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【Perfect Ends】第三話

 第30期名人戦、前期C2リーグ第11節。50戦終えて私は120人中32位。上位2名に与えられる12節目での昇級は難しいかもしれないが、上位30名までのプレーオフ進出権はまだ残っている。POで上位6名に入れば昇級だ。C2はこれで3期目。毎回いいところまでは行く。あと一歩が足りない。
 そして今日は放送対局。同卓者に有名人がいるからだ。斎藤光、元モデルで31歳。プロ入りは27歳と遅めだが、一期前でD1を突破した。20代後半でプロ入りした人のD1突破は8年ぶりらしい。
 楽屋で優雅にストレッチをする彼女を眺めながら、私は指先が震えるのを感じる。放送対局は苦手だ。いつもと所作が変わるのはもちろん、見られているという意識が神経をすり減らす。1日5半荘という長丁場でこの緊張は良くない。最後まで持たない。
 しかし自分もプロ。今はまだ日陰だが、いつかは見られる立場になるのを夢見てここに入ったはずだ。気持ちで負けるわけにはいかない。なによりこのC2にとどまり続けるつもりもない。

「葉月さん、斎藤さん。準備お願いします」

 呼ばれて対局室へ向かう。21歳の私、31歳の斎藤、そして残り2人は60代の五十嵐渉と大石賢太。五十嵐は元A級、現在63位。大石は現在89位。この二人は降級=引退だ。既に降級点1を持ち引退が目前に迫っている大石は死に物狂いで勝ちにくるだろう。
 大体麻雀において、死に物狂いは良い結果をもたらさない。場合によってはリターンに見合わないリスクを負わなければならないからだ。しかし、相手にするのは骨が折れる。常に確率を超えた逆転手を放ってくる可能性がある。
  卓について軽いカメラリハーサルのあと本番が始まる。他の三人は自然体だ。雰囲気に気圧されるなと自分に喝を入れる。

「よろしくお願いします」

 4人の声が揃う。対局開始だ。手の震えはなんとか止まった。

 3半荘目終了時点で、身体はすでに限界だった。ここまで1着2着2着。成績上は非常に良い。だが衰えの感じさせないベテラン2人に追われ続ける展開は身に堪える。内容も結果ほど良くない。
 不意にノックの音がする。はい、と軽く返事を返すと

「ゆらちゃーん」

 という妙にねちっこい呼び声が聞こえた。

「ほら、おべんと持ってきたよ」

 高田笑蘭、私の1つ上で1期前まで同じリーグで戦ってた。数少ない友人でもある。今はC1で昇級にあと一歩のところのはずだ。屈託のない笑顔で私に話しかける。

「どうせ何も食べてないんでしょ。夜まで持たないんだから早よ食べて」

 ビニール袋の中には大人用お子様ランチとランチゼリーがある。ランチゼリーに手を伸ばすと、ペシッとされる。

「何を昼ごはん15秒で済まそうとしてる。こっちでしょこっち」

「たくさん食べると眠くなるんだもん」

「寝ても同卓者が起こしてくれるよ、体力切れでパフォ落ちるよりマシだよ」

 多分ランチゼリーはもっと私が瀕死だったら渡す予定だったのだろう。笑蘭はそういう気遣いをする。覚悟を決めて大人用お子様ランチを食べる。21と言えど精神はお子様なので五臓六腑に染み渡る。

「それで彼氏とは最近どうなの?」

 笑蘭が聞いてくる。

「どうって、あ、麻雀始めたよ」

「うそ!アナログゲーム嫌いって言ってなかった?」

「適当に言ってるだけだよ。あれも元はアナログゲームだし。プロ辞めて以降ずっと無気力だったからなんかのきっかけになればと思って、この間のシリーズFINAL連れて行ったんだよ。そしたらなんか響いたみたい」

「あれで響くんだ」

 世間では竜ノ睛が勝てるチャンスを何回も逃して泥仕合になった駄局扱いだ。2位3位の争いなど評価されない。そもそもあのシリーズは第四節くらいには終わった扱いされてる。

