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遠隔から現場活動を行えるテレイグジスタンスの可能性

※本記事の内容に付加情報を追記した資料(PDF版)は、本記事の最下部よりダウンロード可能です。

 2020年は、大きな転機となる年となりそうだ。日本国内でも、1月からジワジワと感染拡大が始まった新型コロナウイルス感染症の影響により、人々の生活が大きく変革する可能性があるからだ。

 特に、感染拡大を予防するために、多くの人がテレワークを実施して在宅勤務を実践する等、大きな社会実験ともいうべきテレワーク活用が進んだところである。テレワークの仕組みとして、良い点・悪い点なども次第に明らかになり、今後それら課題解消が進めばテレワークは当然の働き方の一つとして定着するのかもしれない。

 その一方で現場作業や現物を扱う作業等はテレワークでは実施できない。当たり前であるが、テレワークの課題はそうした物理的なものを扱う作業に適用できないことにある。

 身近な例で言えば、紙で作成・管理される契約書の作成作業等はその典型例だ。契約書に押印するためだけに、混雑する通勤電車を乗り継ぎ、出社する必要があったなど、テレワークを阻む作業がそこかしこにある。製造業の現場などもあてはまる。製造業はものを加工して初めて作業が成立する業素である。自宅でパソコンを眺めていても一向に作業は進まない。小売・宿泊などのサービス業もまたしかりである。

 しかし、こうした現状のテレワークの限界をとり払う、技術的なブレイクスルーがもう目の前まで来ている。2017年や2018年頃から、徐々に盛り上がり始めている技術分野として「テレイグジスタンス(Telexistance:遠隔存在)」という技術に注目が急速に集まっているのである。

 そこで今回は、現状のテレワークの限界をとり払う、技術的なブレイクスルーとして、注目を集める「テレイグジスタンス(Telexistance:遠隔存在)」について着目したい。

1.テレイグジスタンス(Telexistence:遠隔存在)とは?

 テレイグジスタンス(Telexistence:遠隔存在)とは、センサ、バーチャルリアリティ(VR)、ロボティクス、AI、ネットワークなどの技術を統合し、感覚や身体機能をロボットと同期させ(義体化)、遠隔地にあるものがあたかも近くにあるように感じながら人間がリアルタイムに作業を行なうための技術・仕組のことである。

 遠隔地で物理的なものを動かしながら作業をする仕組みに自動ロボットなども考えられるが、説明責任、雇用問題などの懸念も多い。しかし、このテレイグジスタンスでは、人間が最終的に判断して作業を行なうため、それら懸念は比較的少ないと言われるものである。

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テレイグジスタンスの概念図

(出所)公益社団法人日本工学アカデミー ロボット・AI プロジェクト「新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現に向けた提言 テレイグジスタンスの社会実装へ」2018年

 このテレイグジスタンスというコンセプトは、実は、1980年に我が国で生まれた革新的なコンセプトと言われている。そのため、現在、我が国が米国や欧州とともに研究開発を牽引している技術である。

 そして、冒頭でも言及したが、近年、センサ、バーチャルリアリティ(VR)、ロボティクス、AI、ネットワーク等の関連技術の進歩も相まって、サービス産業や極限状況下での作業などでの広い応用が視野に入ってきている。テレイグジスタンスの展開を指向した製品開発の動きが内外で関心を集めているのである。

2.テレイグジスタンスの技術的特徴と主な技術課題

 ここでテレイグジスタンスの技術的特徴、およびその主な技術課題について触れておきたい。テレイグジスタンスが注目されつつあるが、まだ解決しなければならない技術課題も大いにあるのが現状である。

 まず、テレイグジスタンスについて、ロボット制御の枠組みで技術的な特徴を整理した図を下記に示す。

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テレイグジスタンス技術の特徴と主な技術課題

(出所)公益社団法人日本工学アカデミー ロボット・AI プロジェクト「新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現に向けた提言 テレイグジスタンスの社会実装へ」2018年

