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『体育教師を志す若者たちへ』後記編6     部活動の地域移行を考える⑤

 前回は昨年12月に出された「学校部活動及び新たな地域クラブ活動のあり方に関する総合的なガイドライン」に示されている「新たな地域クラブ活動」の「運営団体・実施主体」に注目しました。その項をここでもう一度確認します。

「市区町村は、関係者の協力を得て、地域クラブ活動の運営団体・実施主体の整備充実を支援する。その際、運営団体・実施主体は、総合型地域スポーツクラブやスポーツ少年団、体育・スポーツ協会、競技団体、クラブチーム、プロスポーツチーム、民間事業者、フィットネスジム、大学など多様なものを想定する。また、地域学校協働本部や保護者会、同窓会、複数の学校の運動部が統合して設立する団体など、学校と関係する組織・団体も想定する。なお、市区町村が運営団体となることも想定される。」(スポーツ庁ガイドラインより)

 この中では「保護者会」「新たな地域クラブ活動」の「運営団体・実施主体」になることも想定されていて、それらを市区町村は支援するとしています。それに対して近年保護者会による社会体育クラブを否定・廃止してきた長野県教育委員会はどうするのかという問題提起を前回しました。教育基本法の「社会教育は奨励されなければならない」を無視した行為でした。しかもこのクラブは、学校五日制が始まる2002年頃に県教委自らが保護者会によるこうした形ならば部活動と同等の活動ができると紹介して作らせてきた社会体育クラブです。それを潰したのですから、今になって国のガイドラインが認めているから保護者会による社会体育クラブも「新たな地域クラブ」として認めて支援しますとは言えないでしょう。とすれば県教委のとるべき道はひとつしかありません。それは、県教委の指摘してきた社会体育クラブの抱える問題点・課題をクリアーできる「運営団体・実施主体」の「新たな地域クラブ」を自らの責任で作ることです。それがガイドラインの「運営団体・実施主体」の最後の一行、「なお、市区町村が運営団体となることも想定される」ということになります。

 今回は長野県内で設立されてきているその先進的な事例について検討していきたいと思いますが、その前に私たちはどんな地域部活動・クラブ活動を求めていくのかということを確認しておきたいと思います。
 まず、専門性のある、できれば資格を持った指導者がいることが必要でしょう。「今までの地域クラブ」であるスポーツ少年団などの指導者の多くはボランティアです。そのせいか、「ボランティアでやっていただいているコーチには率直な要望が出しにくい」といった声が保護者たちにはありました。従って専門的な指導者にはきちんと手当が出ることが必要です(有資格者に有償)。しかもその手当は公費で負担されなければクラブ員の負担が大きくなってしまいます。
 次に子どもたちの願いを聞き入れ、発達状況を考慮した指導のできる指導者であることが必要です。特に最近ではコロナ禍で様々なスポーツ経験をせずに中学校へ入学してくる子どもたちがたくさんいます。一部の保護者の要望で競技一辺倒に偏るのではなく、発達期に合わせて様々な運動や遊び、仲間との交流を経験させつつ、スポーツの楽しさを深めていく指導が大切です。その前提としてスポーツ庁や県教委による中学生期のスポーツ活動指針で示されている活動時間の限度を尊重することも重要です。
 そして三番目に、学校の部活動と同様に必要経費は最低限の実費のみとし、全ての子どもたちにスポーツ権・発達権が保障されるようにしていくこと。これまで地域スポーツでは「受益者負担」の発想が当たり前でした。しかし部活動の地域移行を契機として、少なくとも義務教育段階の子どもたちに対しては「受益者負担」の発想は転換していく必要があります。そうでなければこれまでと同様に垣根なく部活動・地域クラブ活動を選択していくことができなくなってしまうでしょう。

 長野県の先進的な事例から
 まず私たちがどんな部活動・地域クラブ活動を求めていくのかの上記3つの項目に関連して、長野県教委のHP、「休日のスポーツ環境はどう変わる?」で次のような項目を掲げています。
〇目的に応じて気軽に参加できる。〇多様なスポーツが体験できる。 〇専門的で質の高い指導が受けられる。 〇1人1人の違いに応じた課題設定や挑戦ができる。 〇競技力を高められる。 〇自分に合ったスポーツが楽しめる。 〇地域指導者(教員の兼職兼業を含む)が報酬を得て指導。
 「絵に描いた餅」なのかもしれませんが、目指す方向として上記3項目はほぼクリアーしていると思います。「受益者負担」の発想については、「クラブへの入会費や保険料等を徴収するケースがある」としていて公費負担を明言はしていませんが、「目的に応じて気軽に参加できる」とうの文言からすれば、民間スポーツクラブのような形にはしていかないというニュアンスが感じられます。

