見出し画像

Let's go negative

🐾生まれ

東京都港区の高輪にあった一階が豆腐屋のアパートで生まれたと聞くが、その前後のことはよく知らない。

小学生の時マイコンに出会い、ゲームが楽しくて改造しているうちにプログラミングを覚えた。
現在はサーバーの運用・管理系のIT業界に勤務。

🐾MSX

小学生の時、初めて触れたマイコン。
当時はBASICべーしっくやアセンブリで書かれたプログラムコードが雑誌に印刷されていて、それを手打ち(写経と呼ばれる)をして遊んでいた。
手打ちをするとミスするので、デバッグ(間違いを探して修正)することになるのだけれど、それがプログラムを理解する入り口になりました。

🐾メンタルな話

製造業からIT系に転職したあと仕事が楽しすぎて夢中になり、長時間労働していたのですが、正月休みにやることが無くてダラダラしていたら荷降ろし鬱になりました。
鬱は治りましたが今も前ほどは頑張れなくなっています。

バツイチなんですが、別れた妻にASDの可能性があると言われたことがありました。

心療内科で話を聞くと、ASDは程度の違いだけでみんなASD的な特性を持っていること、社会生活に困って手帳をもらうレベルじゃないなら判別しても意味がないので、個性というレベルで考えていってはどうでしょうか。
という話でした。

人間関係には問題があるので、その心療内科医は今も気長に関わってくれています。

これまでに何度もポジティブになろうとしてきましたが、ポジティブな自分を受け入れられないので、ネガティブのメリットを生かして行きていこうと思います。

ハイディ・グラント・ハルバーソンさんの本に、やる気のフォーカスは2種類あって、リスク回避型と機会獲得型に分かれるらしい。そこから、やる気の出し方は色々あると解釈しています。
ポジティブ、ネガティブの話もそれと同じだと考えています。

よくカップに水が半分入っている時、まだ半分あると考えるか、もう半分しかないと考えるかについて、「まだ〜」と考えることが正しいとされてきましたが本当でしょうか?

自分は現実をただ受け止めて半分あるとはどういうことなのか、無くなったら何が起きるのかを考えて、必要なことをするのが良いと思っています。

🐾noteを始めた理由

一日中、自動思考が何かを考えて提案してくるので、脳の容量が苦しくなったら書き出して忘れることにしています。(ワーキングメモリーは狭いw)
その中で人に見せても良いと思えたものだけnoteに出してます。

これは手段の話ですね…
目的は…

気をつけないと無気力になり、うだうだ、ゴロゴロしながらPrimeVideo見て読書してしまいます。

そういう廃人生活をしていると睡眠時間が乱れるし、うつになりやすくなるので、外に関わる機会を作るために気が合う仲間を探したり、自分に関連がある話題を探したりするためにNoteを使っています。

(2024.08.13 追記)
結論を出すことと納得感なっとくかん拘るこだわるので、なんとなく一緒にいる仲間探しという感じではなく、知的好奇心の対象探しみたいな感じになってしまっています…

🐾私の変なところ

考えていることが損得ではなくて納得できるかどうかに拘っている点です。かなりASDっぽさが出ているなと感じます。

また、人の言葉を深読みし過ぎて傷付くことが多いので、自分の心を観察してフラットに戻すように気をつけています。
(たまにキャパシティオーバーしてます…)

過集中すると、友人や家族の存在を忘れます…
数ヶ月音信不通になっても、大体生きてるのでご心配なく。

まぁ、変わり者かもしれませんが、気を長くしてやんわり付き合っていただけると助かります。宜しくお願いいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?