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なぜ動物を用いて実験をするのか

ネズミを用いた神経科学の研究をしていると、こんな質問をされることがあります。

「動物の脳を研究して意味があるの?」

神経科学の研究には、多くのモデル動物が使用されます。代表的な種としては、ヒト、サル、ラット、ネズミ、ゼブラフィッシュ、ハエ、線虫などがあり、こういった疑問は主に、研究に携わったことがないか、ヒトを使った研究をしている人が思うことであろうと思います。ヒトにおける研究で、”ファンシー”と思われがちな手法として、fMRI(functional magnetic resonance imaging)があり、これを使えば人間の脳の活動を計測することができるのに、いったいどうして構造が同じとは限らない動物の脳について調べるのか、意味が分からないというのは、理に適った疑問であると思う。

結論から話すと、神経科学においても、もしかしたらそれ以外の分野においても、何を解きたいかによって、どのモデル動物を選択するかが決定されます。これは、対象とするモデル動物によって、使用できる手法が決まるからです。

ヒトを用いた研究でよく利用されるfMRIは確かに素晴らしい技術であり、これはヒトを対象としないと解けないような複雑な感情、例えば何かを思い出す時に活動する脳領域を調べる、だとか、被験者に問題を解いてもらいながら脳の活動を調べるだとか、そういった研究には適しています。しかしデメリットとして、①解像度に限界があること、あくまでも脳の領域レベルでの活動を評価できるに止まる、②観察している現象が神経活動ではなく、酸素消費量である、という点が挙げられます。

これがなぜデメリットとなるかについては、他のモデル動物を使用した場合、何ができるのかを知らなければ比較になりません。

まず①解像度について、ラット、ネズミ以下の動物であれば、一神経細胞レベルでの活動を、生きて行動している状態での観察が可能です。サルであっても、一神経細胞に近いレベルでの観察が可能です。生体内での神経活動の観察は主に、ⅰ. 電気生理学的手法(e-phys)、ⅱ. カルシウムイメージング(GECI)という手法が用いられます。この時に②観察している対象は、詳細はここでは省きますが、前者は周辺領域の電位レベルの変化を、後者は細胞内のカルシウムレベルの変化を測っています。一神経細胞レベルでの活動を測る際は、カルシウムイメージングを行うことになりますが、人間でこれを行うことは不可能、厳密に言えば、技術的には可能ですが、倫理的に不可能です。

ラット以下の動物において用いられる技法には大きな差異はないかもしれませんが、ⅰ. 問いの複雑さ、ⅱ. 研究の速度、ⅲ. 研究の簡単さ、についての差異が生まれると思います。まず ⅰ. 問いの複雑さ、について、ラットやネズミであれば、迷路を通り抜けるための頭の使い方とか、簡単なタスクを学ばせて、それを遂行するための頭の使い方なんかを調べることもできますが、同じことを線虫に行わせるのは難しいでしょう。一方で、食べる・飲む・寝る・生殖などは、どの動物種においても共通されており、これらの根本的なメカニズムは、高次機能による修飾を受けない下等動物の方が、より研究には適している可能性もあります。ただし、ラット-ネズミ-サカナ-ハエと下がって行くにつれて、”頭の良さ”のレベルも下がっていき、ヒト脳との距離も広がります。そのため全く同じ研究であれば、より高等動物を用いた研究の方が、より高い評価を受けがちです。次に、ⅱ. 速度とⅲ. 簡単さについて、これは世代交代のスピードと、脳自体の大きさを考えてもらえれば良いかと思います。通常一つの研究を論文としてまとめるには、かなりの適正齢数の個体が必要になりますが、一世代のサイクルが長い分、当然研究にも時間がかかります。通常マウスの場合、出生に3週間ほど、その後成熟するまでに2ヶ月、合計で大凡3ヶ月ほどかかりますが、ハエであればこれは2週間ほどになります。また当然マウスとハエでは脳の大きさが違いますから、必要とされる手先の器用さにも差異がでます。

さて、以上を踏まえた上で、最初の「動物の脳を研究して意味があるの?」に対する答えとしては、まずヒト脳における研究と動物脳を使用した研究では期待できる研究の解像度が異なる、と答えた上で、ただし動物脳とヒト脳でどの程度の類似性が保たれているかについては不明である、ということは付け加えておこうと思います。

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