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おはつきいちょうの木の下で

「くさい!」

掃除の時間にイチョウの木から落ちた銀杏(ぎんなん)を掃除するのが臭くて嫌だった小学生時代、みんな思わず口にしていた。

母校だった旧七保第一小学校の校庭には樹齢350年以上になる一本の大きな大きなイチョウの木がそびえ立っていて、小学生の頃の僕たちをいつも見下ろしていた。

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この大木は明治初期までは、かつてこの地にあった法泉寺の境内に植えられていたものとされており、今では三重県の指定天然記念物になっています。

「おはつきいちょう」とはイチョウの木の変種で、葉の上に実を結ぶイチョウのことをいい、学術的に興味深い変種である。紅葉の最盛期には、鮮やかな黄金色に色づき、無数の銀杏が周辺に散乱する。

秋になると銀杏の独特の匂いと、踏んづけたあの感覚が今でもよみがえる。


小学校自体はもう廃校になってしまったけど、社会に出てからも、何度かこの地を訪れた。

もう30年ほど前のことなので時効だろうけど、同級生のタカシ君とユウキ君は小学生の頃、そのイチョウの木に、言われないと気付かないような所に小さく自分の名前を彫っていた。

ここに一緒に来るたびに、「ここに僕らの名前があんねん」と嬉しそうに言っていた。

大人になった今、天然記念物に名前を彫るなんてことはできないが、少し羨ましかった。僕も一緒に自分の名前を書いておけばさらに嬉しさと懐かしさを共有できていただろうなと思った。


ただただ大きくて臭いというイメージだけが子供の頃の印象だったおはつきいちょうの木。

しかし今は、毎年このイチョウの木が黄色く染まり銀杏の匂いが漂ってくると、元気一杯に校庭を走りまわっていた小学生時代を思い出す。

友だちの声を思い出す。

先生の声を思い出す。

運動会の時、おはつきいちょうの木の下で、お母さんが作ってくれたお弁当をみんなで一緒に食べていたのを思い出す。

おはつきいちょうは、ずっと僕たちを見守っていてくれていた。

僕たちとかけがえのない日々を一緒に過ごしていた。


現在、僕はこのおはつきいちょうのすぐ近くでお店をやっている。

大人になった今見ても、その大きさに圧倒される。

黄金色に輝くイチョウの葉っぱに銀杏の香りが漂ってくる。

今年もまたこの季節がやってきた。

そう呟いて、イチョウの木を見上げた。

今の僕が上を向いて人生を歩んでいけているのは、このおはつきいちょうのおかげかもしれない。

今日も上を向いて歩いて行こう。

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