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フリーダム家族の、ごはんのたべかた

子も子なら親も親、我が家のごはん事情

 特性のある子を育てていると、食べ物に関する困りごとはすごく多いと思う。我が家の子らは好き嫌いがひどく、またその日の気分で食べムラがひどい。
 なので食事のたびに「今日は、パン、ごはん、納豆ご飯、ふりかけご飯があるよ」などと言って用意できるものの中から子どもに選んでもらうようにしている(それでも食べないことがあるのだが)。

「ふつう」のお子さんを育てている人からは、なんて過保護!と思われるかもしれない。「何が食べたいかいちいち聞いてあげるからぜいたくするんじゃない?ひとつしか出さなければそれを食べるでしょ」と何度周囲の人々に言われたことか(ママ友にも実母にも言われた)。
 うちの息子は3歳のころ、ごはんを食べたくないといって大泣きし、そのまま夕飯をたべずに寝て、夜中におなかが減ったと大泣き。それでも出されたおにぎりを頑として食べず、最終的に折れたこちらが出したビスケットを食べてようやく寝たことがあった。卵かけご飯だけで一か月くらい過ごしたこともある。
 夫も夫で感覚過敏のあるひとなので(本人はさほど自覚がないのだが)、においのつよいもの、食感に違和感を持つものがたべられないから、好き嫌いってもう駄目なものは駄目なんだなとおもう。

 毎日、食事のたびに子どもと大揉めしていてはこちらの身が持たない(親にもよると思うけど、私はずっと文句を言われ続けてスルー出来るタイプではなく、そのおかげで体調も崩している)し、そういう事情だから、もう私の手で「ふつう」の子育てをするのはやめようと思っている。

 子どもがたべたくないと言っているときはむりに食べさせないというのも然り。外でたくさん遊びまわった日はやっぱりたくさんたべるし、友達といるとよくたべたりもする。逆にたべたくない日は、あまり身体を使わなかったとか、昼食やおやつをたべすぎたとかでおなかがすいていない時もあるんだと思う。作ってくれた人への配慮は教えつつ、たべたくないならそれでオーケーということにした。
 
 子育ての手段が人と違っても、納得できるゴールに持っていければいいと思うのだ。

作りたいけど作れないこともある

 私は自分自身が特性持ち(ASD/ADHD)である理由からストレス耐性があまりなく、体調に大きく波があるので月の半分くらいは身体が動かなくて夕飯を作れない。
 お金がかかるのでそう外食ばかりも行ってはおれず、そんなときは家で何を食べてるかって、卵かけご飯とか、レトルトカレーとか、冷凍餃子とか、パンとか。もともと朝ごはんみたいな食事が好きなので、具多めの味噌汁とご飯とたまごくらいの食事でも十分だとは思うけれど、なにしろうちの子供たち偏食で味噌汁をのんでくれないことがほとんどなのだから「バランスの取れた粗食」というわけにもいかない(それに味噌汁すら作れない日がざらにある)。

 いちおう栄養不足を気にして、米にビタミン米やカルシウム米を混ぜて炊いたり、食事に果物やフルーツジュース、ヨーグルトをつけたりはしているし、もともと料理が好きなので体調の良い日は魚を焼いたり具だくさんの豚汁を作ったり、そういうこともする(結局子どもは食べないことが多いが)。
 料理が好きなのに作れない、これもストレスだったりする。

食事はフリースタイルで

 そしてご飯の食べ方、これがもしかして一番独特かもしれないけれど、最近になって「みんなで一緒に食べる」「家族で同じものを食べる」「食卓ですわって食べる」というのを私の中でやめた。
「同じものを食べる」というのは以前からまぁやめていて、それぞれ私のできる範囲で好きなものを食べていたんだけど、「みんなで一緒に食べる」をやめたのは、子供も私も『集中しすぎる』という特性があって、なにかやり始めるとひと段落するまで終われないのだ。
 それで私も自分のやっていることを他人から止められるのがひどく嫌だし、子供がやっているのを中断させるのもひどく大変。それでもう、「食べたい人は食卓へ来て。後で食べるならそうして」と言うことにした。
 とは言っても放置しているわけではなく、タイミングを見計らって「ここまでやったらご飯ね」と声掛けすることはしているけど、待ちきれないときはもう先に食べちゃう。
 
 そして食べる場所。うちの子たち、じっと座って食べることがどうしてもできない。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、走り回ったり。それを何度も注意するのも疲れたし、お互いにストレスがすごい。
 いつぞや何かで「子供が食事中に席を立って動き回るのは、親がなんやかんやで食事中に立ち歩いているからだ」というのを読んだことがある、それがすべての原因ではないとは思うけれど、我が家はわたしがわすれんぼうで落ち着きがないため、しょっちゅう醤油を取りに行ったり皿を取りに行ったりするから、子供がそのせいで落ち着かないのはとてもわかる。準備にぬかりないよう努力はしているけれど、努力だけでは追いつけないものも実際ある。

「大人になってもそのまんまだったらどうするの」という声が聞こえてきそうだけど、ソファで食べるとかそういうのは、もう家でくつろげるならそれでいいじゃないって思う。私も一人の時はソファとかで食べている。
 外食の時や、お呼ばれの時はちゃんとするようにと教えているし、毎食個別で食べているわけではないので、朝とか昼とかふつうに一緒に食べられるときは(一緒に食べにくい時の多くは夕飯である)きちんとそろっていただきますをするようにはしている。
 なんというか、基本はおさえつつも余裕を設けることがいいかな、と。家族としてのチームワークを、食事以外の別のところでもきちんと養っていけば、将来のパートナーと同じ食卓につくくらいはできると思う(あくまでも思っているだけなので、結果は十数年後くらいに出るかと思います)。

納得できるゴールまで


 でも下の子がきちんとマナーを守って食事がきるようになるのはあと1,2年先かなとは思う。それというのも、人はそれぞれに適齢期というものがあると私は思っていて、あんなにきかんぼうだった娘も、小1の終わりごろようやく「あ、人間になったな」という感覚があったからで、息子もいまはとてつもないきかんぼうだけど、あと1~2年くらいは余裕をもって観察してもいいかなと思うわけ。
 3年生になったむすめは、とりあえず外食先ではちゃんと座って食べるし、きらいなものも一口だけは食べてみるようになったし、私に気を遣って「おいしいね」と言ってくれるようにまでなった(以前は、本当に思っていたとしても、おいしいなんて言わなかった)。

 子どもを育てることの最終的な目標は、心の健康、良好な人間関係を築けるようになることだと思う(それが私にとってほんとうに一番難しいのだが)。
 お互いにストレスなく、しかしちゃんとお互いを気遣うことをわすれずに。そうやって、普通じゃなくても自分たちにとって居心地の良い場所を作っていくのが今の私にはとても大切なことのような気がする。


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