オランダ旅行
何年も前の話だ。僕は初めてオランダを訪れた。
目的は特になかった。旅行は好きだが、観光に興味はない。
アンネ・フランクの家もゴッホ美術館も、一緒に旅行に来ていた友達が行きたいというから、ついて行った。
どこへ行っても、その場所にいるだけで、心を動かされることもなく、目に映るのは、美術品でも、歴史的遺物でもなかった。ただ、その前に群がる人だった。
友人たちが観光名所を巡る中、僕はただ歩き続ける。歩き続けて、人の群れに向かっていく。その場所に吸い込まれるように、僕も人だかりの一部になる。
僕はただそこにいるだけでいい。
しばらく観光名所を巡ったら、今度は食事を考える。友達は調べてきたレストランをいくつか提案し、僕は全てにうなずく。
友人たちとの行動が終わり、再び一人になる。人混みから離れ、静かな場所を探すこともなく、ただ歩き続ける。
一人で街を歩く。彼が旅をしている理由もわからないが、彼自身も理由を考えることすらしない。ただ、彼は静かに、淡々と、旅を続ける。
街を歩く中で、たまたま通りかかった小さなカフェが目に入る。外から見ると静かで穏やかな雰囲気が漂っていた。何も期待せずに中に足を踏み入れる。
中に入ると、柔らかな照明と穏やかな音楽が迎えてくれる。ひときわ目を引くカウンターのそばに座り、メニューを手に取る。
何も考えず、ランダムにメニューを選ぶ。注文が出来ると、静かに待つ。
料理が運ばれてきた時、初めて心に湧き上がる感情を感じた。料理の香り、美しい盛り付け、そして味。それら全てが何かを刺激していた。
食事が終わると、心が少しだけ軽くなったような気がした。何も目的を持たずに旅をしている自分に疑問を感じることもあったが、その瞬間、何かが変わったような気がした。
再び外に出ると、夜の街が静かに包み込んでいた。少しの間、街を散策した後、宿に戻る。その夜は、少し心が安らぐ夢を見ることができた。
翌朝、目を覚ますと、新しい一日が始まっていた。今日も友人たちは観光名所を巡るつもりだろう。しかし、僕はまた一人で街を歩き出す。
前日のカフェでの食事のような特別な体験を求めてではなく、ただ歩くことが心地よかった。街の景色を眺めながら、人々の生活に触れることができる。その中で、何か新しい発見があるかもしれないという期待を抱いていた。
街角で偶然見つけた小さな本屋で、興味深い本を見つける。それを手に取り、街を散策しながらゆっくりと読み進める。人通りの少ない路地を歩き、本を読む中で、静かな喜びを感じる。
その日の終わりに、友人たちと再び合流する。彼らが観光名所での体験を話す中で、僕は自分の一日を振り返る。観光地の賑やかさや美しさよりも、自分のペースで街を歩き、見知らぬ本に触れることで得られた喜びが大きかった。
そして、その夜、街のはずれにあるバーに行った。最近はやりの洋楽が騒々しく流れ、人で賑わうその店に、二人組の女の子がいた。はじめは遠巻きに彼女たちを眺めていたが、少し勇気を出して彼女たちに話しかけてみることにした。
「こんにちは。俺、日本から来てて、今旅行中なんだけど、どこから来たの?」
「台湾から来ました。オランダの学校に通ってます。」
彼女たちは目を合わせ、短くはきはきと返答した。
彼女たちとの短いやりとりの後、僕は彼女たちに一緒に飲もうと誘った。彼女たちは少し戸惑った様子だったが、最終的には笑顔で承諾してくれた。
音楽はますます激しくなり、話をするのも、やっとだったが、新しい友人たちと共に飲み交わすお酒はとても美味く、彼女たちはオランダについての興味深い話をしてくれた。
僕も自分の国についての話を交わした。
その晩、彼女たちとの時間は、僕にとってかけがえのないものとなった。初めはただ歩き続けていた旅に、予期せぬ出会いと新しい友情が加わった。
ユウとの出会いは特に印象的だった。彼女の笑顔や話し方、そして彼女が持つ独特の魅力に、僕は心を奪われていた。そして、彼女との会話や共有した時間が、僕の心に深い印象を残した。
彼女との別れの際に、僕たちは連絡先を交換し、近いうちに再会する約束を交わした。その時、僕は自分が彼女に恋をしていることに気づいた。彼女の名前はユウ。台湾から来た、とてもキュートな女の子だった。
その約束から数日後、僕はユウと再び会うことができた。彼女との再会は、初めて会った時以上に心が躍るものだった。彼女は笑顔で迎え入れ、一緒に街を歩き、レストランで、たくさんの話題で楽しい時間を過ごした。
僕らはこの出会いをとても喜んでいた。たった数日だったが、その空白が、ゆっくりと埋まっていくのを感じた。
そんな夜を過ごして、僕らは再会を確信していた。それも数週間の内に。
しかし、現実はそうはいかなかった。
僕らはあの日から、8年間すれ違い、会えずにいた。
それでも、彼女の思い出は僕の心の中に生き続けている。そして、時が経ち、再び彼女との出会いを夢見ながら、僕は歩き続ける。
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