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ミスティー・ナイツ(第31話 裏切り)

「番号がわからねえんだ。おれには開けられねえ」
 美山は再び、靴で男の腹を踏んだ。男はまるで赤子のように声をあげて泣きはじめた。
「世間はおれ達を『現代のねずみ小僧』とか『日本のアルセーヌ・ルパン』と呼んでるが、厳密には違う。おれ達はアルセーヌ・ルパンと違って人を殺したり、傷つけるのを何とも思ってないからな。特に貴様らのような悪党には容赦しないのがポリシーだ。金庫をすぐに開けるか、拷問されながら生き地獄を味わうか、好きな方を選ぶがいい」
「わかった……開ける。開けるから、よしてくれ」
 男はこわもてでガタイもいいが、こんな状況なら幼子も同様である。男は震える指先で金庫を開けた。中には現金と王冠が入っている。
 美山には現ナマも、王冠同様金色に輝いているように見えた。用意してきた袋の中に、それをつめる。
 かなりの犠牲を強いられたが、求める物は入手できたのでホッとした。周囲を見渡すと、中には生きてる者もいた。
 美山は銃弾の雨をたっぷり浴びせてとどめをさす。後ろから撃たれるのを恐れたというのもあるが、悪党とはいえ苦しみながら死んでゆくのを見るのは忍びない。
「さんざん高い授業料払ったが、王冠と現金は取り返した」
 美山は喜びを抑えきれない口調で皆に話した。
「後は潜水艦に戻るだけだ。フォルモッサの場所はバレてるから、他のアジトに逃げよう」
 3人と一体は、再び潜水艦のある海岸に向かった。すでに夜は終わろうとしている。
 東の海から太陽が顔を出し、闇に包まれたこの世界を、明るい光の指先で侵食していた。
 桟橋の近くの海中から、潜水艦が顔を出している。海岸に待機組のみんなが集まっていた。桟橋を歩いてそこまで来たようだが、なぜか雰囲気がおかしい。
 そこには木戸脇達4名の潜水艦乗りと恋花、西園寺、雲村博士をあわせた合計7名……つまりは、艦に残った総員がいたのだが、マシンガンを持った西園寺と雲村博士が背後から、他のみんなに銃口を突きつけていた。
「一体、これはどういうこった」
 美山は西園寺と雲村を見た。自分でも、口調に抑えきれない怒気を含んでいるのがわかる。
「見ての通りさ。こいつらの生殺与奪は他でもない、このおれの指先1つにかかっているというわけだ」
 西園寺が答える。その口調は氷のように冷酷で、寒々しかった。
「裏切ったのか」
 美山は彼をにらみつけた。
「もう、貴様の都合に合わせるのは、こりごりなんだよ」
 西園寺が怒声をあげる。
「おれは王冠と現金を持って、鶴本につく。奴はこの国の、いわば陰の実力者だ。そっちについた方がどう考えても得だからな。ドブネズミみたいなこそ泥人生とは、おさらばよ」
 西園寺の目はナイフのように鋭く、氷山のように酷薄だった。今思えば、時折彼はこんなまなざしを美山の背中に向けていたのかもしれない。
 泥棒稼業の人間の目が、肉食獣のように鋭利なのは当たり前だと思っていたが、もうちょっと視線の意味を考えればよかったと後悔していた。
「雲村博士、あんたも同じ考えか」
 美山は科学者の方を見た。
「鶴本に協力して王冠と現金を渡せば、国立大学に教授として復帰させてくれると約束されてるんだ」
「奴が約束を守る保障は何もないぞ。あんなクズ野郎を信じるのか」
「ミスティー・ナイツとしてやってくより、そっちの方が安定感はあるだろう」
 雲村の代わりに、西園寺が返事をした。
「最近の若者は中小企業を忌避する傾向があるそうだが、その気持ちはおれもわかる。弱肉強食って奴が天地開闢以来の、この世界の理だからな。大国が小国を圧迫し、強者が弱者を服従させるのが。誰でものび太としてではなく、ジャイアンとして生きたいはずだ」
「そういう世界をギャフンと言わせてやろうというのがおれ達の理想だったんじゃないか」
「あんたはそうかもしれないが、自分は違う。おれはただ、大金稼いでいい物食って、いい車乗って、いい家住んで、いい女が抱きたいだけだ。鶴本がそんな生活を保障するなら、そっちにつくだけさ」
 喋る途中で、西園寺の口調が変わった。永久凍土のように頑なな表情が穏やかに変化して、美山達をなだめるようなストロベリートークが言葉の中に含まれはじめる。
「どうだ。お前らの中にも、こっちにつく奴はいねえのか。鶴本先生は寝返る者がいれば、手厚く遇してくださるとおっしゃってるんだ。いっそ、全員こっちに寝返っちゃどうだ。これからは先生の配下で、おもしろおかしくやろうじゃねえか」
「冗談じゃねえ」
 潜水艦乗りの1人がどなりつけた。
「おれ達は仲間を殺されてるんだぞ。あだ討ちもせず、仇に寝返るわけにはいかねえ」
 銃声が響いた。西園寺の撃ったマシンガンが、発言した男の体を穴だらけにした。撃たれた男は、まるで壊れた人形のように、地面につっぷしたのである。
「西園寺、貴様……」
 美山はあまりの怒りのために、全身から火が吹きそうな気がしていた。
 彼は自分を裏切った男に向かってつかみかかろうとしたが、相手は銃口の向きを冷静に変え、長年の仲間に向かって狙いを定める。美山はそれ以上踏みだせなかった。
「一歩でも動いてみろ。お前を殺す。おれの言葉が嘘じゃねえ証拠に、1人撃たせてもらったぜ」
 西園寺が、美山をにらんだ。そして左右を見渡した。
「全員銃を捨てろ。でなけりゃ、貴様ら皆殺しだ。一瞬にして、あの世行きだ」
 美山はゆっくりと、自分のマシンガンを地面に下ろした。釘谷と海夢もそれに従う。
「博士、どうしたんですか。考えなおしてください」
 恋花が雲村博士に対してつめよった。意外な話だが、博士と助手の間では、意思統一がはかれてなかったらしい。
 だが冷静に考えれば、潔癖症の恋花が裏切りに同意するはずもない。老人の判断は正しいと言えるだろう。
「許してくれ、恋花。それよりお前もわしらにつけ。教授になったら大学で、準教授に推薦してやる」
「不潔です」
 恋花がかん高い声をあげた。
「そんな博士、最低です。あたし、心から尊敬してました。なのに、教授の地位と引きかえにみんなを裏切ってしまうだなんて」
「うるせえぞ、そこの女」
 突っこんだのは西園寺だ。
「それ以上くっちゃべると、貴様にも銃をお見舞いしてやる」
 西園寺は恫喝しながら銃口を恋花に向けた。その一瞬の隙を狙って木戸脇が疾風のごとく、西園寺の背後に迫る。
 そして後ろから、西園寺をはがいじめにした。それに気づいた雲村博士が、手にしたマシンガンを、木戸脇に向ける。
「西園寺君を放せ。でないと撃つぞ」
「できねえだろじいさん。仮に撃てても、西園寺にもタマが当たるぞ」




ミスティー・ナイツ(第32話 葬送)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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