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真冬のトマト【SS】

 夏美は自転車でレンタル農園に向かっていた。今日は2月の下旬だが、空は雪が降りそうなくらい寒かった。

 夏美は野菜を育てるのが大好きで、自宅から2km程離れた農園にほぼ毎日通っていた。夫と息子は彼女の趣味を理解してくれて、時々一緒に来てくれることもあった。  
 
 農園に着くと、夏美は自分の畑に向かった。今の時期は収穫する野菜はないのだが、夏美は畑の手入れを欠かさなかった。草取りや栄養たっぷりの土作りをして、春に収穫する玉ねぎの苗に声をかけるのが彼女の日課だった。  

 夏美は畑の端にあるトマトが目に入った。驚いて二度見三度見をした。トマトは夏の野菜で、冬には育たないはずだ。しかし、夏美の畑には、なぜかみずみずしいトマトが突然成っていた。恐る恐るトマトを手に取ってみた。赤くてふっくらとしたトマトは、まるで夏の日差しを浴びたかのように酸味のあるフルーティーな香りを放っていた。

 「これは一体どういうことなの?」  

 夏美は不思議に思いながら、トマトを少しかじってみた。すると、口の中に広がるのは、甘くて酸っぱくてジューシーなトマトの味だった。夏美は感動してもう一つ、今度は大きな口でトマトを丸かぶりして食べた。

 その時、彼女は隣の畑に人影を見つけた。それは農園のオーナーである畠山だった。シルバーグレイのヘアーと髭、丸メガネをかけた50代後半のイケオジだ。

農園オーナー畠山と夏美

 「あ、畠山さん、こんにちは。」  

 夏美は挨拶をした。畠山は夏美に気づいて、笑顔で応えた。

 「夏美さん、こんにちは。今日も元気に来てくれましたね。」

 「はい・・・でも、びっくりしたんですよ。私の畑にこんなに素敵なトマトが突然成っているんです。」  

 夏美はトマトを見せた。畠山は驚いたように目を見開いた。

 「えっ、これは夏美さんの畑のトマトですか?」

 「そうなんです。でも、なぜこんな真冬に急にトマトがなるんでしょうか?」  

 夏美は疑問に思った。畠山はしばらく考えてから答えた。

 「実は、これは私が仕掛けたサプライズなんです。」

 「サプライズ?」  

 夏美は首を傾げた。畠山は続けた。

 「私は農園のオーナーとして、お客さんに楽しんでもらいたいと思っています。だから時々、面白いことをしてみたりするんです。例えば、真冬にピーマンがなるとか、春にカボチャがなるとか、そういうことです。」

 「うん、ええっ?でも、どうやってそんなことをするんですか?」  

 夏美は興味深く聞いた。畠山は笑って秘密を明かした。

 「実は、これは偽物のトマトなんです。私は農業研究所と提携して、食べる事の出来るトマトのフェイクフードを作りました。それを、夏美さんの畑にこっそり植えてみたんです。」

 「えっ、ホントですか!? それなら、なぜ本物のようなトマトの味がしたんだろう?」  

 夏美は驚いた。畠山はさらに笑って答えた。

「それは、トマトのフェイクフードの中に、ゼラチンで緩く固めたトマトジュースを入れてあるからです。夏美さんがトマトをかじった時に、ジュースが出てきたんです。」

 「リアルすぎでしょ!? それにしても、よくできていますね。」  

 夏美は感心した。畠山は嬉しそうに言った。

 「ありがとうございます。夏美さんには、このサプライズを楽しんでもらいたかったんです。夏美さんは、トマトが大好きですよね。」

 「はい、そうなんです。トマトは私の一番好きな野菜です。」  

 夏美は笑顔で答えた。

 「それなら、良かったです。夏美さん、このトマトをどうぞお持ちください。これは、私からのプレゼントです。」

 「本当にいいんですか!ありがとうございます。畠山さんってすごく楽しい方ですね。」  

 夏美はとてもいい笑顔で感謝した。

 畠山は夏美の手を握って言った。

 「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます。夏美さんの笑顔を見ると、私も楽しくなります。夏美さんは、私の農園のお客さんの中で、一番お気に入りです。」  

 夏美は畠山の言葉に赤面した。

 夏美は畠山から貰ったトマトを急いで自転車のカゴに入れ、俯いたままぺこりと会釈をし、家に帰った。

 その夜、夫と息子に農園であった出来事と真冬のトマトのサプライズ話をした。家族は夏美の話に笑いながらトマトを見たが、夫は

 『 夏美さんは、私の農園のお客さんの中で、一番お気に入りです 』

と言った農園オーナー畠山の言葉がいつまでも頭の中を駆け巡っていた。


ーendー


旦那さんジェラシーです。


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