 長野県教委のHPには、具体的な市町村の取り組み例が3つ紹介されています。まず、そのなかの飯島町の取り組みについて見てみましょう。その組織については、スポーツ少年団などを含む子どもたちの「少年スポーツ団体連絡協議会」の中に新たに中学生のための「飯島プラス1クラブ」が設立され、事務局長は町教委、会計も町教委が受け持っています(組織図参照)。事務局を町教委に置くということは画期的です。町に一つの中学校なので、中学校の課題解決を町として取り組むことがやりやすくなります。ガイドラインの「市区町村が運営団体となることも想定される」に近い形と言えるのではないでしょうか。

長野県教委HPより

 次に長野市の例です。長野市には教育委員会がひとつで24校もの数の中学校を抱えています。しかも中学校区によってはすでに総合型地域スポーツクラブが一定の役割を担って休日の中学生のスポーツ活動を支えている地域もあります。したがって市教委が一律に地域移行の形を示すことは難しいでしょう。ここに例として挙げられているのは裾花中学校で、すでに「裾花スキルアップクラブ」というのが設立されていて、サッカーやバレーなどの活動が始まっています。しかしまだ移行期で試行錯誤のようです。
 この裾花中学校の取り組みの様子と、同じく先進的な事例として取り上げられている南佐久地域の複数の中学校が合同で取り組んでいる事例は、昨年12月3日に長野放送でも取り上げられたようです。現在でもその11分余りの放送内容を「FNNプライムオンライン」やYouTubeでも見ることができます。
 そのニュースによると、理想通りにはいかず「課題山積」として大変な状況になっています。地域指導者がいるサッカー部でも、指導者と顧問教諭の連係のためとして顧問教諭は「兼業届」を出して休日指導に出ています。兼業届を出しているのだから手当は出ているのでしょうが、ここではサッカーの専門指導者も顧問教諭も同じ地域指導者としての立場であり、彼らはこれからの手当の保障や保険の問題など課題が山積している不安を率直に語っていました。何よりも教員の負担軽減になっていないことが大問題です。今まで顧問ひとりの時は休日の部活動は顧問の都合でやりくりできていたはずで、指導内容も顧問ができる範囲でよかったはずです。それで手当も出ていました。しかし今では地域指導者との連係を図るためとして毎回休日に出なければならなくなり、負担はかえって増大しています。私はこれまで自分の勤めてきた中学校でも、「地域指導者との連携」のために顧問教諭の仕事が増えている事例をたくさん見てきました。そのことを県教委はどう考えているのでしょうか。
 このビデオニュースには県教委スポーツ課の課長がインタビューで登場しています。私はこの課長の話を聞いていてだんだん腹立たしく感じてきました。地域移行の大切さを述べているだけで、その課題に対して県教委が何をするのかということは全く述べていないのです。映像のなかで顧問の負担が増えていたり、地域指導者の手当の保障や保護者負担の増加に対する心配の声が出ていたりするのに、それに対する責任が全く感じられません。過去に「保護者会による社会体育クラブ」を廃止させた責任はどうなっているのでしょうか。県教委は自ら動こうとせずに情報を提供して理想を述べるだけ、あとは地域と学校に丸投げです。長野市のように教育委員会が一律に動きにくい状況では結局学校が動かざるを得なくなるということがよく分かります。こんな進め方では顧問の負担も保護者の不安も増大します。改めて今回の地域移行を進めるには県教委と連係して市町村教委が動くこと、そしてその財政的な保障を国や県が責任もってしていかなければならないことがわかります。

