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(SF小説)『女子会は、終わらない』第2話 環境省

 最初は通常兵器による紛争だったが、やがて核ミサイルが世界各地から発射され、7時間で人類は滅亡の危機に瀕したのである。
 核ミサイルを撃ったのがどの国なのか、今もよくわかっていない。
 周辺諸国の撃った核ミサイルが日本に降り注いだのも事実だが、日本が発射した同じ物が海を越えて外国の主要都市を壊滅させたのも確かだった。
 証拠となるデータは一瞬にして核の炎に包まれて蒸発したのである。
 今も議論を続けているが、様々な意見があり、決め手に欠けるのだ。
 1つ言えるのは、南極を除く世界中のほとんどの地域に核ミサイルが降りそそぎ、人類の99パーセントが一瞬にして死滅した事である。
 わたしは小学校で、戦争直後の地球の映像をホログラムで見せられた。
 人工衛星が撮影した画像だが、その地球は真っ赤に染まり、陸地の形をよく観なければ火星と区別がつかないくらいだ。
 20世紀の日本で作られた2Dのクラシックアニメで『宇宙戦艦ヤマト』という作品がある。
  この作品で地球は異星人の攻撃を受け赤い焦土となったのだが、現実の世界では地球人が自分の手で、生まれた星を放射能まみれの荒野に変えた。
 地球人こそ、どんなSFアニメに出てくる異星人より残忍だとわたしは思った。80億近い人達が一瞬にして地上から消滅し、都市は灰燼と化し、森は焼け、不毛の砂漠となったのだ。
 生き残った人達も、放射能汚染や飢餓地獄に苦しみながら死んでいった。人類はヒロシマやナガサキの悲劇から、何も学ばなかったのだ。
  核シェルターに入れなかった人達がシェルターを襲ったり、助けを求めてきたシェルター外の人をシェルター内の人が殺すという惨劇が、全世界で繰り広げられた。
 今でもおばあちゃん世代の人は、当時の記憶がつらいのか、戦時中の体験はめったに話さぬ人もいる。小学校で大戦直後の映像を観せた先生の言葉が心に残っていた。
「人間は長い歴史の中で、たくさん戦争をやってきました。そのたびに多くの人が殺され、町は焼かれて、多くの重要な文化財が壊されてしまいました。そしてついに7時間戦争で、地球そのものを破壊したのです。今でこそここまで復活しましたが、2度と戦争を起こしてはなりません」
 歴史教育も戦前と変わった。戦前の教育は年号を暗記で覚えるような勉強をしていたが、今はしない。近代史の教育に力を入れ、戦争を防ぐにはどうしたらいいか、具体的な平和教育に力点が置かれていた。
   カッシーニにたどりつくと、すでにテーブルの一つに、仲良しの由美と梨奈の姿があった。この店は料理もワインも美味しいので、今夜も大勢のお客さんでにぎわっている。
 今ではワインや料理の原料は、スペースコロニーの農場から仕入れていた。私の姿に気がつくと、由美と梨奈の二人は笑顔でこっちを見た。わたしは空いてる席に座り、ワインと料理を注文する。
 ウェイトレスがわたしのワインを注いだところで、三人はグラスをぶつけて乾杯した。ボヘミアングラスが涼やかな音色を奏でる。 
「そういえば由美んちのおばあちゃんって、あの後病気治ったの」
 わたしはサラダを食べながら、一ヶ月前に入院した、由美の祖母の話をした。
「嬉しい。覚えててくれたんだ。おかげですっかりよくなったよ」
 由美は嬉しそうに顔をほころばせた。
「肺がんだったけどがんを摘出して、IPS細胞で作った新しい肺をくっつけたから……それはいいけど治った途端、いつもの小言が始まったの。『いつまた戦争があるかしれないから、早く子供を産みなさい』ってさ。戦争なんて、もうないよね」
 確かに大戦後、今のところ戦争はない。もっとも、由美のおばあちゃんの加奈さんが戦争のトラウマから解放されないのも無理はない。加奈さんは、放射能が除去されるまで核シェルターの中で何年も過ごしたという過去を持つ。
 今でも狭い部屋は嫌いで、実際由美の家は敷地自体も部屋もうちなんかよりずっと広い。だからといって、特別裕福なわけでもない。
 核戦争で人口が激減したので、家を再建する時に敷地を広く取れただけの話である。戦前の新宿や渋谷はゴチャゴチャした街だったと聞いたが、今の東京は碁盤目のように整然と広い道路が走り、どの都市の地下にも核シェルターがあり、現在の日本人全員を収容できるスペースがある。
 核エネルギーに対する抵抗感が戦前より強くなったのと、半減期二万年の放射性廃棄物がたまるのを防ぐため、原発も廃止された。そもそも原料のウランやプルトニウムはすでに枯渇している。
 代わりに太陽発電衛星からマイクロ波で電気を地上に送ってきていた。地熱発電や海洋温度差発電や風力発電も活躍している。人口が激減し、戦前ほど電力をつかわないからできたという経緯もあった。
