つまり「悪は存在しない」
濱口竜介監督『悪は存在しない』を観た。
タイトルに掲げられた「悪」という言葉から、観る前にぼんやり想像していたこととは違って、これは「悪」という言葉をめぐる、神話の円環のような映画ではないかと思った。
それは「悪」ではない。
遠くに響く銃声は、
銃声はまだ遠いからここは安全であるという会話は、
黙れ、というその声は、
人を守るために作る柵は、
理由がないとこちらを攻撃してこない、という声は、
だから彼らは攻撃してこないという声は、
だから柵は必要ないというその声は、
やはり柵をつくっておけばよかったという声は、
ただ大きいというだけで恐ろしいその声は、
彼の忘却は、
半音階をだんだんに上がったり、下がったりしながら、
光をとらえるセンサーを通して、多くの眼に投射される木々、凍った水面
水を汲む音、木が裂ける音、車のドアが閉まる音、
人から人へと、いまここで何が伝えられているのだろうか。
ここに悪が存在しないように、自分も存在しないだろう。
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