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ミスティー・ナイツ(第30話 惨劇)

 美山は口笛を吹いた。
「ありがてえ」
「元々粒島はバブルの頃に成金が島ごと買って、プライベート・リゾートとして使ってたの。そこを設計した建築家のパソコンのファイルからひっぱりだしてきたってわけ。あたしの好きな建築家で、以前からファイルの内容を盗み見て、楽しんでたの。彼のデザインした建造物は、どんな男よりかっこいいし」
「そいつは結構」
 美山は思わず爆笑した。
「で、そのプライベート・リゾートが何だって、悪党共の巣窟になってんだよ」
「よく言うよ。あたしらだって悪党じゃない」
 衣舞姫は頭から笑いとばした。
「理由は簡単。島の持ち主が株で大損こいて、島を売ったの。相手の足元見て二束三文で買ったのが、鶴本代議士が会長をつとめるグループ企業の1つってわけ」
「なるほどね。それがいつのまにか、こわもてが集まる伏魔殿となってたわけか。地下に金庫がありそうな部屋が図面でわかるかな」
「そこまではわからない」
 その時である。背後で人の気配がして、ふりむくとマシンガンを持った男がいた。美山達は一斉に、手にした機関銃の引き金を引く。標的の体に無数の銃弾が撃ちこまれ、敵の体は反動で後ろに倒れた。
「どうしたの。大丈夫」
 インカムの向こうから、悲鳴に近い衣舞姫の声が聞こえてきた。いつもクールな彼女からは想像つかない音域である。
「何でもない。心配するな。鶴本の飼い犬を1匹始末しただけだ。おれ達に怪我はない。どうやら奴が飼っている連中は、自分達から金庫の場所を教えてくれるみたいだ」
「よかった無事で……」
「それよりも、今の悲鳴可愛かったぜ」
「バカ言ってんじゃねーよ」
 衣舞姫の声色はいつもの調子に戻っていた。
(やっぱ、彼女はこうでなくっちゃ)
 美山の中に沸騰した湯のような高揚感が生まれていた。撃つか撃たれるかの緊張の中で生じる快感。
 可能なら殺しはやりたくないが、奴らのような悪党なら別だった。もっとも、かれらに選択の余地を与えてやるのも悪くはない。
「聞こえてるなら返事をしろ」
 美山は怒鳴った。
「今さらお互い駆け引きをしてもしかたない。ここに王冠と現金があるのはわかってるんだ。おとなしく渡すなら、これ以上の殺しはしない」
 返事はなかった。代わりに金属製のパイナップルが、美山の足元に転がりこんだ。3人はそこからすぐに飛びのいて、それぞれ通路の角に隠れた。
 爆発音が鳴り響き、激しい突風が生じる。それが収まったところで美山は、すぐに他のメンバーを見た。全員無事だ。鶴本の飼い犬共の返事はわかった。
 もっとも向こうからすれば、すでに大勢の味方が夜襲で死んでいるのだ。こんな反応になるのも無理はない。
 手榴弾が爆発した付近の廊下は焼けこげ、ひびが四方八方に広がっている。まるで戦場のようだった。これはまさしく戦争なのだ。
 平和な日本の領海内のちっぽけな島でこんな地獄絵図のような修羅場が展開されてるなんて、誰も信じないし想像もしないだろう。
 多くの国民が自分の寝床で眠りをむさぼる時間である。
 粒島の守り手が正確に何人いるかわからないので、あとどれだけ殺せばこっちが勝つのかわからないのが不安である。
 こっちの手榴弾やマシンガンの銃弾も、無尽蔵にあるわけじゃない。
「どうやら苦戦してるじゃん」
 インカムの向こうから、衣舞姫の声が聞こえてくる。
「猫の手どころか、ネズミの手でも借りてきたいね」
 美山は話した。
「恋花が援軍を送るみたいだから、ちょっと待ちいな」
「あの子が援軍だって……大丈夫かよ」
「失礼ですね」
 他でもない、恋花のかん高いソプラノが、衣舞姫のアルトに変わってインカムに割りこんだ。
「そんな冷たいと、助けませんよ」
「冗談に決まってるだろう。めっちゃ頼りにしてるから、援軍お願い」
「本当ですか」
 恋花の声は、半信半疑だ。
「本当本当」
「美山は助けなくてもいいから、おれと釘谷さんは助けてよ」
 海夢が横から毒舌を投げつけた。
「そりゃ、ねえだろ」
 美山は突っこむ。
「もうすぐ援軍行きますから、待っててください」
