I Do Picnic.
今回の短編は、ほんと短い大学生時代の経験を基に書いた恋バナです。
良ければ一読ください。
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彼女に知ってほしいことがたくさんあった。そのためにずいぶん言葉を考えた。一つ一つのセンテンスが淀みなく流れ、音の響きで彼女をおびえさせないように、そしてなにより言葉に思いをのせ過ぎないように僕は話をした。
彼女と出会ったのは二十歳の年だった。
出会ってから、毎日一緒に時間を過ごすようになるまで二週間と掛からなかった。
彼女との時間を僕は軽やかに過ごしたかった。ひとときも重々しくはしたくなかった。それは僕らの共有する夢として、そこかしこに境界を生み出した。
それは夏だった。彼女の体を熱源として感じ、それに温められるとき、僕はよく春と夏、季節の変わり目のことを思った。7月も半ばだというのに、彼女は時々肌寒いと言っていた。
なぜか季節の変わり目が、彼女には感じられないようだった。
でも実際には彼女が先に半袖一枚になって、僕の前に現れた。
ある日、彼女は長かった髪をバッサリと切って、美しいポニーテールの女性として僕の前に現れた。初め、僕は重々しい無力感に苛まれた。
その変化は、僕が想像していた以上に劇的な変化だったからだ。
とても気持ちよく晴れた秋のすずしい朝だった。
一週間ほど寒々とした曇天が続いていて、気分の上向かなかった僕は、その日のうちに彼女と近くの山にピクニックに行くことを思いついた。荷物をバックパックに詰め込んだあたりで、新着のメールが来ているのに気づいた。メールには今日の朝食のメニューが書いてあった。
ほんの気持ちほどのチャイムを鳴らし、外の空気を引き込むようにして彼女が部屋の中に入ってきた。彼女はその朝、いつになく芳ばしい香りを運んできた。
いつになく良い予感がした。
彼女が持ってきたのは薫り高いフランスパンだった。僕はブレッドナイフとバターナイフを取り出して、早速朝食の準備をした。皮の厚い部分にナイフで斜めの線を刻み、切片ごとに広く切り分けた。
彼女はその間に部屋の中を見回して、床に散らばっている洋服や新聞の折り込みチラシを片付けてくれていた。
朝食のあとピクニックの事を話すと、彼女は壁に立てかけてある膨れ上がったバックパックと僕の顔を交互に見て、「今日はどこへも行きたくない」と言った。僕は少しガッカリとしたが、気を取り直して朝刊の残りを読むことにした。
彼女のほうはさっきから床でうつ伏せになって、僕の足首を掴んでいた。とても変な状況だったが、特に支障もないのでそのままにしておいた。
五分と経たないうちに彼女は我慢できずに吹き出して、僕の靴下を引っ張りながら笑い始めた。
そして「ピクニックに行こうよ」と思い出したみたいに言った。
僕はそこで言葉を待っていた。今はやってきてもまるで意味をなさない種類の言葉を、僕は待っていた。
聞こえたのかどうかわからない。とにかくそれは愉快なピクニックだった。
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