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「将棋界の箱根駅伝」学生王座戦とは何か

2000年12月22日

今からちょうど20年前の2000年12月22日、場所は三重県四日市市文化会館。学生将棋団体日本一をかけて、明治大学、東京大学、立命館大学の全勝3校が直接対決の日を迎えた。全日本学生将棋団体対抗戦、通称「学生王座戦」の最終日である。私は東大の六将で出場を続けていた。2日目まで6戦全勝、関東地区の予選から数えれば11連勝と、今までにない好調で迎えた最終日である。東大にはほかにも全勝が2人、前日は7人合計で20勝1敗という大勝ぶりで勢いに乗っていた。他方、本命と目された立命館も全勝を維持。真剣な面持ちで作戦会議を繰り返し、迫力に満ちていた。

最終日午前の7回戦、東大と立命館の直接対決。勢いで勝るかに思われた東大だが、何と0-7で敗れてしまう。私は茫然自失となった。0-7負けの経験はない。東大が0-7を食らうなど、いったい何年ぶりのことなのだ。午後の8回戦、立命館対明治の一戦は激闘であった。3-3となって残るは副将戦。夥しい数の観戦者がこの一局に集まり、盤面はほとんど見えない。学生将棋名物の「囲み」である。この極限のプレッシャーの下での戦いこそ、学生将棋の醍醐味だ。

(「囲み」の様子。2018年富士通杯より。王座戦となればさらに多い)

立命館が押している。明治が手段を尽くして粘る。しかし逃げ切れない。横にいた明治のF君が「無念だ」と呻いた。立命館はついに王座戦初優勝を果たし、今日まで続く輝かしい歴史の第一歩を記した。

この1年前にも同じ光景があった。東大と慶應の全勝対決、3-3で残った五将戦を大勢の観戦者が囲み、慶應が逆転勝利を収めて日本一の座に就いた。2001年の大会では明治が立命館に雪辱し、1年越しの悲願を達成した。2007年の大会はすさまじい。最終局で東大と立命館が優勝をかけて対戦。3-3で両チーム主将対決の大将戦が残り、東大が制して2年ぶりの優勝。その一局を囲む人だかりと、決着の瞬間の明暗は東大将棋部の部誌『銀杏の駒音』に写真で残されている。「仲間の奮闘を無駄にするわけにはいかない」。学生将棋の団体戦は、若者の執念が劇的な場面を生み出す、この上なく熱い舞台である。

「将棋界の箱根駅伝」

将棋は個人競技。盤上に運の要素はなく、喜びも悲しみも指し手の罪深さも、すべてを一人で引き受ける孤独な競技である。しかし不思議なことに、1対1を7つ並べた団体戦にするだけで、はるかに温かく、そして熱い気持ちを味わうことができる。「朋友は我が喜びを倍にし、悲しみを半ばとする」と述べたのはキケロ―だそうだが、2000年前のこの卓見は将棋にも当てはまる。孤独な競技といわれるマラソンも駅伝となれば、伝統の襷をつなぐ熱い戦いとなるように。

全国8地区を代表する10大学が年末の3日間、全9回戦の総当たりで対局する学生王座戦は、大学将棋部員にとっての晴れ舞台であり、「将棋界の箱根駅伝」ともいうべき大会である。常連校の選手にクリスマスはない。ただ王座戦があるのみ。近年はNHKが取材に訪れ、毎年2月に「将棋フォーカス」で特集されている。たった15分に編集されてしまっているが、勝負どころで負けて、あるいは勝って、選手が涙を流す姿すら見ることができる。大学生にもなって、たかが将棋の勝ち負けでなぜ泣いているのか。彼らがそれだけこの大会に賭けているからである。1年間続けた努力、4年間追い続けた夢、思い出す先輩の無念、仲間との日々。そういった若者の執念が「聖地」四日市の盤上でぶつかり合うのである。私は大学に在籍した4年間、王座戦優勝を念願し、そして叶えることができなかった。しかし2000年の大会で全9局を完走することができたのは大きな誇りである。ランナーが箱根で襷をつないだことを誇りにするように、王座戦を戦い抜いたことを誇りに思っている。そして私と同じ経験した選手たちの記録が、毎年、参加各校の部誌に綴られていく。

「三大駅伝」を学生将棋を当てはめると?

学生駅伝には「三大駅伝」と呼ばれる大会がある。10月の出雲駅伝、11月の全日本大学駅伝、そして正月の箱根駅伝である。区間が少なく比較的距離も短い出雲駅伝から、2日間で10区間200kmを走破する箱根駅伝へという流れだ。学生将棋にも偶然ながら似たような流れがある。8月の「全国オール学生選手権団体戦」、9月の「富士通杯」、そして年末の「王座戦」である。各大会の相違点と過去5年の優勝校は以下のとおり。

無題

近年は立命館と早稲田が強かったが、ここにきて東大が復活してきたという構図である。過去20年を振り返ってもこの3校の優勝回数が圧倒的に多い。しかし他の大学が「一発入れる」ことはいくらでもあるし、最終日まで優勝を争うことも少なくない。また、この20年で良質な定跡書、ネット将棋、将棋ソフトが普及したため、地方にいても学生強豪となることは可能である。

今年の本命は?

今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全国オール学生団体と富士通杯が中止となった。しかし王座戦は今のところ開催に向けて準備が進められている。各地区の代表校を決める予選も、規模の縮小や方式の変更がありながらも、何とか実施された。今年の王座戦は来週12月25~27日の3日間で行われる予定である。ネット上の情報を総合すると代表校は以下のとおり。

代表校一覧

どの地区も例年「旧帝大」が強いのだが、今年は北海道大学と九州大学の名前がない。北大を破って代表を勝ち取った北海学園大学からは「16年ぶりの快挙達成」との喜びが報告されている(地区大会優勝と王座戦出場のどちらを指しているかは不明)。秋の富士通杯がなかったため戦力比較が難しいところであるが、優勝争いは、昨年の主力メンバーが多く残っている東大、その東大に勝って関東第一代表となった早稲田、高校生強豪が毎年入学して層の厚い立命館(近年は女流棋士の進学も多い)の3校を中心と見るのがやはり普通であろう。

メンバー選びも読み合い?

王座戦は、全9回戦総当たり、1日3局×3日間、1チームあたり登録選手14人、各局出場選手7人、持ち時間40分+秒読み60秒、というのが例年の形式である。今年は感染拡大防止の必要があるため、この形式も変更されるかもしれない。少なくとも「囲み」は禁止されそうだ。緊急事態宣言や自粛要請があれば、やはり中止ということもあり得る。

ところで、特徴的なのは「1チームあたり登録選手14人、各局出場選手7人」という部分である。この方式は各地区の春季・秋季リーグ戦(兼地区予選)でも採用されていたりするが、実は14人のうち誰をどのような順序で並べて7人出してもいいというわけではなく、順序の制約がある。このルールが「相手校がどのメンバーを選んで出してくるか」「こちらはどのメンバーを出せば勝ちやすいか」といった読み合いを生んでおり、作戦面での面白さを増している。箱根駅伝でも各校の「区間配置」について読み合いが行われるが、学生将棋の団体戦はそれ以上に面白い「オーダー」の読み合いが展開される。この点の説明は長くなるので別稿にまとめることにしよう。別稿では、あのマンガの「柱」と「鬼」たちに戦ってもらうことにする。



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