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工場見学。

今回は、昔知り合いと肝試し感覚で行った工場見学を思いだしながら書いたフィクションです。

良ければ一読ください。
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 空は曇っていて、風が強い日だった。
 僕らは適当に昼ご飯を食べて、午後は特に何もやることがなかった。
 だから、僕らは工場に来た。
 工場には以前から来てみたかったのだ。

 彼女は歩きながら、猫の鳴き真似をしていた。

 特徴のない日だった。
 工場の床にはあちらこちらに、静電気を帯びた金属が転がっていた。

 小一時間、誰もいない作業場を見学して、僕らは休憩室に入った。

「ほんとに誰もいないのね」
「今日は祝日だったっけ?」と僕は聞いた。
「違うわ。
 台風が来るの」
 彼女は無造作にその辺に転がっている金属片を手に取った。

「危ないんじゃないかな?」
「ヒリヒリするわ。
 さっき足をその辺の作業台にぶつけたの」
「え、いつだよ?」
 僕は彼女の足を見た。
 確かに部分的に赤くなっているように見えた。

「何かに擦ったのかな。
 赤くなってる」と彼女は言った。
「さっきその辺を歩いている時、物音を立てたね。
 その時怪我したんじゃないかな」
「そうね。
 でも、大きな音じゃなかったでしょう?」

 彼女はあまり心配している風には見えなかった。

「早く洗った方がよくない?
 トイレは途中で見かけたけど」
「そこまで戻れっていうの?
 面倒だわ。
 何か塗薬はないの?」と彼女は聞いた。
「虫刺されの薬ならあるけど」と僕は言った。

 - ハッハハ

 彼女は笑った。

 休憩室から空は見えなかったが、外から風が吹き込んできて気持ちよかった。
 風の強い日なのだ。

 特に何もやることがなかったので、僕は彼女をトイレまで案内しよう、と提案した。
 僕らは工場で二人っきりだし、助け合わなくてはいけない。
 工場の奥にこれ以上進むのは、危険にも思えた。
 奥にどんな機械があって、どんな怖い現場監督が待っているかもわからない。
 工場の途中までは作業員らしい人は一人もいなかった。
 皆お昼の休憩に行って外しているのかもしれなかった。

 トイレに行く道すがら彼女は歩きながら、また猫の鳴き真似をした。

「どうして猫の鳴き真似なんてするの?」と僕は聞いた。
「君が私の声を聴いているか確認しているの」
「きいているさ。
 さっきも同じことをしてたろ?」

 本当に特徴のない日だった。

「ほら見て。
 あそこに猫がいる」と彼女は言った。

 工場の床には訳の分からない形をした金属片が落ちていたが、彼女の指さす猫がどこにいるのか見えなかった。

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