「どのみち戦争はじまったら、子供ごと死んじゃうだけだしね」
 由美は苦笑を浮かべて言った。そして梨奈に話しかける。
「それより梨奈は新しい彼との仲はどうなのよ」
「それがもう最高」
 突然話をふられた梨奈は目をつむり、上を見あげると感極まった笑みを口に浮かべた。
「カズキって、すごく優しくてかっこよくて言う事なしって感じ。まさに理想の男性ね」
 それも当然で、カズキとは恋愛用のパースノイドだ。注文する時顔や体型、身長等、自分の理想を脳に埋めこんだナノメディアから送信すると、パースノイドを製造するメーカーが希望通りの物を作って発送する。
 梨奈の場合特注なので高価だが、安い商品も売られていた。その場合身長やルックスは決まっており、ネット上のカタログから、好きなアイテムを選べる。
「まじめな話、カズキと結婚してもいいって思ってるんだ」
「すごいじゃない」
 由美が声をあげた。
「ついに梨奈がうちらの中で、最初に結婚するんだね」
 法律でパースノイドとの結婚は可能だった。パースノイドの性能は今や大きく進歩し、何もかもが本物にそっくりだ。外見も質感も話し方もセックスも何もかも。違うのは精子を提供できない、物を食べない、トイレに行かない、そして死なない事ぐらいか。パースノイドも本物の人間同様仕事を持っているケースがある。
 疲れないし、煙草を吸わないので、人間よりも効率がいい。電子頭脳に蓄積したデータを人と違って忘れないので、その意味でも重宝だ。人間よりパースノイドを積極的に採用してる企業も多い。
「でもその前にお金ためないと。パースノイドのローンも払わなきゃならないし、子供産むなら、有名人や優秀な男性の遺伝子は値段も高いし」
「梨奈の会社はお給料いいから大丈夫じゃないの」
 わたしは梨奈に突っこんだ。梨奈は『パースノイド・ジャパン』に勤めている。ジャパン・エリアじゃトップクラスの大手企業だ。ジャパン・エリア製のパースノイドは品質が高い。
「そうでもないって」
 梨奈は、首を横に振った。
「今やうちらの業界も飽和状態で、小さいパイを大勢で食いあってるからね。うちの会社だっていつどうなるか……あたしより、真央もパースノイド買えばいいのに。何もかも本当の男性そっくりだから」
「本当の男性なんて知らないくせに」
 由美が横からチャチャを入れた。
「由美だって知らないじゃん」
 梨奈が頬をふくらませる。
「そりゃそうだけど」
「あたしまだパースノイドはいいや」 
 わたしは二人に宣言した。
「子供はいつか欲しいけど」
 精子バンクにプールされた遺伝子は全て検査を通っており、遺伝病のリスクを持つ物は含まれていない。子供を産みたくなければマザーノイドに卵子を提供して、代理出産してもらうのも可能だ。
 自分で子供を産む場合でも無痛分娩が普及してるので、昔の女性よりは楽だと思う。経験したわけじゃないから、わからないけど。パースノイドとの経験がないまま、処女懐胎する女性も多い。
 もっともパースノイドとの経験が性体験としてカウントされないなら、今や地球上の戦後に生まれた若い世代のほとんどが処女だった。
 なぜなら戦後、生き残った人類が結成した世界統一政府は思いきった決断をする。
産みわけで男児の出産を中止するというものだった。戦争の賛同者には女性もいたが大多数は男性で、これ以上男児を出産したら大人になってまた戦争をはじめかねず、人類滅亡につながりかねないという危機感が生まれたのだ。
 戦争を生きのびた男が全て亡くなると、女だけが残された。尾辻代議士も、わたしを運んでくれたリキシャの引き手も、次の総理と言われている友愛党の箱石総裁も、人気役者の桜木薫も、全員女だ。
 わたしのママはプールされた精子を人工受精して、わたしを産んだ。恋愛対象は男性型のパースノイドになり、子供は卵子と、プールした精子を受精させて産まれるようになったのだ。
 ママが精子の遺伝子を選択する際、健康や頭脳は重視しても、容姿は軽視したため、わたしの顔はママほどの美人にならなかったのだろう。以後戦争はなくなって、男性が加害者である事の多い凶悪犯罪も激減した。
 そしてこの星では、今日も一人の男性もいない女子会が続いているのだ。もっとも女にも色々いる。尾辻代議士やそのシンパのような人達だ。ああいう人は海外にもいて、彼女達のようなタカ派は『外国人は信用できないから、一度全世界からなくした軍備を復活させろ』と要求している。
 男がゼロになっても、戦争はなくならないかも。だとしたら、人はどこまでも愚かな生き物と言えるだろう。

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