至ることができた、まぎれもない経験としか言いようがない。
 特に、最後の方で、あるおばあさんが紀久に語った「百反織らないうちは、機を織ったなんていうもんじゃない」という言葉には、私は返す言葉がない。深く沈黙するのみである。それは恥ずかしいとか、考えが及ばないというのではなく、豊かな、そして意味のある、ずっしりとした沈黙である。

 お話しも人物も愛おしい。
 なんと情緒に富んだ物語だろうか。
 チェスをめぐる、この世からなき者にされていた人たち。
 最後のケーブルカーとミイラのすれ違う場面と報道記事に何度も涙がこみ上げた。
 個人的に3本の指に入る小説の一つ目。

 個人的に3本の指に入る小説の二つ目。
 土地を追いやられる人々。追いやられるのは土地だけでない。人間性そのものだ。家族、コミュニティが切り裂かれていく。
 衝撃のラストシーン。全てを失ったものが、無意味かもしれないのに、自らの血肉を差し出す。
 救いようのない物語だからこそ、最高の救いを描くことができたのか。
 上下二巻。

 打ちのめされた。
 私の53年の人生の中で暫定1位の小説だ。
 物語の基調は自然の静けさの中にある。過酷な物語だけに、その静けさは一層際立つ。
 後半は何度も嗚咽した。
 主人公カイアの強靭さ。大地と交歓するさまは、もう神だ。
 ジャンピンおじさんの寄り添い方。あそこまでひとは寄り添えるだろうか。差別される側にいたからというだけではないだろう。
 一人一人の登場人物が、揺れに揺れて、ある境地にたどり着く。
 ああ、こんな小説に出会えて、本当に良かった。

以上です。

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