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エンタメ映画「カンダハル」…アフガンの歴史に関心を持つきっかけに

1979年のイスラム革命、そしてその直後に起きた在テヘラン・米国大使館占拠・人質事件は、イランを長く、米国人にとっての「悪」の代名詞的な存在に置くことになった。去年の大ヒット作、トム・クルーズ主演「トップガン・マーヴェリック」でも、イランと思われる国の核施設を、トム・クルーズ扮するマーヴェリック率いる飛行隊が空爆するくだりがある。

今回紹介する作品「カンダハル--突破せよ--」も、イランにある地下核施設を、ジェラルド・バトラー扮する主人公トム・ハリスが爆破するというシーンがある。過去の事例をあげるとキリがないが、欧米のエンタメ映画にとって、イランは作品を盛り上げる格好の悪役ということになる。

ただ、この作品は、「イラン対アメリカ」といった単純な構図という訳でもない。舞台はアフガニスタン。ソ連による侵攻から40年以上、戦乱と政治的混迷が続く国。この国の西部ヘラートから南部カンダハルまでの約500キロの道のりを、英国人の主人公と、アフガニスタン人の相棒が、数々の危険をかわしながら進んでいく。

混乱のアフガニスタンには、さまざまな勢力が割拠・暗躍している。2001年の米同時テロ後の米国の攻撃で崩壊したものの、2021年に再び政権を樹立した同国のイスラム主義勢力タリバン。そのタリバンを陰で支援してきたとされる隣国パキスタンの情報機関ISI。イラク・シリアで一時は広大な領土を支配し、アフガンでもプレゼンスを持つイスラム武装組織IS。2021年に駐留軍を撤退させた米国も、CIAなどの情報機関が活動を続けるとされる。

イランもそうした諸勢力の1つだが、タリバンとは1990年代後半には一触即発の事態になったことがある「宿敵」。アメリカからみた「悪」も一枚岩ではない現実世界が表現される。作品の前半は、そうしたアフガンの複雑な構図が織り込まれながらストーリーが進んでいく。だから、ある程度の予備知識がないと、かなり難解ではないかと思う。これは、たとえエンタメ作品であっても、そこまで詳細に描かないと鑑賞者を満足させられない、という昨今の状況を表しているのかも知れない。ぼおっとして見ていると筋を追いかけることができない作品だ。

だから、「エンタメと、あなどるなかれ」。作品には、通訳として米軍などに協力したのち、米軍撤退で取り残される形になったアフガニスタン人の苦しみなども描かれる。もちろんフィクションではあるのだが、この国が歩んできた歴史、現状について関心を持つとっかかりとして、大きな意義がある映画だといえる。

サウジアラビア・ロケ

ところで、この作品のロケ地が、サウジアラビアだというので驚いた。北部アル・ウラー。奇岩とイスラム以前の遺跡「マダイン・サーレハ」があり、サウジアラビアが今、観光地として売り出しているエリアだ。筆者も、観光地化される前の20年以上前だが、行ったことがある。

アフガニスタンには行ったことがないので、景観が似ているかどうかは分からないが、アクションシーンの舞台である雄大な荒野は、作品の大きな特色になっている。エンドロールには、協力者として「サウジアラビア・フィルム・コミッション」という機関も名前を連ねていた。

サウジは、イスラム教の二大聖地。つい最近までは、イスラム以前の歴史には冷淡で、マダイン・サーレハを観光地とすることも論外と考えていた国だった。それがこの変わりよう。サウジの30歳代の若き指導者、「MBS」ことムハンマド皇太子の新路線を象徴するものの1つだろう。そんな点も、この作品に注目したい理由のひとつだ。

作品は、10月20日から、新宿バルト9などで全国ロードショー。配給はクロックワークス。


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