 ぶうたれながら恋花が答える。やがて美山の背後からヘリコプターの物より小さめのローター音が聞こえてきた。
 振りかえると、雲村博士の開発したキャロッティが、頭上と背中のローターをフル回転させながら、意外な程の猛スピードで飛んでくる。
 キャロッティは両腕にマシンガンを抱えていた。キャロッティの身長30センチにあわせ作られた、コンパクトなサイズの銃だ。
キャロッティはそのまま前方に突っこんでゆく。敵のいる前方から、激しい撃ちあいの音が聞こえてきた。やがて音は唐突にやみ、不気味な沈黙が支配する。
「敵ノ防衛網ヲ突破シマシタ。後ニ続イテクダサイ」
 インカムに、キャロッティの音声が響いてくる。なかなか頼もしい発言だ。聞くが早いか美山達は前方に向かった。
眼前の床には銃弾をしこたま食らった男達が倒れている。皆血まみれで、うめき声をあげてるのもいた。
 腹から腸がはみだしている奴もいる。周囲には、鼻を突く異臭が漂う。アイザック・アジモフ博士がこの場を見たら卒倒しそうな光景だった。
ロボットが、大勢人を殺してるのだ。美山はうめき声をあげていた男の一人にマシンガンの洗礼を浴びせた。むしろこの方が、苦痛が長引かないだろう。
 3人はまだ使えそうな機関銃や拳銃を、遺体から物色する。
 逆に銃弾を撃ちつくしたマシンガンはその場に捨てた。キャロッティも鉛の弾丸を浴びたようだが、赤いボディはピンピンしている。
「驚いたぜ」
 釘谷が頼もしそうに、ホバリングするロボットの方を見あげた。
「防弾仕様だったとはな」
「アリガトウゴザイマス。頼レル男ト呼ンデクダサイ」
「男だとは知らなかったぜ」
 美山が横から口をはさんだ。
「そのわりには、ちんちんがついてねえようだが」
 だからと言って、女性器がついてるわけでもないのだが。
「今ノハぎゃぐデス。ろぼっとニ男モ女モアリマセン」
「ジョークまで言うなんて、すごい高度なロボットだな」
 感心した口調で海夢がのたまった。
「当然デス。日本ヲ代表スル科学者ノ、雲村博士ガ開発シタノデス」
 キャロッティは胸を張った。もっともニンジン型ロボットに、胸と呼べる部位があるとしての話だが。
「では高度なロボット君に質問だ」
 美山が横から口をはさんだ。
「おれ達が望む現金と王冠が、どこにあるのかわかるかい」
「ワカリマセン。前進アルノミ」
 それだけ言うと、さらにキャロッティは前に向かって飛行した。少し距離を置いて、他の三人が後を追う。しばらくの間、射撃音は聞こえてこなかった。
 もうみんな死んだのか、まだどこかに伏兵がいるのか、判断つかない。
 さっきまで騒々しかっただけに、不気味な静けさだ。つきあたりにドアがあり、キャロッティはそこでホバリングして待っていた。
 美山は試しにノブを引っぱったがびくともしない。施錠してあるようだ。釘谷がドアに爆弾をしかけた。  
 その間、他の2人と一体は、そこから離れた通路の陰に身を隠す。爆弾を設置した釘谷が走ってやはり、みんなのいる通路の陰にやって来た。
 しばらくたつと轟音と共に爆発が起こる。火薬の臭いが頭蓋骨を揺さぶった。突風が通路を駆けぬける。
 空気というより固体に近い物が凄まじい勢いで飛んできたようだ。爆風が収まって恐る恐る顔を出すと、果てしなく強固に見えた鋼鉄のドアは激しく歪み、ちょっと押せば外れそうな感じだった。
 先頭をキャロッティが飛行して、錠の壊れた扉を開く。
 そしてそこから室内に飛んでゆく。直後に中で撃ちあいの音が聞こえる。やがて複数の男達の怒声と悲鳴が耳にとびこんだ。やがて銃声が静まった。
 3人が中に入ってみると、血まみれになった男達が、部屋の中でもがいている。そこには巨大な金庫があった。
 美山は比較的軽症と思われる、男の一人に銃を突きつける。
「その金庫を開けろ」
 男は横たわったまま、そっぽを向いた。美山は血で染まっている、男の腹を足で踏んだ。聞くも恐ろしい苦痛の叫びが、男の口から漏れてきた。




ミスティー・ナイツ(第31話 裏切り)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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