 テレイグジスタンスは、ロボット制御の枠組みで整理すると、無人ロボットではなく、人間がロボットを制御する仕組みの一つと言える。さらに、人間が制御するロボットの中でも、視点がロボット内にあり、ロボットを操縦するというより、人間がロボットに憑依するような仕組みに特徴がある。言い換えれば、ロボットを人間の身体の一部として制御するものともいえる。

 センサ、ロボット、VR、通信技術を含めた今後のテレイグジスタンス技術の産業化に向けて、(1)人間の五感、身体性機能、性能のさらなる拡張を可能とする技術の開発、(2)誰でも自在に使いこなせる低遅延制御インターフェースの開発、(3)身体全体をテレイグジスタンスできる技術の開発、(4)低コスト、高信頼な部品(モータなど)、装置、統合システムの量産化技術の開発、などの加速が望まれているところである。

 この中で、近年のテレイグジスタンスへの熱い注目の背景には、触覚のテレイグジスタンスの実現が大きく寄与している。従来から研究されてきたテレイグジスタンスは、視覚と聴覚から始まったものであるが、そこに触覚が加わることで大きく発展したのだ。

 つまり、人間の触覚情報は“振動・力・温度”でおおむね提示でき、光の三原色になぞらえたこの“触原色(しょくげんしょく)”で数値化できることが発見された。それに伴い、触原色を感知、数値化するセンサをロボット側に、再現するデバイスを人間側に装備して、ロボットと操縦者の感覚を“同期”させることができるようになったのである。

 加えて、近年注目される5G技術も大きい。人間は、視覚の通信遅延に対しては20 ms 程度まで許容するのに対し、触覚は、その許容遅延が1ms 程度と厳しい。さまざまな細かい作業の感覚をテレイグジスタンスで伝達するうえで、“低遅延性”の確保が課題であったが、5G技術で解決される見通しがたち、機が熟しつつあるのである。

3.コミュニケーション&テレプレゼンスロボットの市場の拡大(参考)

 上記のように、技術的に機が熟しつつあるテレイグジスタンスであるが、市場という観点でも、今後大きく拡大していくことが期待されるところである。

 ただし、現状、容易に入手できるテレイグジスタンスの市場予測は見当たらなかった。そこで、参考までにテレイグジスタンスに隣接するコミュニケーション&テレプレゼンスロボット市場について下記に示したい。

 多少古いデータであるが、市場調査・コンサルティング会社の株式会社シード・プランニングにより、コミュニケーション&テレプレゼンスロボットの市場規模予測が示されている。この資料でのコミュニケーション&テレプレゼンスロボットとは、下記のように定義されているものである。

コミュニケーションロボット: “同じ場所で人と会話したり、情報を入手できるロボット”
テレプレゼンスロボット: “離れた場所にいる人がインターネットなどを通じて操作し、その人の代わりに、そこにいる人々と会話したり、遠隔地から作業を行うことを目的としたロボット”

 なお、「テレプレゼンスロボット」は、「テレプレゼンス」「テレイグジスタンス」「遠隔操作」に3分類されるものとされている。この調査対象は「テレプレゼンス」のみを対象であるが、今後の「テレイグジスタンス」市場を把握するための参考情報として下記に示す。

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コミュニケーション&テレプレゼンスロボット市場規模の予測

 コミュニケーション&テレプレゼンスロボットの市場規模は、2024年には2015年比25倍強の473億円になると予測されている。特に、テレプレゼンスロボットは、ビジネス利用(オフィスや工場、医療機関など)だけでなく、家庭向け低価格製品も登場し、市場の拡大が期待される。

 しかし、テレプレゼンスロボットは移動することで遠隔地の相手とのコミュニケーションや遠隔地の状況を把握することができるなどのメリットはあるが、従来のテレビ会議やスカイプ等との決定的な違いは見いだせていないのが実態である。

