見出し画像

和菓子、この味《銀座 萬年堂本店の御目出糖》

日本の伝統的なスイーツ「和菓子」。都内には魅力あふれる和菓子店が多数あり、世代を超えて愛されている商品がたくさんあります。
ここでは、東京近郊の名物和菓子をご紹介。素材を吟味し、手間暇かけてつくられる名店の看板商品には、時代を超越するおいしさがあります。

「銀座 萬年堂本店」の「御目出糖」(281円)は、婚礼の引出物、お祝いごとや接待などの進物用から自家用まで、幅広く愛され続けている銘菓。同店13代目の樋口喜之さんが「しみじみおいしい、滋味あふれるお菓子です」と語るように、独特のもっちり感がある生地をかむほどに、アズキが豊かに香る蒸し菓子だ。

同店の歴史は1617(元和3)年にさかのぼる。京都・寺町三条で「亀屋和泉」として創業し、御所や寺社などに上生菓子などを納め、元禄期ごろに御目出糖の原型である「高麗餅」を創製。遷都後の1872(明治5)年、東京・八重洲に移転し、屋号を「亀屋和泉萬年堂本店」に(のちに現店名を名のる)。御目出糖が誕生したのは明治時代中期。9代目が高麗餅を赤飯に見立てて、新たにこう命名したのだそうだ。

関東大震災で店舗を失い、八重洲と同・銀座に店を構えたが、東京大空襲で両店を焼失。戦後は銀座で営み、数回移転後、2022年9月に現在地に。喫茶併設店として新たにスタートした。

「不滅の法灯」

樋口さんは1996年、28歳の時に入店。店を継ごうと思ったのは大学卒業後、アパレル企業に就職してからだったそう。「小さくとも、主(あるじ)として店を守る父(12代目の登喜雄さん)のかっこよさ、偉大さに気づいたんです。また、和菓子屋という商売自体、真摯につくったお菓子でお客さまの人生の節目節目に寄り添える、すごくいい、深い仕事だなと」と樋口さん。が、勤務先の仕事も充実し、入店はまだ先と考えていたが、登喜雄さんの病をきっかけに家業に。ともに働けた約4年間に、父親の誠実な仕事ぶりが心にきざまれたという。

伝統の継承についての考えをたずねると、樋口さんは延暦寺の「不滅の法灯」を挙げた。「灯り続けているのは、燃料の油をつぎ足し続けているから。新しい取り組み(=油)も少しずつ加えることで、変わらぬ伝統(=灯)もつないでいく。自分の方針は、まさにこれだと思います」。

13代目の樋口喜之さん

近年は、店の不動の顔である御目出糖や上生菓子をあらためて広くよく知ってもらうことを、とくに意識しているそう。味の軸は、伝統の〝渋切らずあん〞だ。「渋切り(アク抜き)を最小限にしてアズキの香りと味をしっかり残しており、色も濃い。砂糖もしっかり加えますが、アズキの風味が濃いのでバランスがとれ、くどくない。いわば必然によるおいしさの〝うちのあんこ〞を食べていただきたい」と樋口さん。

御目出糖は、途中までは漉しあんと同じ製法だ。アズキは北海道・十勝産。特徴的なのは、渋切りせずに煮上げること。その後、呉(中身)と皮に分ける際、呉を水にさらす。この工程が唯一の渋切りとなるそうだ。

呉は水分を除き、上白糖などを加えて炊く。炊き上げる塩梅が質感や食感を左右するという。その後、上新粉、上南粉、モチ粉を加え、そぼろ状に裏漉ししてセイロに敷いた枠に入れ、大納言アズキの蜜漬けをのせて蒸す。

ふっくらとした蒸し上がり。裏返して少し冷ましてから切る。「かむほどに広がる滋味を楽しんでいただきたい」と樋口さん。お年賀利用も多数。箱詰めの種類も豊富だ。消費期限は5日間。