 画期的なニュース
 こうした流れの中で今年になって二つの画期的なニュースが信濃毎日新聞で取り上げられました。一つは2月16日の記事で、長野市では部活動の地域移行に伴い、その受け皿となる総合型地域スポーツクラブの指導者に手当として時給900円を支給するというものです。これまで学校の顧問には休日の部活動手当として3時間程度までですが2700円が県から支給されてきました。これとほぼ同額の手当が市から補助されるのです。しかも中学生以外のクラブ会員への指導にも適用するとしています。つまり、小学生の指導にあたる際にも適用されていくということでしょう。これは画期的です。一方で休日の活動が部活動でなくなれば、今まで顧問に支給されていた県からの休日の部活動指導手当は必要なくなります。その浮いた費用は県はどうするつもりなのでしょうか。地域指導者に対する手当は市町村が負担することでいいのでしょうか。
 もう一つの画期的なニュースは3月15日の記事です。千曲市と隣の坂城町の教育委員会が合同で受け皿を作り、「千曲坂城クラブ」を誕生させたというものです。そして新聞には次のように書かれています。「部活動の教育的側面や保護者が安心して任せられる体制を考慮して、行政主導の受け皿が望ましいと判断したという。クラブの正副会長には両市町の教育長が就き、千曲市教委に事務局を置く」。なんと、地域スポーツクラブの責任者が教育長なのです。これは凄いです。まさにスポーツ庁のガイドラインの「なお、市区町村が運営団体となることも想定される」を実行に移しています。
 
 「行政主導」、「市町村が受け皿作り」が大事である根本的理由
 いろいろな事例が出てきている中で、ここでもう一度部活動の地域移行はどうあるべきなのか、「多様な」に惑わされることなく、行政主導であるべき根本的な理由を確認しておきたいと思います。
 これまで行政(文科省・スポーツ庁・県教委)は、「部活動は学校の教育活動である」と言ってきました。部活動は大事な「学校教育」だったのです。しかし、昨年のガイドラインやそれに向けた答申で、「部活動指導は教員の仕事ではない」と明言し始めました。学校教育として教員がやってきたことをしなくてよくなるのですから、それを地域活動に移すにせよ学校部活として残すにせよ、教員以外の人が指導にあたる枠を行政の責任で作るべきでしょう。文科省・スポーツ庁・県教委は「地域」を管轄する市町村教委に丸投げしたり、民間委託にしていいというものではありません。
 本来なら教員がやらなくていい仕事を、子どもにとって大事なことであるからとして教員がやってきたのです。とすれば行政のとるべき態度として、「これまで先生方にはやらなくていいはずの仕事をさせてきて申し訳なかった。今度はそれを社会教育として引き受けて子どもたちにはこれまでと同じような活動ができるように行政が責任もって進めるから、これからは安心して本来の学校業務に専念してほしい」、と言うべきでしょう。学校や保護者、子どもたちが安心して地域クラブで活動できるように行政の責任で受け皿を作り、指導者には公費で手当がつくようにすべきです。教員がやっていた仕事を別の人が引き受けるのだから、そのための人員を増やし、人件費を出すのは当然でしょう。そういった発想が行政にはあるのでしょうか。
 教員の負担を軽減させるための地域移行なのに、その移行の準備において教員に負担がかかってくるようでは本末転倒です。子どもたちや保護者、地域の要望を聞き取ったり、地域指導者を探すこと、そしてその受け皿としての組織を作ること全てを基本的に行政が進めるべきです。これまで行政は教職員に様々な負担をかけてきました。「学力調査結果の分析をして提出せよ」、「いじめアンケートをとって集計して提出せよ」、「学級の生徒分析から学級経営案を作成して提出せよ」など、次々と教職員の仕事を増やしてきました。それでもこれらはまだ学校教育のことなので仕方ないと思われる面もありました。しかし、今回の部活動の地域移行については教職員の仕事ではないはずです。子どもたちや保護者からアンケートをとったり、それを集計したりすることも教員がすべきことではないでしょう。それらが必要なら県教委や地教委がアンケートを作って印刷し、学校はそれを配って回収するだけ、あとの集計や分析、そして方策をすべて行政が行い、学校職員からはそれに対する要望を聞くだけにすべきでしょう。でなければ当初の目的の負担軽減にはなりません。現在どの市町村でも少子化による学校の統廃合が検討されていますが、その仕事は教職員はしていません。行政がアンケートをとって行政の責任で分析して進めています。部活動の地域移行もこれと同じように進めていかなければ教職員の負担は増えるばかりです。

 さて、部活動の地域移行のおよその方向は見えてきたように思います。行政が責任もって動かなければいけないのですが、それが財政面も含めて市町村教委だけでできるのかという問題があります。では私が今回話をさせていただいたT町ではどうしたらいいのでしょうか? 会場には町教委の職員の方も来ていて切実な声をあげていました。次回、行政はどう動くべきなのかということをお話ししたいと思います。



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