見出し画像

あの頃君は若かった


心が折れているので、結婚意識がめちゃめちゃ薄い理由について頭の整理をする。


二十歳になるちょっと前、私はバイトの先輩に恋人ごっこをしながらアイデンティティをけちょんけちょんに貶されフラれた。その時(自分らしく振る舞ってフラれるなら本望だ)と心の奥が思った。

同い年の男の子にことの洗いざらいを知られ、「俺ならそんなこと言わない。君のいい所は君らしくある所だ。君の全てを愛したい」と言われ、なんとなく付き合うことになった。私もなんだかんだいって傷心していたのだろう。彼の優しさに救われた気がしたのだ。


しばらく付き合って、彼が就職するだのなんだので私たちの関係もバタついていた。そのバタつきの間にプロポーズをされた。「君が俺を肯定してくれるから俺も生きていける。俺なんかでよければ」。当時から結婚観がめちゃくちゃだったので、このまま結婚するつもりだった。


私は口喧嘩で負けたことがない。男性を泣かせてしまうことも少なくなく、減らず口の理屈屋、ニュートラルに辿り着くまで喋り続ける。

が、彼と喧嘩をしたのは付き合い始めと別れる直前だけだ。

付き合って間もなく、些細なことで喧嘩になった。理由も思い出せない。私はいつもの調子で理屈を溢れんばかりに並べた。すると彼は押し黙り、「しばらく連絡しないで」と一方的にシャットアウトした。

私が心配して数日後連絡を取ると、彼は押し黙った理由を話してくれた。要約すると、"女のクセに、俺より学歴低いクセに、御託を並べるな"だった。私は目眩がする程ショックを受けたが、(優しい彼をここまで追い詰めたのは確かに私だ。少しは口数を減らしてみよう)と自身の性格を見つめ直した。

度々、彼が不機嫌になり押し黙る機会があった。その度に私は少しも謝る気もなく謝った。形式だけでも彼の機嫌が良くなるからだ。程なくして「あれは俺の好みじゃない。」「それは俺がよく思っていない。」そう言われる回数が増えた。我々は知人達の理想のカップルと言われ、私はそう演じ続けた。


「君に貧乏はさせたくないから、ちょっと大変だけど給料のいいところに就職するよ。絶対に迎えに行くから待っててね。」彼はそう言って私のそばから少し離れた。

1人残された私は考えていた。思えば、何故この人と付き合っていたのだろう。

彼が壊れたアイデンティティを治してくれた。だが、彼は治したその手でまた私のアイデンティティを壊そうとしている。人混みが苦手でも、髪の毛を伸ばすのが不得意でも、「俺のためならできるだろう」と言われ従っていた。私も何も疑問に持たず、ただ首を縦に振っていた。


長年のショートカットに慣れた髪の毛が肩甲骨の下辺りに伸びてきた頃、夜中に彼から電話があった。

「仕事がつらい。お前の為に働いてるけどもう辞めたい。逃げたい。俺と一緒に遠くに逃げよう」

混乱した彼をどうにか諌める為、努めて冷静に諭した。「私にも仕事がある。車のローンだってまだ払っている。逃げようったって、住所とか保険証とかどうするの。簡単じゃないんだよ。」と私も少し混乱していたが頑張った。彼は泣きながら続ける。

「どうでもいい。家族も捨てる。だから君も家族を捨てて俺の所に来て。」

「無理だよ。家族も友達も捨てたくない。」

「俺がいるだろ。」

「あなたも大切だけど、あなたしかいないのは違う。私には私の生活がある。」


「どうしてそうやって口答えばっかりするんだよ!」


減らず口の私が、二の句を告げなくなった。ああ、彼はずっと私を見下して生きていたのだ。私は対等に会話していたつもりでも、彼には「口答え」だったのだ。

思えば最初からそうだったのだ。女のクセに、〇〇のクセに、と私を見下しながら所有物のように扱っていた。

私はヒクつく口を堪え、怒りで真っ赤になる目の前を呆然と眺めていたのに、初めての感情に体が勝手に笑い出していた。

「だったら今この電話口で私をお前の思うように動かしてみろ。その度に私の全力を持ってお前の考えを全てのニュートラルを持ってねじ伏せる。お前の言う口答えに勝ってみろよ。トンポリはするなよ。」

私の語気は強まっていったが、彼は泣きじゃくりながら、弱々しい声で呟くように訴えた。

「なんで言うこと聞いてくれないんだよ…」

逆に、何故私は今まで言いなりだったのか。何故そんなトンチンカンなことを受け入れなければならないのか。


ただ一つ、2人とも若かった。"この2人"には、"そうなる"のが早すぎたのだ。


明日も仕事あるから、もう寝るね。と、私は電話を切った。次の日、「昨日はごめんね。仕事いってきます。」と連絡が入っていた。一時の気の迷いとしたかったのだろう。でも、あれが君の本心だ。私はなんて返事をしたのか覚えていない。


その年の瀬、私たちは別れることにした。不思議なことに彼は私の提案を拒んだ。「君が居なきゃ誰が俺を肯定してくれるんだ」と言われた。「じゃあ私が生きたい人生を誰が肯定するの」と言った時、彼は言葉を濁した。

いや肯定してくれないんか〜〜〜〜い。

私はあなたの人形じゃない。肯定し続けるマシンでもない。あなたといる私は私ではない。若くて幼い言葉は最後に彼を傷つけまくった。何年も付き合い、依存しあった我々には新しい場所が必要だと告げ、私の車から泣きながら去って行く彼を黙って見届けた。


とかなんとかドラマっぽい湿った感じで別れた訳だが、晩ご飯には「唐揚げうめー!」とか言いながらおかわりをする自分がいた。M-1を見てぎゃはぎゃは笑っていた。

その年、メイプル超合金がダークホースとして漫才をしていた。カズレーザーは私が思う自由そのものだった。「好きに生きていいんだ!」と全身から溢れているようだった。その姿を見て、涙が止まらなくなった。


以来、私にはパートナーがいない。のらりくらり、たゆたうように生きている。

私の生き方を肯定して欲しい訳じゃない。否定してほしくないだけだ。我儘でもいい。咎める者もいない。

私は誰も否定したくない。

皆それぞれで、皆頑張って生きている。それだけでいいではないか。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?