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アマゾンがルンバ(アイロボット社)を買収、そのねらいは...

はじめに

2023年6月16日、アイロボット(IRBT)の株価が+21%急騰しました。
英競争当局(CMA)がアマゾンのアイロボット買収を認可したと報道されたのがその理由です。
2022年9月、アマゾンは「アイロボットを買収する合併契約を締結した」と発表していました。背景や論点をみていきます。

アマゾンの「ルンバ」メーカー買収計画、英競争当局が承認
(2023/6/16 Bloomberg)

1.買収発表からの経緯

このはなしはアマゾンが「約17億ドルの現金取引で1株当たり61ドルでアイロボットを買収」と発表したことからスタートします。

アマゾンとアイロボット、アマゾンがアイロボット社を買収する契約を締結 (2022/8/5 アマゾン・プレスリリース)

この発表以降、欧州連合(EU)の競争法当局や米連邦取引委員会(FTC)が買収計画について審査していますが、今回、英競争当局(CMA)がいち早く買収を許可しました。EUは2023年7月6日までに審査の結果を出す予定です。

2.アイロボットのビジネスとビジョンを知る

アイロボット社の製品の市場規模、市場でのポジション、ビジネスプランは、少し古い資料ですが2022年3月の投資家向けプレゼンテーションから探ることができます。

https://investor.irobot.com/static-files/a6147f70-f50a-43d3-9161-9af57981ea0f

市場規模

2021年のアイロボットの製品の市場規模(中国除く)は2.79Bilドルと見ています。アイロボットの同年の売上は1.6Bilドルで市場シェアは53%でした。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 6ページから引用

売上

2022年3月時点の見立てでFY22の売上を1.75~1.85Bilドル、FY24は2.425~2.6Bilドルを見積もっています。しかし実際にはFY22の売上結果は1.18Bilドルと大幅な未達となってしまいました。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 28ページから引用

粗利率

2022年3月時点の見立てではFY22の粗利率は36~37%、FY24は43%を見積もっています。物量増の効果をねらったのでしょう。しかし実際にはFY22の粗利率の結果は29.4%と前年をも下回る結果となってしまいました。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 34ページから引用

営業利益率

2022年3月時点の見立てではFY22の営業利益率は3%、FY24は12~13%を見積もっています。オペレーティングレバレッジ効果をねらったのでしょう。しかし実際にはFY22の営業利益率結果は -14.2%の赤字となってしまいました。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 36ページから引用

EPS

2022年3月時点の見立てではFY22のEPSは1.5~2ドル、FY24は7.5~9.25ドルを見積もっています。しかし実際にはFY22のEPSの結果は -4.33ドルの赤字となってしまいました。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 37ページから引用

価格競争やインフレによるコスト増などの前提が異なってきていることもあるとは推測できますが、要はうまくいっていないということです。ここまで紹介したのは、現在の延長線上にあるビジネスプランですが、実はこのプレゼンテーションにはアイロボットのもっと大きなビジョンが語られています。次項からはその内容に進んでいきます。

3.アマゾンのねらいは?

ここからはアマゾンがアイロボットを買収するねらいを想像していきましょう。買収のねらいと言えば、単純に事業規模を大きくするということもありますが、売上500Bilドルを誇るアマゾンが売上1~2Bilドルのアイロボットに目を付けたのはそれだけの理由とは思えません。アイロボットのビジョンを見るとその意図が透けてきます。

アイロボットのビジョン


アイロボットは「iRobot Home」というアプリを通じてFY21時点で1400万人のコネクテッドユーザーがいます。FY24には3000万人以上に増やす計画です。
アプリを通じてロボット掃除機などのデバイスからの情報のフィードバックを受け取り学習をして製品やサービスは進化しています。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 17ページから引用

さらに将来的にはサブスクリプションモデルの構築もねらっています(スライド右部)。現在も分割払い的なサブスクはありますが、もっとソフトウェアサービスにシフトしたものを想定していると思われます。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 19ページから引用

次にロボット掃除機以外に、どのような市場を視野に入れているかも示しています。右側のTAMというのはTotal Addressable Market、つまり実現可能な最大の市場規模のことです。現在の事業領域は両端の黄色で囲った部分、掃除機と空気清浄機で市場全体で約32Bilドルと推定しています。その他の面積がアイロボットの技術の応用やシナジーでねらっていける製品群です。

