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時間を味方につける

村上春樹の小説『騎士団長殺し』の中に、「時間を味方につけなければならない」というフレーズがたびたび出てきます。
そして、以下のような不思議な言い回しをする老人のセリフも。

時はいつまでもあるというものではあらないが、しかしある限りにおいてはなかなかに効果を発揮する。

村上春樹『騎士団長殺し』より

ずっと、この意味がわかったような、わからないような気がしていましたが、ちょうど1年前の2022年3月にハッとすることがありました。

フィギュアスケート世界選手権で優勝した宇野昌磨選手のショートプログラム後の記者会見でのことです。
海外の記者が彼に質問しました(外国の記者さんは本当に質の高い質問をされます)。

「あなたの演技はこれまで、一つの要素を終えると次の要素につい急いでいるように見えた。しかし、今日のあなたは全くの別次元で、時間を自分で制御してコントロールしているだけでなく、演技中の時間を支配し、その中に存在している印象だった。この違いは何なのか?」

(その会見時の通訳の方の訳です)

この質問を聞いた瞬間に、先述の「時間を味方につける」というフレーズと、引用した老人の言葉をハッと思い出しました。

そして、こんな質問を突然されて即答しなければならないスポーツ選手って大変だなあ、と思いながら記者会見を見つめていると、宇野昌磨選手はお礼を述べた後すぐにこう答えました。

「確かにおっしゃる通りで最近の僕の演技は、不安から次のことばかり考えて、気持ちがそこにない、慌ただしい演技になりがちだった。でも今日は練習通りにやりたい、それだけでいいと思って滑った。
自分をいつもより良く見せようとするのではなく、いつも通りを見せようとした結果、そこに余裕が生まれたのだと思う」

ご立派です。

さて翻って自分の日々はどうか。
時間を味方につけて支配して、余裕を生み出せているだろうか。
否、不安や自信のなさから、先のことばかり考えがちです。
オーダーを受けながら駐車場へ入っていらした別のお客様の人数を目で追ってしまう。珈琲を淹れながらも明日のための仕込みのことを考えてしまう。
今、目の前の仕事や人、出来事や景色に丁寧に向き合うことより、まだ先の未来の出来事に備えようとソワソワバタバタ、心ここにあらず。

今にしっかり集中して、自分の能力以上を求めず、ゆとりをもって落ち着かなくてはいけないなあ、と反省です。「時間を味方につける」って、ライフハック的な効率化のことではなくて、「今に集中して今を大切にする」ってことなのかな、と感じた出来事でした。

宇野昌磨選手は、技術・表現の両面において最高レベルを極めている稀有な選手だと思いますが、演技と同じくらいその率直で飾らない発言もとても印象深く、つい記者会見にも注目してしまいます。
シーズンを締めくくる1年で一番重要なフィギュアスケート競技の最高峰、世界選手権が始まります。今回も宇野昌磨選手の活躍とインタビューでの珠玉のコメントを、とても楽しみにしています。

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