「うん。で、一通り最低限のことだけ教えてきた」

「どうなの?やっぱりゲームプロって麻雀の上達早いの?」

「対面の人の捨て牌とあがり牌を見て、配牌を言える初心者ってみたことある?それも3局前のを」

「あるわけないじゃん。対面の人が触った牌全ての移動を記憶してるってことでしょ」

「そう。それをやったんだよねうちの彼氏」

「天才だぁ」

「まあだからちょうどいいし、最強位アマ予選にねじ込んだ」

「ずいぶんと高く見込んでるじゃん。ちゃんと作法教えた?」

「作法だけね」

「え?ルールとかは」

「最低限の役と副露の仕方だけだよ。あと局の進み方もか。まあアマ予選だと得点計算は卓がするし、どうにかなるでしょ」

「いや、勝てないでしょそれじゃあ、いくらなんでも。記念受験にしたって心折れちゃうよ」

「そうなんだよね。これで勝つから意味わからないよ」

「勝つんだ」

 笑蘭がとうとうツッコミモードからドン引きモードに変わった。

「東京予選の1stレグと2ndレグでポイント持ち帰ってるからね。今日の5thレグでポイント圏内入れば、アマ本戦だね」

「えー、教えて数ヶ月でアマ予選勝っちゃうんだ。ははぁ、面白いなぁ」

 流石の笑蘭も顔がひきつってる。一番怖がってるのは私だが。1stレグでポイント持ち帰った日から、怖すぎて一緒に寝るのをやめた。
 お弁当を食べ終わり箸を置く。

「はあーなんか嫌になっちゃうな。私はここで止まってるのに、みんなはどんどん伸びていく」

「まだ悲観的になるレベルで停滞してないでしょ。21でC2なら十分」

「22でB2いきそうな人に言われたくないです」

「まだ行けるって決まったわけじゃないけどね」

「じゃあ私がそっち行くまで待っててくれる?」

「うん。A級で待ってるよ」

 ドヤ顔を見て思わず笑ってしまう。

「やかましい。私より先にAに行けると思うな」

 負けじと言い返す。こんな会話他の人とじゃできない。勢い十分、身の丈把握不十分の今しか言えないことだ。おかげで思い出した。私の目的はC2を抜け出すことじゃない、A級やタイトルを獲得することだ。
 どうりで他の対局者がどうの、放送対局がどうの目の前のことばっか気になるはずだ。

「うん調子戻った。行ってくる」

 笑蘭は満足そうに頷いて送り出してくれる。本当にいい友達だ。今日の対局勝ったら、今度焼肉を奢ってあげよう。

 4半荘目、南3局親が斎藤、南家五十嵐、西家が私、北家大石の場面、私は42,700のトップで、2位の五十嵐とは11,000点差、ここを切り抜ければかなりトップという重要な局面。
 五十嵐からの早いリーチがかかり、躊躇なく安全牌を切っていくも、終盤大石からのリーチが入る。ここまで安全牌しか切っていない大石からの突然のリーチ。困ったことに大石にも五十嵐にも安全な牌が手になかった。何か安全な牌もってこいと念じながら持ってきた牌で、困ったことに私は聴牌してしまった。タンヤオが付き、黙聴で誰からでもあがれるし、待ちも悪くない。
 ぐるぐる瞳を回しながら卓に散らばる情報を回収する私と違って、リーチ者の2人はなにも動きはない。
 プロになって対局を重ねる上で一つ分かってきたことがある。それは大物手ほど何でもないような顔をする人間が多いということだ。自分の手の内を人に悟られないようにする。
 聴牌を取って打ち出される牌は大石のみ通ってない。状況的に競っている五十嵐との点差の方が重要。ここで聴牌を取り切れれば次局の五十嵐の条件は相変わらず厳しい。真っすぐに聴牌をとる。五十嵐も大石もなんの反応も示さない。あと2巡。
 力を込めて持ってきた牌は誰にも当たらない牌。素早くリリースする。あと1巡。
 持ってきたのは、🀇。さっきぐるぐる観察した時に覚えてる。🀈は大石が3回切っていて、残る1枚は私の手の内。そもそも場に🀇は五十嵐の捨て牌含めて2枚ある。こいつは大石の単騎にしか当たらない。きたら切ると決めていた。

「ロン」

 大石からの声。全身の毛が逆立つ。まずい。嵌められた。開かれた手はリーチ、ジュンチャン、三色同順、ドラ。裏が乗ったら倍満で一気に3位まで叩き落される。頼む裏だけは乗るな。目をぎゅっと閉じてお祈りしてしまう。
 めくられた牌は🀓。跳満まで。助かった……。いや助かってはいない。一気に12,000点の失点。五十嵐と並んだ。
 オーラスは五十嵐にそのままあがられ、展開に恵まれながら3半荘連続の2位。歯がゆい。最終半荘は展開にも見放されラスとなった。

 インタビューでは当然🀇放銃のことを聞かれた。あれは、危険を冒すことなくあの手を完成させて、🀇が残り1枚と分かっていながら、より良い待ちになる可能性を捨て勝負に行った大石がすごいのだ。私は悪くない。という趣旨のことをもっと丁寧に喋った記憶がある。

 そうだ、私は悪くないのだ。事前にロッカーに預けた電子機器を取りに向かいながら反芻する。なのになんだ今日の終始恵まれていた手牌からの1-2-2-2-4という煮え切らない結果は。不甲斐なくて涙が出てきそうで歯を食いしばって耐える。最後2半荘はともかく、最初の3半荘から余計なこと考えないで打ってたらもっと良い成績になってたんじゃないのか。
 感情的になってもしょうがない。幸い今日は放送対局で、家に帰ればB1の田中さんの解説を聞きながら振り返りができる。せいぜい活用させてもらおう。

 ロッカーを開けると、キューブロコンが赤色に点滅していることに気づく。shINeの通知だ。赤色は嬉しいことがあったときに送る。2人だけが知っている決め事。不可能じゃないと思っていたけど、まさか……。
 ロコンを開けばメッセージの内容も確認できるが、嬉しい報告は本人から直接聞くに限る。会場を飛び出し、待ち合わせ場所に急ぐ。遅くなったら帰ってていいとは伝えてあるが、多分待っててくれてる。
 駅の東口、私に気づいた岬が大きく手をあげるのが目に入った。

「予選突破したよ」

 あげた手に大きくハイタッチした。二人の手はまだ戦いの熱が残ってるかのように熱かった。

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