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うどん

以前、風邪を引いて寝込んだ時のこと。
たまたま休日で家にいた夫が、買い物に行くから何か欲しいものはあるかと聞きました。
食欲は無かったけれど、薬を飲むために何か食べなければ、と思ったわたしは、「うどんなら食べられそう」と言いました。
すると夫、「ああ、うどんね。ハイ、わかった」と言って出かけていきました。

しばらくして夫が帰宅したようで、キッチンでレジ袋をガサガサとさせる音で目が覚めました。
普段料理をしない夫なので、おそらくガスの火にかけるだけの冷凍うどんか、お湯を注ぐだけの即席麺だろうと思って、フラフラと起きてキッチンに行ったわたし。
すると、夫が「ああ起きた? はい、うどん、買って来たよ」と言って、レジ袋からパックされた『ゆでうどん』1人前を取り出すと、そのままわたしにペロンと手渡しました。
そして「オレはパンだな」と言って、いくつかのパンを選んでいます。

「ゆでうどん」か。これは予想外。
冷たい「ゆでうどん」を持ちながら、熱のある頭でしばらく考えるわたし。
素うどんだとしても、少なくともお出汁を作って温めて、ちょっと手間がかかる。
これからそれをやる気力は自分にはとうてい無い。
どうやら夫に作る気はなさそうだ。
今まさにパンを食べようと座っている夫を眺めながら、

「……ちょっと作る元気ないから、私もパンにしようかな」

と呟いたわたし。
すると夫、

「え? そうなの? なんだ、じゃあオレうどん食べよう!」

と言って、1人前しかない「ゆでうどん」をわたしの手から取り上げると、自分用のうどんを作り始めたのです。

(……え? 自分のためになら、うどん、作るの? えええ?)

熱でボーっとしながら、しばらく呆然とするわたし。

そして、薬を飲むためにパンをかじるわたしの目の前で、美味しそうに出来立てのうどんをハフハフと啜る夫。

彼の名誉のために言いますが、これ、意地悪とかじゃないんです。
とても優しい人だしマメだし思いやりもあるのですが、ちょっと感覚が違うんです。
自分用のうどんを作っている時の彼にはむしろ、「大丈夫、自分のうどんは自分で作れるよ。オレ、ちゃんとできるから。今日ぐらいはキミはゆっくりしてていいんだよ。オレの大好きなパン、食べていいんだよ」というオーラがプンプンと漂っているのです。
本当に、悪気はないのはわかるのです。

でもその時はわたし、心で叫びました。

(そのうどんを私に与えてお前がパンを食べろ!)

もちろん実際は具合が悪すぎて、無言でパンをかじっていました。
それに繰り返すけれども、悪気はないのは承知している。

自分以外の誰かと暮らすということは、相手を「別の星から来た異星人」と思うほかない時があるものです。
それにしてもあのうどん、美味しそうだったなあ。

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