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親友の結婚式に行ってきた

先週、親友の結婚式に行ってきた。
今までも何回か友達の結婚式には出席してきたものの、親友の結婚式は初めてだったのでこの新鮮な気持ちを書き残したい。

まず、親友と私の関係について少し話そう。

親友とは中学一年生の頃から部活が一緒だった。
仲良くなったきっかけは、私のちょっとしただる絡みから始まったらしい。(当の本人は全く覚えていないが)
クラスこそ3年間全て違ったが、私が所属していた吹奏楽部は休みなんてものはほとんど無かったため、実質毎日顔を合わせていた。

私は中高一貫校に通っていたため、
部活もそのまま基本的には6年間継続する人が多い。
私と親友もそのうちの一人だったため、
中高6年間、平日も土日も長期休暇もずっと一緒に過ごした。
また、親友とはアンサンブルという少人数でのコンテストにも一緒に出場したため、他の部員たちとよりも過ごす時間が長かったように感じる。

私たちの顧問は本当に厳しく、よく𠮟られ、みんな部活中泣いていた。
今までの人生を振り返ってもあんなに怒られたのは、部活の時くらいだろう。
そんな時、親友といつも励まし合いながら、きつい練習を乗り越えてきた。

大学はそれぞれ別のところに進学したものの、
お互い地元の大学に通ったため、交流は続いた。
社会人になってからも、仕事終わりに飲みに行ったり、
お泊まりをしたりして、近況報告をする日々を送った。
こうして15年という、私の人生の半分以上の時間を親友と過ごしてきたのだ。

当日。

私は結婚式の受付を親友に任された。
他の友達の結婚式でも、受付は担当したことがあったため、
そこまで緊張はしていなかった。
受付開始前、親友のお母さんが挨拶に来てくれ、
「ぷりんちゃん、久しぶり。今日はありがとうね。」と声をかけられた。
久々に見る親友の母は、なんだか痩せて見えた。
あぁ、みんな歳を重ねてるんだな、とその時心の中で思った。

受付も無事に終了し、人前式に参加するため会場に移動。
入口でスイッチングレターを受け取り、
席に着いたあと、
式場の方の案内に合わせて封を開いた。
するとそこには、2人で最後にお泊まりをした時の写真が添えられてあり、普段口数の少ない親友からは想像がつかない言葉がたくさん並べられていた。
手紙を読みすすめるうちに、中学から現在までの親友との思い出が蘇り、
私は涙が止まらなくなってしまった。
あんなに一緒に泣いたり怒ったりした親友が、
花嫁として今からここを歩くのか、と思うと
いつも以上に新婦の入場が待ち遠しかった。

そして、いよいよ新婦が入場。
扉が開くとそこには、キラキラとしたドレスを身にまとい、
幸せそうに微笑みながらも緊張した様子が伺える、
いつもとは少し違う親友が立っていた。
親友が親友の父と腕を組み歩く姿を見て、
親友のパパ、いつも私たちの部活の送迎に協力してくれてたな〜とか
親友の家でBBQした時たくさん準備とか片付けしてくれたな〜とか
親友だけでなく昔の親友の父のことまで思い出してしまい、
私はまた涙が止まらなくなった。

こうして人前式を経て、披露宴へ。
披露宴では、中高の同期と一緒にテーブルを囲み、
同窓会のような時間を過ごした。
テーブルの同期女性6人のうち、独身は私を含む2人のみ。
飲むしかないな、と隣に座る独身の友達と2人で笑いながら、
美味しいご馳走とお酒をしっかり堪能した。

披露宴の最中も、
普段大人しい親友からは想像がつかないイベントや、
パフォーマンスがあり、とても驚かされた。
きっと旦那さんの刺激をたくさん受けているのだろう。
恥ずかしそうにしながらも、楽しそうにドレス姿で踊る親友の姿をみて、
私は本当に心から幸せな気持ちになった。


20代前半の時は、人の幸せと比べてしまったり、
インスタで流れてくる友達の喜ばしい報告を素直に祝えなかったりと、
正直まわりの報告が自分にとって苦しい時もあった。
なんで私はレスなんだろう、
早く結婚しなきゃ、
あの子はもう子供産んでる。
そんなことを思う日々だった。
今思うと、何をそんなに焦ってたんだろう?と不思議になるくらい、
当時は毎日悩んでいた。
しかし、同棲解消を経て、新たなパートナーと出会えた今、
心から人の幸せを喜べるようになった。

自分の幸せは自分で決める。
自分しか自分の幸せは分からない。
みんなと全く一緒の人生を送らなきゃいけないわけじゃない。
今ではそう強く思う。

とはいえ、やっぱり他人を羨ましく思ってしまうのが人間の性だとも思う。
親友の姿を見て、私もあんなドレス着たいなーと思ったのも事実だ。
だって、本当に可愛くてきれいなんだもの。

話がまとまらなくなってきたが、
結論、
親友の結婚式に参列できて本当によかった。

親友、心からおめでとう。

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