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探し物と約束(その2)

今回は、今朝書いた短編小説『探し物と約束』のその2です。大事なレンタカーの予約を忘れる夢を昨日見て思いついたフィクションです。

良ければ一読ください。
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 彼女に言わなけらばならないことがあった。
 来週の土曜日にキャンプに行こうと誘ったのに、レンタカーを取り忘れた。
 そのためにずいぶん言い訳を考えた。
 冗長にならず、気取らず、僕自身の緊張で彼女をおびえさせないように。
 そしてなにより、言葉に思いをのせ過ぎないように僕は話をしたかった。

 彼女と出会ったのは二十四歳の年だった。
 彼女はとても強情なところがあって、時々我慢できずに声を荒げた。

「足りないわ」と彼女はよく言った。

 彼女はよく物を無くした。
 彼女は持っていたはずの物がなくなると心配で、見つかるまで目をくるくると回して探した。
 それに、彼女には取り出したポケットとは違うポケットにモノを入れてしまう変な癖があった。

「なぁ、一つ聞いてくれないか」と僕は恐る恐る言った。
「どうしたの?」
 彼女はいつもの調子だ。

「今週末のキャンプなんだけど、車じゃなくて電車とバスで行かないか?」
 おそらく僕は挙動不審だった。
 右手の甲を自分でつねりながら、彼女の顔を見た。

「どうして?
 車の方が楽じゃない」
「それはそうなんだけど」
「何?
 レンタカー取れなかったの?」

「そうなんだ」と僕は言った。

「うそ...
 どうしてよ」
 彼女は少し感情的になったようだった。
「ごめん」と僕は思い切って謝った。
「いいわ。
 どうせ電車とバスで行きたかったんでしょう?」
 彼女はそう言うと、鞄から鏡を取り出して、いつものように目元を摩った。
 それも彼女の癖だった。

 機嫌が悪くなると目元を気にするのだ。
 彼女は怒るとほんとに目が吊り上がる。
 今回は目が吊り上がってはいなかった。

 きっと彼女が鏡を見るのは、自分が怒っていないかを確認しているのだ。

「だから、荷物を少なめにしようと思う」と僕は言った。
「電車とバスだと、大荷物は疲れるものね」
 彼女は完全に同意した。

「君はバックパックを持っていなかったよね。
 良かったら、小さめのやつがあるからそれを貸すよ」と僕は言った。
「そうね。
 どれか見せてくれる?」と彼女は言った。

 僕は部屋の押し入れから、昔買ったColumbiaの鞄を取り出した。
「3年前に買ったんだ。
 防水だし、キャンプにはいいと思うんだ」
「かなり昔のね」
「そうだね。
 少し汚れているし、使うのはやめておくかい?」と僕は聞いた。
「まだ、わからない」と彼女は答えた。

『まだ、わからない』も彼女の口癖だった。

「もしかしたら、実家に昔の鞄があるかもしれないから。
 なかったらお願いする」と彼女は言った。

 今日の予定はなんだ、と僕は思った。
 次第に彼女にかける言葉がなくなってくる。

 今日はレンタカーを取り忘れたことを謝るんだ。

「レンタカーを取り忘れたんだ」と僕は言った。
「聞いた」と彼女は言った。
「あれ、言ったかな。
 僕は電車とバスで行こうと提案したんだけど」

 これ以上は苦しい言い訳だったのかもしれない。

「あなた、まだわかっていないの?
 電車とバスで行きたかったんでしょう」
 彼女はあきれた様子で僕を見た。

 違うんだ、と僕は思う。
 レンタカーを取り忘れたんだ、と。

『一週間は言い合いをしない』という約束。
 まだ、その約束から5日しか経っていなかった。
 僕がその約束を忘れて何か言い出す前に、彼女から何か言葉が欲しかった。

 少しの間沈黙が続いた。

「...」

「レンタカー無しでも、別に大丈夫よ。
 まだ2日あるわ」と彼女は言った。

 そう、まだキャンプまで2日もあるのだ。

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