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院長家族

娘たち

私マキは保護されたまだ数年しかたっていないので、院長家族について語れることは少ない。でもこれだけは言える、院長家族は本当に仲のいい暖かい家族なのだと。コソは動物病院で居候しているが、わたしは院長家族と一緒に動物病院とは少し離れた所に住んでいる。コソから聞いた話も含め、私が知っている院長家族のことを語ろう。
犬が二匹、院長、副院長、院長長女、その息子(院長の孫)と私で暮らしている。獣医師になった次女さんもいるのだが、大学院生で他県に住んでいる。年に数回帰ってくるが大の動物好きで私も次女さんのことは大好きだ。次女さんが帰ってきたときの犬たちの喜びようは半端ない。犬たちも次女さんが大好きなのだ。次女さんは獣医師になったが、動物を治す仕事より、生き物としての動物その者が大好きなようで、今は某有名大学大学院で動物の行動学を勉強している。将来はきっと動物にかかわる仕事をしていくのだろうと思う。気持ちが本当にやさしく、賢い次女さんなのだ。
二人の娘さんは生まれた時から、犬猫一緒に暮らしてきた。そのため二人とも動物が大好きだ。私を見つけて真っ先に保護してくれたのは長女さんだ。長女さんは院長の釣り好きのおかげかせいか、動物は動物でも魚好きで大学も水産学部へ進学した。その後いろいろあり、妊娠出産のため大学は中退したが、ダウン症の息子(院長の孫)が生まれたのを機に、幼稚園教諭と保育士資格を取るために子育てしながら再び大学に通った努力家だ。今はシングルマザー(親と同居はしているが)として、障害児療育施設で保育士として働いている。生真面目で努力家なところは母親である副院長譲りだ。しっかり者で頑張り屋さんで感性の鋭い長女さんなのだ。院長とは笑いのツボや興味の持ち方が似ていて面白い。
院長にとっては自慢の子供たちなのだ。一緒に孫育てを楽しませてくれている長女には感謝しているし、その長女の頑張りを見守っていることもうれしいことのようである。次女が自分と同じ獣医師になってくれたことは獣医師の先輩としていい背中を見せられたと、とてもうれしく思っているみたいだ。

大学院卒

副院長と院長は大学の同級生だ。当時獣医師の6年生教育の移行期だった。医師、歯科医師は6年間の学部卒業で国家試験受験資格が与えられる。今や薬剤師も6年制になっているが、獣医師は薬剤師より先に完全6年制になった。移行期というのは4年制から完全6年制に移行する数年間にしか存在しなかった学部4年間大学院2年間の変則6年制の時期のことである。だから院長と副院長の最終学歴は大学院卒となる。あまりそれを自慢するようなことはないが、最終学歴だけで見ると高学歴と思われてしまう。
院長と副院長は6年間同じクラス獣医師を目指して勉学に励んでいた。一年生の時に初めて出会ったようだが、院長の副院長に対する第一印象は「クソまじめで融通の利かない面白くない人」というものであり、逆からいうと院長に対しては「不真面目でいい加減な軽い奴」というものだった。学生生活が進むにつれ、そのまじめさと誠実さが魅力になり院長はいつしか副院長に好意を寄せるようになった。何回かデートに誘いだすことに成功したようだが、交際にまでは発展しなかった。大学院卒業のころには院長が副院長が好きだということは周囲のだれもが知る事実となり、冷やかしや応援の対象とされることが多くなっていた。獣医師免許取得後はお互いに別々の動物病院に勤め始めたが、同じように動物病院勤務の同級生と勉強会と称した集まりを月一回程度開催していた。そこで院長と副院長の交流は大学院卒業後も続いていたのだ。

結婚

院長は初めて務めた病院を治療方針の違いからやめることにした。その病院はその地方では大きいクラスの病院であったが、金儲け主義が優先されていた。大きなペットショップともつながりがあり、多くの助けられる子犬子猫の命をショップの商売の都合上助けずに見殺しにするようなことがよくあった。また、今では考えにくいが、犬や猫の命の重さは軽く、簡単に安楽死となるケースが多くあり、新卒で動物好きの院長にはまだまだ青い正義感があり、そういう状況にはなれることができなかった。
二件目の勤務先では学術的なことは大いに学ぶことができた。院長もやる気を出して若かったからできたのだろうが、病院に泊まりこむ日が何回もあった。しかし、やはり治療方針でぶつかることが多くなった。ある日ボスが「実験的な治療しても、飼い主は喜んでくれてお金もらえるからいいだろう」といったことがきっかけで喧嘩のようになり、ついには「そんなにうちの治療方針が嫌なら出て行け!」と言われやめることになった。院長は正直に飼い主さんには治療内容を伝え、誠実に対応すべきと考えていたのだ。それをボスは飼い主はこっちのやってることは言わなければわからないからといろいろ実験的な治療をすることが多かった。確かにそれは獣医療の発展のためには必要なことであり、それそのものが悪というわけではない。あの頃はまだエビデンスベースドメディスン(証拠に元ずく医療)という言葉が一般的ではない時代であり、致し方ない部分はあったと思う。
次の病院が決まるまでの間は院長は運送業でバイトをしていたらしい。要領よく1日に多くの荷物を配達するためにはルートの決定が肝であることをその時に知った。どんな仕事にもプロの世界というのがあり、ベテランは一日100個の荷物をやすやすと配達するがバイトでは50件が関の山。プロがプロであるゆえんである理由というものがあることを知った楽しい期間であったらしい。
さて、院長が運送業でバイトをしていたころ、副院長の動物病院でスタッフ募集をしているという時期と偶然重なり、勉強会で月に一回程度顔を合わせていた副院長が「うちの病院で働かない?」と声をかけてことがきっかっけで一緒の動物病院で働くことになったのだ。それは院長にとって願ってもないことでもあった。学生のころからずっと好意を寄せていた人と同じ職場で働けることに反対する理由などあるはずがない。即決で働くことになった。
そのころ副院長はボスの動物病院の分院を任されている立場にあり、分院長であった。同じ動物病院で働くといっても同じ建物内で働いていたわけではない。しかし、分院と本院はさほど距離があったわけではないのでよく顔を合わせることはできていた。そうこうしているうちに年齢的なこと、獣医師としての仕事への情熱、態度、未来への希望など諸条件がそうさせたのかもしれないが、お互いが結婚相手として意識するようになっていた。
ある日の仕事終わり、動物病院近くの海岸を二人で散歩しているとき院長から「そろそろ一緒になろうか?」と切り出した。副院長は大きく「うん」とうなずきプロポーズ成功となったのだ。



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