権力者はスマホを持つ夢を見るか?(近未来SFでは、スマホ未確認の謎)

漫画「鉄腕アトム」しかり、
映画「ブレードランナー」しかり、
携帯電話の機能を持つもの
(スマホ的なもの)は登場しない。

村上春樹の小説に、
携帯電話が出てこない、
とは明らかにレベルが違う。

物語の舞台は、
現代ではなく、近未来なのである。

映画「ブレードランナー」の設定は2019年。
宇宙進出が進み、
車も空を飛ぶ時代(設定)なのに、
スマホ的なものは出てこない。
電話ボックス的なものが健在だ。

今現在、意識的に維持しないと、
消滅の危機に瀕する電話ボックスは、
今後、リバイバルを迎える
ということだろうか。

Q.近未来SFでは何故
スマホ的なものが存在しないか。

A.その必要性を感じないから

現実とは、
予想を(想定外の方法で)裏切り続けるもの
だとしても、
スマホ的なものが存在しない近未来は、
我々に、とても奇妙に映る。

必要は発明の母」であるように、
必要性を感じるもの、
人間の欲望に基づくものが、
(現実でも、想像上でも)創られる。

近未来SFで想像(創造)されないものとは、
作者の興味・関心がないものだ。

つまり、
スマホ的なものが登場しないのは、
作者の想像力の限界を示すものではなく、
スマホ的なもの(機能)を重要視しない、
という作者の認識を示すものであろう。

Q.スマホ的なものに何故
興味・関心がないか

A.意思がトップダウンで伝わるから

情報は自動的に得ることが可能で、
(相手が報告にやってくる)
知りたい情報を得る手段を持ち、
(誰にでも、何でも、聞くことができる)
自分の意向は常に確認され、
自分の意見は相手に難なく伝わる

もしくは、
相手がどうあろうとも、
自分には何の影響懸念もない。

そんな環境にいる者は、
超プライベートで、小回りが効き、
コミュニケーションを拡張する、
双方向性の通信機器は不要だろう。

もしかしたら、
対等なコミュニケーション自体を、
求めていないのかもしれない。

◼️未来を想像する者

上記は、個人的な私見である。

権力者寄りの強者視点を持つ者は、
スマホ的なものの機能に関心が薄く、
その必要性を、さほど感じていない。

だから、彼らが創る物語には、
スマホ的なものが不在なのだ。

私はそう考え付いた。
(その可能性もある、と考えた)

そして、
無性に居たたまれなくなる。

彼ら(漫画家や映画監督、小説家)は、
強者(影響を与える側)といえども、
一般庶民寄りの強者視点でもって、
我々の立場を理解した上で、
共感を示し、感動を与えてくれる。

そう信じて疑いもしなかった想いに、
疑念を感じ始めたからだ。

◼️未来を創造する者

権力者寄りの未来しか描けない世界には、
争いや労働から解放されない未来を垣間見る
以上の、虚しさを感じる。

「空を、自由に、飛びたいな~」
と口ずさんだら、
「ハイ、制空権!
と返される、そんな空しさだ。

未来を夢見るとは、
利権の維持・拡張を願うことではなく、
理想やそれ以上の何かが
社会の中でまともに機能をすること

を願う行為であるべきだ。

そのためには、きっと、
うんざりするほどの対話が必要とされる。

対話の方法や、その仕組みは、
今現在に毛の生えた程度では不十分だ。

近未来SFにおける
コミュニケーション手段は、
あり得ないくらい斬新であってほしい。


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