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地球に優しい? 侵略者(第64話 戦闘配置)

 やがてワープアウトしたのは、他でもない。ショードファ軍の宇宙戦艦だ。
「事前通告もなくワープアウトか!」
 そう独りごちたのは、インド艦のカシュヤップ大将だ。60代の男性だった。インド艦は11隻が残存しており、地球人艦隊の中では実質的な指導的立場にある。次いで数が多いのが、中国艦の6隻だ。
 元々インド艦と中国艦は人口比に応じて14隻ずつ配備されたが、激戦の後、現在の数まで減っていたのだ。
 カシュヤップの眼前のホロモニターに、ショードファ人のザースコ少佐の上半身が投影されている。
「そう怒らんでいただきたい」
 ショードファ軍のザースコ少佐がたしなめるような口調で投げかけた。
「下手に事前通告すると、秘密通信とはいえ、チャマンカのクマ共に感づかれる可能性がありますからな」
「このまま一気にきゃつらの星に攻めこむのか?」
 カシュヤップが聞いた。
「我々の考えでは我が軍の艦隊と地球艦隊をチャマンカ星の軌道上に集結させ、ショードファ、地球両星の独立を迫ります。チャマンカ政府が認めないなら、準光速ミサイルで攻撃すると、脅すのです」
「なるほどな」
「そちらにはそちらの都合がありましょう。地球側で相談したうえで回答をお願いします。ただしすでにチャマンカ政府は、あなた方の反乱を認識しています。当然すぐに何らかのリアクションがあるはずです。ぐずぐずしてる余裕がないのはご承知おきを」

 蒼介は、ショードファ軍の宇宙戦艦に乗っていた。ドローン部隊をコントロールするのが彼の役割だ。
 蒼介はかつてチャマンカ艦に乗りこんでショードファ軍と戦ったのだが、皮肉な事に、今は逆の立場である。
 彼の乗る艦を含めたショードファ艦隊は、チャマンカ星に向かっていた。
 母星を壊滅させられたショードファ軍は通常艦は単独または数隻で移動して、その存在を気取られぬようアンチレーダーバリヤーを張り、光学迷彩で視覚的にも見えない体制をとっている。
 だが現在チャマンカ星への侵攻のため、100隻の軍艦が集結していた。
「気分はどう?」
 戦闘シートにスタンバイしてる蒼介の元へ、雫石結菜が登場する。
「どうも何も、感情抑制剤を飲んでいるからな」
 蒼介は、答えた。
「この薬考えてみると、かなり危ない効能だわ。自分が戦争の一角を担うのについて、疑問を持たなくなりつつある」
 突然、結菜が蒼介の手を握った。
「あなたは間違っていない。これは正義の戦争。チャマンカ帝国の侵略から地球を解放するためのレジスタンス」
 結菜の手はどこまでも白く、やわらかい。感情抑制剤を服用していなければ、1秒で恋に落ちていたかもしれなかった。
「今さらだけどチャマンカから地球を解放して、その後の俺達の故郷をどうするつもり?」
「すでにアース・パルチザンの執行部が決めてる。解放後は18歳以上の男女全ての地球人に選挙権が与えられるの。無論罪人や、チャマンカ政府に協力していた輩共は、別だけど」
「地球全体が民主制を採用するわけか」
「そうね。地球合同政府を作り、合同政府の大統領と副大統領も、無論投票で決定する。チャマンカやショードファやダラパシャイなどとの惑星間の外交は、合同政府が行うの」
「結構具体的に決めてるんだな」
「地球合同軍も作り、地球防衛のための宇宙艦隊も発足させます。異星人の侵略に備え、準光速ミサイルに対する迎撃システムも作ります。必要なテクノロジーは、ショードファ人達から得るの」
「そして君は、新政府でしかるべき地位を占めるわけだ」
 蒼介の吐いた言葉を耳にして、結菜は汚物でも見たような顔をした。
「誰かがやらなくちゃならない。それがあたしを意味するなら、全力で頑張ります。今まであたしは命がけでやってきた。他の同志達もそう。チャマンカが来なければ、普通に暮らしてたと思う。みんなあいつらが悪い」
 声に、怒りが滲んでいる。
「そして、今はあなたも同じ」
 パッショネート・ピンクに塗られた唇を、蒼介の耳元に接近させた。
「地球解放の暁には、あなたもしかるべき地位に」
 嫌味をたっぷりと含んだ笑みを満面に広げている。愛らしい顔が台無しだ。その時である。艦内アナウンスが、流れた。ショードファ語だが、ネックレス型の翻訳機を通じて、蒼介と結菜の脳には日本語に訳される。
「いよいよ、本艦隊は、チャマンカ星の軌道上にワープアウトする。総員第一種戦闘配置につけ!」


地球に優しい? 侵略者(第65話 恫喝)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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