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レジャー的眠りの世界

活字中毒者の常として、私はいついかなる場でも何らかの文章を探してしまうのですが、つい先日、停車中のワゴンの車体にこんな文言を見つけました。

睡眠はレジャーなのです

なかなかに斬新な言い回しであり、こういった未知の表現に出会うととたんに嬉しくなります。一体どういう意図があるのか、考えがいがあるからです。

車体にはロゴマークらしき模様も入っていたため、きっとどこかの営業車でしょう。
あいにく車内は無人で質問は叶わないため、とりあえずの空想を繰り広げてみます。


最もありそうなのは、この車は寝具メーカーのそれである、という可能性でしょう。

それも風変わりな表現をキャッチコピーにするあたり、他とは一線を画す商品展開をしている会社かもしれません。
とろけるような寝心地のマットレスに、肌触りの良いシーツ、最新テクノロジー搭載の電動ベッドなど。考えてみるだけで試してみたい気がしてきます。


それとも、どこかの施設、例えば心身のリラックスを謳うホテル関連でしょうか。
近頃は不眠や睡眠の質の低下に悩む人が増えているため、その解決のための取り組みは方々で展開されています。

特に都心部では快眠を目的にしたホテルステイのプランも珍しくなく、全館をあげて安眠を追及するビジネスホテルチェーンすら存在します。
そんなホテルに宿泊すると、カーテンや照明、パジャマにもとことんこだわりがあり、十種類以上の枕から自分に合うものが選べたりと、いたれりつくせりで癒やしを得られるようです。


他にはリラクゼーションにまつわる業界も考えられるでしょう。
たとえば眠りを誘う音楽に、お香やアロマ、マッサージ。


ヨガも忘れてはいけません。
たまにはインストラクターらしいことを書くと、日本ではまだあまり有名ではないものの”ヨガニドラー”という”眠りのヨガ”も存在します。

これはその名の通り、眠りに特化した静かなヨガで、控えめな照明のスタジオでインストラクターの声に従ってポーズを取るうち、次第に気分が落ち着き眠気を誘われます。その日の夜の眠りも確実に深くなります。


回復のヨガ”である”リストラティブヨガ"もまた同じ効果を持ち、私はこのヨガのインストラクター資格も持っていますが、教えるより受講者側にまわる方が好みです。
普通のストレッチでは叶わない、身体の芯からゆるんでいく心地良さが得られるからです。たった一時間のレッスンでも、時間の感覚が消え、終わると何時間も熟睡したような気分です。


ひたすら動き続けるパワーヨガも爽快感があって良いのですが、やや瞑想的で、しかも深いところで安らぎを得られる静のヨガも、もっと広がればと思います。
きっと、現代を生きる誰しもに有用ですから。


他に考えられるのは、眠りに特化したカフェやスペースです。
国際的なコーヒーカンパニーが睡眠を目的にしたバスを走らせ、乗車希望者が殺到というニュースがありましたが、その後バスは常設化され、予約困難なほどの人気を博しているそうです。

そこでは昼寝専門のカフェと同じく、ノンカフェインのコーヒーや静かな音楽など、眠りに最適な環境が提供され、午後の一時の安らぎを手軽に得られるといいます。
 

あの車体の文言の正確なところはわからないにせよ、"眠りはレジャー"と謳うからには、何か新しい、睡眠にまつわるコンテンツを提供しているのでしょう。

〈レジャー〉の定義は〈睡眠・・、食事、仕事などを除く余暇の時間に行う活動〉だそうですから、すでに除外されている睡眠をわざわざ結びつけるあたり、よほどの自負があると見えます。


それでも食事に置き換えて考えると、アフタヌーンティー、満漢全席、ビュッフェ、バーベキューなどは栄養補給を超えた純粋な楽しみごとで、非日常のイベントでもあり、それこそレジャーそのものです。

そうであるなら、睡眠に関しても食事同様、ふだんの”ケの眠り"に対する"ハレの眠り"があってもおかしくありません。

日本人は世界中で最も睡眠時間が短い民族らしく、私の知る限りでも、毎日十分な睡眠を取っていると言い切る人はまず居ません。

時間だけでなくその質もまた問題で、横になって30秒で眠ってしまう気絶のような寝方だったり、睡眠導入剤が無ければ眠れなかったり、中途覚醒を繰り返す細切れの眠りなどは、とても充実した睡眠とは言えないでしょう。


かく言う私も犬連れの早朝散歩のため睡眠時間は削られる一方で、目覚めた瞬間からもう眠く、あまりにひどい時には誰かと話しながら舟を漕ぎかけるくらいです。

こんな状態ではレジャーどころか地味な睡眠でも十二分にありがたく、今のところ私にとっての理想の眠りは、軽くてあたたかな寝具に埋もれ、誰に中断されることもなく、存分に朝寝坊をすることです。
そうして自然に目が覚めた時、窓辺に穏やかな光があり、耳では波音や鳥の声をとらえるのが最高です。

そんな眠りはしばらく訪れそうもないにせよ、素晴らしい夢を見ることは今夜にも叶うかもしれず、そうして夢の世界で遊ぶこともまた、立派なレジャーのひとつと言えるでしょう。

今夜さっそく、レジャーさながらの楽しい眠りが、多くの人にもたらされますように。



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