切るのは、少し冷ましてから。「切れ端は職人の〝つまみ食い〞部分。僕は子どものころ、工場で仕事を見ているのが好きで。それは〝端っこ〞をもらえるのも理由(笑)。ほんのり温かいと、ほろっとしたやわらかさや、アズキの香りがまた格別なんです」。

この風味も広めるべく、喫茶では蒸し直した温かい御目出糖を、抹茶やほうじ茶、干菓子などが付く二膳形式で提供(1650円)。やはり二膳形式で上生菓子なども用意。温かい「煉り立てあん蕨餅」も人気だそうだ。

喫茶併設の目的は「上生菓子や御目出糖を、身近な菓子として日常にもっと食べていただければと思っていて。肩肘張らずにお菓子とお茶を楽しめる場をつくりたかった」と樋口さん。和風に寄りすぎないモダンな内装も奏功し、喫茶のお客の年齢層は30代くらいが平均となるなど、若いお客も増えたという。

喫茶では、小さなセイロでほかほかの状態で提供。抹茶などと一緒に楽しめる。
家庭でも、そのままはもちろんのこと、温めて食べることも、店頭などで推奨。蒸気の上がった蒸し器で1分、または電子レンジ(500W)で15秒(1個)が目安(電子レンジの場合は、ふたたび冷めると固くなるので注意)。やわらかさや、生地のアズキの香りがより際立つ。

ちなみに、移転前のコロナ禍では進物利用などが激減したが、「こんな時こそ明るい企画をと、花の意匠の上生菓子を種類多く華やかに並べたところ、予想以上にお客さまが喜ばれ、自家用にご購入くださった。和菓子屋の仕事の意義や上生菓子の可能性を自分も再認識しました」と樋口さん。また、2021年にはドリームパートナーズ㈱からの打診を受け、店舗から近く、品質管理が行き届くことも決め手となり、新橋演舞場での販売を開始。種類はお任せの上生菓子と御目出糖のセットに一定数の割合で〝当たり(同店の喫茶券)〞を付けた「福菓子」が大好評で、アイドルの公演に訪れた若い世代が御目出糖や上生菓子に親しむきっかけにもなっているそうだ。

一方で樋口さんは新しい菓子の開発にもはやくから注力してきた。近年ではマレーシア・サラワク産黒コショウ入りの羊羹など、ユニークなものも評判に。また、「ゆず饅頭」用にユズを千葉・大多喜で育てるなど、活動は多彩だ。未来に続く〝灯〞のために、〝油〞を加え続けている。

銀座 萬年堂本店
東京都中央区銀座7-13-21
電話:03-6264-2660
営業時間:11時~18時(喫茶 12時~17時)
無休(正月三が日は休み)

東銀座駅から徒歩約4分、銀座駅から徒歩約6分。店舗は約22坪(うち売り場約11坪・喫茶12席)。2001年に設立した東京・浅草橋の工場で樋口さんと工場長ほか2人で製造し、店舗は樋口さんの妻・君枝さんを中心に常時約4人体制。「御目出糖」誕生時に新たに開発された「高麗餅」も名物。白あんや抹茶を使い、御目出糖と同様につくる菓子で、不祝儀用にも重宝されている。また、約21年前に開発した「喜のつゆ」も手みやげなどに人気。黒糖風味の吉野羹を、漉しあんも練り込んだわらび餅で包んできな粉をまぶした、冷やして食べる個包装の菓子で、喫茶の「煉り立てあん蕨餅」開発の原点でもあるそう。喫茶は、建築家・川喜田煉七郎氏が手がけた戦前の銀座店の喫茶へのオマージュも込めた、竹がアクセントのモダンな空間。窯元に特注した有田焼や笠間焼、唐津焼などの食器も注目だ。

☆この記事を掲載した、『cafe-sweets vol.221』は全国の書店・ネット書店にて好評発売中です!
柴田書店公式HPからもお買い求めいただけます。

※本記事の掲載内容は取材当時のものです。


この記事が参加している募集

#仕事について話そう

110,122件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?