一人は飽きる

SNSで、「誰かと一緒なんて無理!一人は気楽!一人サイコー!」みたいな投稿は、定期的にバズる。

少し前の僕ならそれに同意していた。というか、似たような投稿を自分でもしてた気がする。でも、長い期間一人で暮らしてみて「これはこれでしんどいな…」という気持ちになってきた。

「初対面の人いる場は緊張するから行きたくない」なんて思考の持ち主なので一人の方が気は楽だし、孤独が耐えきれないとかも考えたことはない。なんか単純に一人が飽きてきたのだ。

一人暮らしを始めて5~6年、コロナ禍になってからの4年間は、一度も実家に帰ってなく、定期的にコミュニケーションを交わす相手もいない生活なので、ちょっと現世と隔離されたみたいな生活をしている。基本他人との会話がなくて、「suica使えますか?」と「(レジ袋)いらないです」以外に他人との会話がないのが一ヶ月なんてことがザラにあり、コミュ障といえども、コミュニケーションがなさ過ぎる日々が流石にしんどくなってきたのだ。

コミュニケーションを交わす相手がいなくても、没頭できるような趣味があればいいのだが、こういうフラストレーションを発散できるのって、スポーツとか釣りとか旅とかアウトドアな趣味なんじゃないかなと思う。でも、自分の懐事情ではアウトドアは金がかかるからできない。結果、一日中インターネットの海をさまよっている。

YouTubeで昔のプロ野球のプレー動画を見て、SNSチェックして、TⅤerでお気に入り登録をした番組見て、またSNSをチェックして、買い出し行くついでにラジオ聴いて、帰ってきたら再びYouTubeで同じようなショート動画が何度も流れてきて、それをぼーっと見ていたら陽が暮れてて、ウィキペディアで昔起こった怪事件の記事を読んでたら一日が終わりそう…ってこの繰り返しを4年やってたらそりゃ飽きるだろ。デカい熊が小さな村を襲った大昔の事件の記事は何回読んだのか分からない。

これはこれで楽しいんですよ。出不精で人付き合いが苦手な自分からすると理想の一日だったのかもしれない。でも、4年間これの繰り返しは、いくらなんでも生活に化学反応がなさ過ぎる。インターネットは面白いし、すごいコンテンツや情報との出会いもあるけれど、それを共有する家族や仲間がいた方がやっぱり良い。SNSの素顔を知らない人たちとの文字でのやり取りでは限界がある。自分はSNSでも友達がほぼいなんですけど。

今では、毛嫌いしてた動物を飼う生活に少し憧れすらある。ペット一匹いるいないで全然生活の質が違うと思う。子供の頃、町内で顔だけ知ってるおじいさんがデケぇ犬を散歩させてたのを見てたけれど、将来の自分多分ああいう感じになってる。

とにかく一人は飽きる。他人との触れ合いがない生活って、居心地はいいし別に寂しさもないけれど、同じことの繰り返しで変化がないので退屈だ。

でも、「じゃあ、飯行きましょう」みたいなDMが届いたらそれはそれでめんどくさいな思ってしまうと思う。だって、初対面の人がいる場には行くたくないし、金ないし、大昔にデカい熊が小さな村を襲った事件のウィキペディアとか読みたいし。

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