 そのため、テレイグジスタンスにまで製品・サービスが拡張できれば、大きな訴求ポイントになるかもしれないと考えられるのである。

4.テレイグジスタンスで想定される活用領域

 技術的にも気が熟しつつあり、市場的にも今後が期待されるテレイグジスタンスであるが、現状、どのような活用・応用が想定されるのかは貴になるところである。テレイグジスタンスのメリットは、それにより環境、距離、年齢、身体能力などさまざまな制限に関わらず、人間があたかも自在に瞬時に移動して作業することが可能となることにある。

 そのため下記の(1)~(4)などの分野で、社会課題解決と経済発展の両立を実現しようとする機運が高まっていると言われる。

(1)放送、スポーツ産業、娯楽産業などのサービス産業分野
 例えば、2019年のCEATEC会場では、ANAが大量のロボットを展示している。その中のその一つに、釣りの遠隔体験ロボットがあった。遠隔地に実際に釣りロボットを置き、その操作と「釣りの感触」を体感できるものである。このように余暇・娯楽を志向するテレイグジスタンスの試みも生まれている。

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(出所)ITmedia「航空会社のANAが「移動しないで瞬間移動」サービスを提供する理由」

(2)遠隔介護、遠隔診断、救急医療などの健康医療産業分野
 介護などの分野でも、テレイグジスタンスにより、ぬくもりのある遠隔介護が可能と期待されている。

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(出所)公益社団法人日本工学アカデミー ロボット・AI プロジェクト「新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現に向けた提言 テレイグジスタンスの社会実装へ」2018年

(3)過酷、危険な環境下での作業、多様な環境からの労働参加などの遠隔労働産業分野
 遠隔労働産業分野として、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科では、「技術支援ロボット」として二人羽織のようにロボットを背負い、それを遠隔地からVRヘッドセットとハンドコントローラーを使って操作する仕組みを開発している。熟練者の動きや視線を相手に伝え、ノウハウの伝承に生かすことを狙うものである。

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(出所)ITmedia「航空会社のANAが「移動しないで瞬間移動」サービスを提供する理由」

(4)モバイル/ウェアラブル分野
 ウェアラブル分野では、触原色原理に基づく触覚伝送の価値を具体的に体感可能なプロダクトとして、一体型触覚伝送モジュールを搭載したグローブ型のインターフェースなどが開発されている。

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(出所)ACCEL ProjectのWebサイトより

5.テレイグジスタンスを実現すべく技術開発等を進める個別事例

 上記までは、テレイグジスタンスに関わる技術、市場、用途など、マクロな視点から今後の現状を整理してきた。ここでは、具体的にどのようなテレイグジスタンスが実現されようとしているのか。個別企業等の取組事例を紹介したい。

◇【事例1】テレイグジスタンスロボット「プロトタイプModel H」の事業化を目指す
 Telexistence株式会社(東京都港区)は、テレイグジスタンスロボットの製品開発・事業開発を行うスタートアップ企業である。同社は、人間と同じ動きができるロボットを遠隔地に存在させて、操作者は5感のうち3感(視覚・聴覚・触覚)を感じることができるテレイグジスタンスロボットの事業化を目指す。

 特に、2018年5月に量産型プロトタイプModel H開発に成功し、遠隔旅行・遠隔購買・小売業に向けた事業展開をにらむ。
#もう少し詳細な内容は本記事の最後のPDFに掲載

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TELEXISTENCE MODEL H
(出所)同社のWebサイトより

◇【事例2】ヒューマノイドロボット「T-HR3」の遠隔制御に成功
 トヨタ自動車株式会社(愛知県豊田市)は、誰もがその存在を知る我が国の大手自動車メーカである。その自動車メーカがテレイグジスタンスの開発に注力している。

 2018年11月、NTTドコモとともに5G回線を使ってヒューマノイドロボット「T-HR3」の遠隔制御に成功したのだ。5Gの低遅延性を生かし、これまで有線接続が前提だったT-HR3の操縦を一部ワイヤレス化した。

 なお、T-HR3は、操縦者の動きをロボットが再現する「マスター操縦システム」を採用したテレイグジスタンス(遠隔存在)ロボット。
#もう少し詳細な内容は本記事の最後のPDFに掲載

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トヨタ自動車のヒューマノイドロボット「T-HR3」
(出所)同社のWebサイトより