Introduction to iRobot Corp. Mar2022 21ページから引用(単位 Bilドル)
  • 芝刈り機 21

  • スマート散水機 4

  • スマートスピーカー 30

  • スマートプラグ・スイッチ 40

  • スマートサーモスタット 17

  • スマート電球など 15

  • ホームセキュリティ 68

  • スマートドアロック 15

  • スマート煙探知機 15

  • デジタルヘルスケア機器 2

市場規模合計は250Bilドル超で、アマゾンの総売上の約半分に相当します。

アマゾンのねらい

次にアマゾンの製品群をいくつか見ていきましょう。
まずは言わずと知れたスマートスピーカー「amazon echo」。いまどきのスピーカーは空調の操作もするのですね!
Amazonのスマートスピーカー「Echo Dot」が第5世代に スピーカーを大型化し温度センサーを新搭載
(2023/2/1 ITmediaより引用)

こちらは家庭用ロボット、家の中を自動で歩き回ります。最終的にはさまざまなホームDXの機能を持とうとしているのではないでしょうか?
アマゾンがAstroホームロボットの新機能を発表
(2022/9/29 ケータイWatchより引用)

こちらは社内で使われている製品。よく見ると自動的に向きを変えながら動いているロボットが...
最新のAmazon Roboticsを搭載した「アマゾン尼崎FC」を見た
(2022/6/21 Impress Watchより引用)

アマゾンのねらいはホームDX化を実現する製品群、アプリかもしれません。アイロボット社の目指している方向とのシナジーが高そうです。
次の項からは少し繊細な話題を...

4.競争当局からみた論点は?

この買収が競争を阻害しないか?という視点から各国、地域の当局は調査を進めています。本件とは別に、最近のニュースラインをみると競争当局は巨大ITテック企業に対しては情報セキュリティも含めた独占についても注意を払っています。

最新のルンバではどのようなことができるのか見ていきましょう。
アイロボット社のHPの「iRobot OS」より引用

  • アレクサと連携して口頭の指示を認識して動作させることができます

  • ライフスタイルを学習して最適な清掃方法を提案できます

  • 自動連携サービスIFTTTと連携で、家を離れると清掃を開始するなどの生活行動に合わせた清掃ができます。

  • 部屋のレイアウトをアプリに登録して掃除のパターンを指示できます

  • Clean Map® レポート機能で清掃範囲がマップで表示され、清掃エリアや清掃時間などの詳しい情報を確認できます。

  • 障害物を見分けて避けて確実に清掃を完了できます。

  • 障害物が見つかると清掃後にアプリに画像が送信されるため今後の対処方法をフィードバックできます。

このように様々な情報を活用して利用者の利便性を向上させています。つまりルンバはアプリの登録内容、動作履歴、カメラを通じて家のレイアウト、家の中の詳細、生活スタイルなどを利用します。これらは普通なかなか入手できない情報の宝庫です。

なおプライバシーポリシーで「デバイスから収集する可能性のある個人情報」について以下の内容が記載されています。

  • 個人情報のカテゴリー

  • 使用方法

  • 処理の法的根拠

アイロボット社のホームページでも以下が明示されています。

iRobotはお客様のデータプライバシーを尊重します。アイロボットでは、お客様データを暗号化して安全に保護しています。また、収集した情報はお客様の清掃体験とロボット性能の向上のためだけに使用されます。

アイロボット・企業ホームページ

おわりに

本記事では、アマゾンによりアイロボットの買収について一部推測も含めながら考察してきました。現在、業績不振に苦しんでいるアイロボット社はアマゾンと買収合併によるシナジーでより当初描いていたビジョンにより近づけていくことができるかもしれません。
アマゾンから見るとホームDX化を進めるパートナーやディバイスとしての一つの最適解がアイロボットとのシナジーであるのかもしれません。このディバイスは家庭内の情報を蓄積できる可能性があります。それはテスラがオートバイロットで自動運転の情報蓄積が可能にしたのを彷彿とさせます。
今回株価が英競争当局による認可で株価が急上昇したのは、まだ欧州連合(EU)の競争法当局や米連邦取引委員会(FTC)の見解が示されていないことを考慮するとフライング気味と言えなくもありませんが、今後の進捗を注視していきたいと思います。

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