ビア・ライブ
今回の短編は、彼女とライブに行ってみたいなと思いながら書いたフィクションです。
良ければ一読ください。
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彼女とライブに来たのは初めてだった。
僕は昼を過ぎたばかりだというのにビールを片手に列に並んでいた。
6月8日、気温は28度。じめじめとした空気に僕はかなり嫌気がさしていた。
僕は彼女の列に並ぶことへの真剣さに少し驚いていた。
この人の列には幸福人とと不幸な人がいると、僕は思った。
こと、右斜め前に立ち空を仰ぐ若者など、表し難いほど苦い顔をしている。
(僕は『困ったことでもありましたか?』という彼への言葉を飲み込む)
「ここでただ待ち続けるのはどうかと思う」と僕は言った。
「何言ってるの?ここで待たなきゃ、あれに乗れないじゃない」と彼女は言う。
僕が言うべきか少し迷ってから、斜め前の若者に順番を譲るべきではないか、と彼女に提案する。
これを提案するのは非常に辛かった。なんせ、彼女は一刻もはやくライブ会場に入りたがっていたから。
そして、先着300名しか乗れない「お神輿記念撮影」というアトラクションに一刻も早く乗りたがっていたから。
「今、僕の片手に持つビールは孤独によって成り立っている」と僕は思い切って言ってみた。
「なによ、突然。ビールは麦とホップとプリン体で成り立っているじゃない」と彼女はイライラしながら言う。
「いや、つまりさ、この人の列には幸福な人と不幸な人がいるだろ。
でも、僕は幸福でも、不幸でもないんだ。
すこし寂しい気がするだけなんだ」と僕は我慢できずに言った。
「あなたには、物事をちゃんと分けて考えることはできないだけよ。
だから、あなたは寂しいの。
今日だってこの列に並ぶのが嫌なだけでしょ。
雨がくるわ」と彼女は苦々し気に言う。
「列に並ぶのは疲れる、と僕は思う」と言った。
彼女がさっきから空を仰ぐ斜め前の若者を気にしているのは知っていた。
彼は「幸福」ではない、と僕は思う。
でも、もしかしたら不幸でもないのかもしれない。
「僕が悪かったよ。だからそんなに機嫌を悪くしないでくれよ」と言った。
彼女はまだ許せない、と言った感じで僕の方を振り返って、
ッチ、と舌打ちをした。
幸福とは人生そのものである。幸福である時、それは同時に不幸でもあり、また孤独でもあり得る。
ちょうど、ビールが麦とホップとプリン体で成り立っているように。
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