見出し画像

解説名人について解説する(本編)

昨日のNHK杯将棋トーナメント、本田奎五段-星野良生四段の解説は三枚堂達也七段であった。三枚堂七段は立ち姿がよく、指し手の解説も落ち着いてこなしている。できればもう少し声を張ってほしいところだが、ここさえ直せばいずれ解説名人を狙える器だと見た。

将棋の魅力というものは、解説者の存在なしにはなかなか伝わらない。視聴者の棋力はプロに大きく劣るため、指し手の意味・深みは解説があって初めて理解できるものである。また、視聴者が知らない対局者のエピソードを盛り込み、人柄を伝えるのも解説者の役目である。本稿では現代将棋界の解説名人をできるだけ多く取り上げ、その特徴を解説してみる。以下、大きく「正統派」と「一芸派」に二分して紹介する。なお、棋士に対する敬称は筆者との年齢差やファン一般から見た親しみやすさを考慮し、「先生」で統一はしない。

正統派

羽生善治九段

説明不要のビッグネーム。ザ・将棋界の顔。多忙な羽生先生が解説者になることはそう多くないのだが、出てきたときは見逃せない。いつも変わらず飄々としているが、指し手の意味を過不足なく明快に伝え、もちろん決して本筋を外さない。そして羽生先生の推奨手を外した対局者はたいがい不利に陥ってしまうのである。ネット界隈では毎度「羽生は解説も名人」「永世八冠」と絶賛の嵐。

佐藤康光九段

佐藤会長の解説こそ保守本流。戦型予想、指し手や変化の解説、対局者のエピソード、聞き手への気遣い、間の使い方、佇まいまでどこをとっても隙がない。指し手の予想については羽生先生と同じく決して筋を外さない。また、比較的控えめな姿勢を貫いており、対局者を立てることにつながっている。解説スタイルに迷いのある棋士は、とりあえず佐藤康光をモデルにすれば間違いがない。

森下卓九段

ミスター律儀、森下先生。本日も眼光鋭く、ひたすらに本筋のみを示してくれる。もちろん対局者のエピソードも披露するが、やはり森下解説は力強い断定が持ち味である。これぞ本筋、ここはこの一手、と自信をもって示してくれる。森下先生の推奨手に反し、無残な敗北を喫した棋士は数知れず。なお、先生にも見えていなかった妙手が出たときには「ハア――ッ、いやいやいやいや、こんないい手がありましたか」と本心から感嘆してくれる。ここにユーモアを加えるとそのまま米長邦雄になるので、意外と似ている。

渡辺明二冠

この方も多忙なのであまり解説には出てこないが、出てきたときには必見。渡辺解説も森下解説同様に断定型。そして、なぜこの一手なのかを大盤で理路整然と示し、かつ言語化できるのがすごい。その切れ味は何度見てもほれぼれとするもので、根強いファンを多数持つ。加えて、ユーモアとサービス精神にもあふれている。なかなか機会がないとは思うのだが、渡辺二冠が解説会に出ることがあったら是非足を運んでみてほしい。NHKはもちろん、ABEMAでも見られない爆笑トークを楽しめる。筆者が選ぶ解説者No.1は渡辺二冠である。

山崎隆之八段

みんな大好き山ちゃん。14年も前の「諦めます」事件を未だに引っ張られているが、当時から解説はうまかった。明るいキャラクター、やさしい語り口、そして大盤の扱いがうまい。ほかの先生方だとコトコトとしか動かない大盤の駒が、山ちゃんの解説だとスルスル、スルスルと自然に動く。次の一手からの展開が、流れるようにスーっと頭に入ってくる。解説でも山ちゃんワールド全開なのである。

鈴木大介九段

言語化の第一人者。「銀冠の9三玉は振り飛車党の魂(命)」など、手筋や大局観を表現するのに長けている。「本筋言語化ストック」がどれほどあるのか気になるところ。聞きなれない格言を耳にしたら、すぐにメモだ。

一芸派

木村一基王位

お客様が感動するサービス、それが木村解説。誰が対局者でも、解説が木村一基ならそれだけで楽しめる。何といってもユーモアが満載。大盤の前で姿勢よく、歯切れよく、タイミングよく、爆笑トークを繰り出す。木村先生の解説には追っかけもいるとか。現代の人気ナンバーワン解説者である。