◇【事例3】アバターシステム型ヒューマノイドロボット「5G FACTORY Ⅲ」
 日鉄ソリューションズ株式会社(東京都港区)は、情報システムに関する企画・設計・開発・構築・運用・保守及び管理、情報システムに関するソフトウェア及びハードウェアの開発・製造等を手掛けるIT SIerである。

 同社は、NTTドコモが開催する「DOCOMO Open House 2020」に展示するユースケースとして、遠隔地からのモノづくりを実現するために、5G通信技術での活用を想定したロボットが感じた力触覚を遠隔地のオペレータに伝送する遠隔操縦ロボットをNTTドコモと共同開発している。

 NTTドコモと共同開発した遠隔操縦ロボットは、ロボットが感じる精緻な感覚である「力触覚」を遠隔地のオペレータに伝える事ができる。
#もう少し詳細な内容は本記事の最後のPDFに掲載

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アバターシステム型ヒューマノイドロボット「5G FACTORY Ⅲ」
(出所)同社のWebサイトより

◇【事例4】遠隔から接客できる分身ロボット「OriHime-D(オリヒメディー)」
 株式会社オリィ研究所(東京都港区)は、コミュニケーションテクノロジーの研究開発および製造販売を手掛けるスタートアップ企業である。

 同社は、OriHimeを利用したテレワーカー向けサービスを展開しており、既に約60台を導入している東日本電信電話株式会社をはじめ、現在70社ほどの企業がOriHimeを導入している。

 OriHimeは、簡単かつ"本当に出社しているように勤務できるテレワークツール"として利用が広まっており、さらに、新たな研究用モデルとして、移動が可能な全長約120cmの新型の分身ロボット「OriHime -D」を開発している。
#もう少し詳細な内容は本記事の最後のPDFに掲載

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OriHime-D
(出所)同社のWebサイトより

◇そのほかの事例
 テレイグジスタンスへの注目が高まり、上記以外にも様々な試みが実施されている。例えば、下記の事例5~事例9など、スタートアップ企業の試みや、超大手企業のチャレンジなどである。

 本記事では事例紹介は一旦ここまでとさせていただき、下記事例5~事例9については、本記事の最後のPDFに掲載。

【事例5】遠隔操作ロボCAIBA ROBOTS
【事例6】サイボーグコンセプトモデル「MELTANT-α」
【事例7】ヒト型遠隔操作ロボット「GITAI」
【事例8】次世代型アバターロボット"ugo"
【事例9】ANA アバターロボット(コミュニケーション型)

6.テレイグジスタンスの可能性とアフターコロナでの活用

 最後に、近年の技術的進展を背景に注目されてきたテレイグジスタンスは、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、今後一層注目が集まる技術になるものと考えられる。

 個々の事例を見てみると、「ここまで出来るようになっているのか!?」と驚く人も多いであろう。一昔前、SFの世界のテクノロジーだと思っていたものが、この現実の世界でその姿を現そうとしているのである。

 こうしたテレイグジスタンスが実現し、我々の身近な存在となった時に、冒頭でも記載したが、我々人間の生活が大きく変革する可能性がある。働き方然り、遊び方然り。

 その中で我々はどのように振舞うべきであろうか。技術の進歩により、我々人間はより楽な生活を送れると考えるべきなのであろうか。確かに、一側面を見れば、通勤電車に揺られなくても働ける、危険場場所に行かなくても作業が出来るなど、メリット満載だ。

 しかしである。これまで人間が頑張っていた領域が機械によりなくなる一方で、我々人間は新たに大変な領域に入っていかねばなるまい。つまり、機械ではまだ出来ないところに、人間はチャレンジしていく必要がある。そこに付加価値があるのだから。

 既存の現場作業は技術を活用して効率的にこなし、未だ技術では解決できない、新たな仕組みを生み出す、新たなコンセプトを生み出すなど、機械にない付加価値を人間は一層求められる世の中になるのであろうか。

 以下、参考までに、本記事の事例等をまとめたPDFを…

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