藤井猛九段

カリスマ藤井先生。大盤の前であれこれ手を動かすより、対局者が長考している間に、ちょっと腰かけてバーカウンターのごときスタイルで話すのが得意。あまり堅苦しくないフランクな言葉遣い。あえてぼそぼそとした喋り方をやめず、視聴者が聞き耳を立てたところにネタを挟んで笑わせる。どう見てもNHKよりABEMA・ニコニコ向き。藤井先生の芸はいくつかあるが、代表的なものとして自虐ネタの多用、アテレコ芸、聞き手いじりなどがある。中でも対局者の内心を勝手に代弁するアテレコ芸は絶品。ベテランだけあって、修業時代に接した大御所棋士のエピソードなど、昔話も興味深いものが多い。

豊川孝弘七段

孤高のオヤジギャグ王。「間に淡路」「同飛車大学」「両取りヘップバーン」など、流行させたギャグは数知れず。ついに本まで出してしまった。将棋の解説にオヤジギャグを取り入れるとは斬新な発想だが、考えてみれば縁台将棋でも「そいつは桑名の焼き蛤」など定番フレーズがあるくらいで、相性は悪くない。豊川先生が出てくると視聴者も期待するのだが、決して期待が裏切られることはない。聞き手の女流棋士もある程度心の準備をしているものの、一発ツボに入ってしまうとすかさず怒涛のオヤジギャグラッシュを仕掛けられ、悶絶KOに至ることも少なくない。

福崎文吾九段

昔は「妖刀福崎」「モナリザの微笑」などと言われていた福崎先生。若いファンは知らないよなぁ。近年の喋りは「おいこれMr.オクレだろ……」と言いたくなる脱力系。90%以上とぼけているのだが、たまに鋭い手順を示してダブル解説の相手方(主に井上先生)をタジタジにさせたりもする。最大の持ちネタは、王座を羽生先生に取られた後、羽生先生が長年にわたって防衛を続けたことを引き合いに出した「これで私も『前王座』を●●連覇しました」。19年も使える長持ちネタとなった。

藤森哲也五段

実況系解説というフロンティアの開拓者。まるでYoutubeのノリを持ち込んだかのよう。このスタイルは超早指し将棋と抜群に相性がよく、必然的にABEMA将棋トーナメントで重宝される。単にノリがよいだけでなく、「ちょっとここは相手にマヌーサかけたいですけどね。目をくらましたい」など、分かる人には分かるという絶妙な認知度のネタも仕掛けてくる。このあたり、古舘伊知郎のプロレス・F1実況にも通じるものがある。なお、聞き手の選び方が重要で、伝統的な受身系聞き手ではなく、適度に(あくまで適度に)突っ込みを入れてくれる聞き手をキャストすることが必須。

勝又清和七段

往年の名解説者・石田和雄門下の筆頭弟子。将棋界のデータ分析家として「教授」のニックネームを持つが、筆者は勝又教授のデータ話よりも解説が好き。教授の解説の特徴は前のめりであること。話したいことは話す、気付いたことは話す。遠慮しない、ブレーキを踏まない。局面が動き、ノッてきたときの喋りはライブ感にあふていれる。ダブル解説の際には相方を生かすこともうまく、藤井(聡)-都成戦では、(勝又)「(都成は)何が悪かったの?」→(藤森)「相手です」という印象的なやり取りを生んだ。

佐藤天彦九段

最近評価が急上昇したのが「貴族」佐藤天彦九段。筆者は残念ながら見られなかったのだが、最近の将棋界を「評価値ディストピアに監視されている」とユニークに表現し、そのほかにも「終盤は泥水の一気飲み」など一癖も二癖もある表現を連発したらしい。これは今後目が離せない。

まとめ

まとめと言いながら、まだ書き足りないことがある。往年の名解説者や、聞き手などについては別稿「番外編」(盤外編?)に書くことにしたい。解説を聞くのは楽しい。解説もまた、将棋の長い歴史の中で発達した一つの芸である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?