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冬泥棒 #短編小説

「今年はいつんなっても木枯らしが吹かないねぇ」
団子屋の女将が言った。言われてみりゃもう12月だ。
「まぁ団子屋は秋が終わっちまえば、もう年越しみたいなもんだけどさ。餅は餅屋って言うからね、あっちにお任せするよ」
笑いながら、自虐的に吐き捨てる。こっちにゃ餅屋と団子屋の違いがわからねぇ。
「しかし女将よ、木枯らしが吹かないんじゃ冬が来ないんじゃあないのかい」
「そうだねぇ、そう言やカレンダーが10月から先にめくれないんだよ。アタシがババアだから乾燥してめくれないのかと思ってたんだけどさ」
また笑いながら言った。
「そいつぁてぇへんだ。このままじゃ冬は来ねえし年も越せねぇ」
「お年玉せびられなくて良いけどねぇ」
女将は笑っちゃいるが笑いごっちゃない。焼き団子に食いつき熱々の煎茶で流し込み、一旦家へと戻る。

「こりゃまいったね」と部屋で一人ぼやいた。やはりカレンダーは10月からめくれやしない。一体全体どうしたもんだととりあえずまた部屋を出た。

考え事をしようとしたら、腹の虫がグゥッと鳴きやがる。団子だけじゃ足りないよと腹が言ってら。こっちゃ頭に用があるんでぃと思ったが、何をするにも空腹にゃ敵わない。借りぱなしのチャリンコ飛ばして、いざ商店街へと走る。

チャリンコ乗って感じる風も、どうにも生暖かく、冬らしさを感じられない。

「大将よぉ、冬が来ないなんてこたあるかね」
「そりゃ氷河期があったぐれぇだ、逆があっても不思議じゃねぇな」
「なるほどそういうもんかい」
「万事そういうもんだろう」
「それにしても大将、メンチもうめぇがこの新作の帆立クリームコロッケってのはたまらないねぇ」
帆立が丸ごと一個入ってる、大将らしい豪快な逸品だ。
「おうよ。でもよ、帆立の旬は夏と冬だからな。冬が来りゃもっとうめぇぜ」
「そうかい、そうなるとことさら冬が来ないのは一大事だね」
「まーな、どっかで道草食ってんじゃあねーか」そう言って大将ガハハと笑う。「馬じゃああるめぇし、木枯らしは草なんざ食いやしねぇよ」と言ってやり、土産にコロッケ二つ買って店を出た。

「道草ねぇ」と呟きながら、調べものをするために図書館へ。

「自転車」
受付の黒縁眼鏡の兄ちゃんが、こっちを見るなり呟いた。三文字。
「おうおうわかってらぁよ。その為に来たんじゃあねぇか」
「嘘」
一文字。間違いねぇが、失礼しちゃうね。
「ところで兄ちゃん、冬のこと調べてぇんだが…、あぁそういや春と一緒に並んでたな」
春泥棒のミヨちゃんを思い出す。またミヨちゃんの仕業じゃあるめぇな。
「冬はちゃんとあるから」
兄ちゃんが眼光鋭くこっちを見て言う。こっちゃ何も口に出してねぇんだがな、心まで読めるのかい。

実際冬図鑑はあるべき棚に収まっていた。冬ねぇ、冬、冬。しかし図鑑で調べてみても、糸口になるようなことは書いちゃいない。

「なぁ、冬が来ないのは困るよな」
黒縁眼鏡の兄ちゃんに声をかける。
「別に」
なんでいどっかの女優さんかよ。二文字。
「クリスマスがない」
「ん、どういうこった」
こっちが聞くと、兄ちゃん棚の方を指差した。確かにクリスマスの本がいっさいがっさい借りられてらぁ。
「ありゃあもしかして…」
「ミヨ」
こっちが言い切る前に言いやがんの。呼び捨てはねぇだろ。二文字。
「ちゃん」
付け足しやがったよ。なんなんだ一体。
「ミヨちゃんが全部借りてるってぇこったな」
「そうら」
『ら』が気にはなるが、とりあえずそういうことらしい。

チャリンコ飛ばしてミヨちゃんちまで全力疾走すること30分。2駅分の距離はまぁまぁしんどい。息を整えインターホンを鳴らす。
「どちら様ですか」と老婆の声。「冬泥棒さんはこちらですか」と問うと、「あぁアンタかい」と家に招き入れてくれた。
「ごめんなさい」
こっちの顔を見るなりミヨちゃん謝った。部屋にはたくさんのクリスマスの本が積み重なっている。
「もうしないって約束したじゃあねぇか。どうしたんだい、何かあったのか」
訳もなくこんなことする子じゃねぇんだ。
「毎年冬はクリスマスがあるけど、今年はウチにはサンタクロース来ないんだって。ママとパパに言われたの」
なんでぃ、こっちゃ生まれてこの方サンタが来てくれたことなんかねぇっつんだ。時代が違うってことか。

老婆が言うにゃ、両親とも忙しくてクリスマスも休めそうにないのと、ミヨちゃんが悪戯した時にそういう風に叱られたんだそうな。

「なるほどなぁ。でもミヨちゃんよ、こんなことしたら、余計にサンタなんざ来てくれやしねぇからさ、頑張って一緒にこの本返しに行かないかい」
「うーん、仕方がないなー」
仕方がないときた。まぁ小学生になったっつってもまだまだガキンチョだ。しゃーねぇや。
「じゃあよ、ばーちゃんミヨちゃんチームとこっちで競走だ。多く返せた方が勝ちな」
「ミヨ負けないもん」
「アタシも負けないよ」
アンタは良いんだよ。

当然こっちが負ける算段だ。2時間かけてゆっくり返して回り、ミヨちゃんちに戻る。

「お、ミヨちゃんもう全部返せたのかい」
部屋にはもう本は残っていない。
「うん、頑張っていっぱい返したよ」
無邪気な笑顔がいいね。全部自分で借りたんだけどな。
「アタシも頑張ったよ」
アンタは良いんだってば。ま、ありがとよ。
「よっしゃ。じゃあミヨちゃんよ、本当にもうやりなさんなよ。約束だぞ」
四季をすっ飛ばされちゃ困っからな。
「うん」
指切りをしたミヨちゃんの手は、小さくてツルツルで、そりゃあ可愛いかった。

それから老婆だけを呼び、話をした。どうやら御両親、端からなんとかクリスマスパーティはやるつもりなんだと。なんだい人騒がせな。「何か困ったらいつでも言っとくれ」と伝えた。たぶんもう大丈夫、クリスマスも年末もいつも通りに来るだろ。

「バイバーイ」とミヨちゃんに手を振られ、良い気分でチャリンコにまたがる。肌に触れる風の冷たさは、冬の訪れを感じさせるものだった。こいつぁたぶん木枯らしってこったろ。なぁお天道さんよ。

翌朝目を覚まし、窓を開けると外の空気はすっかり冬のそれだった。カレンダーも普通にめくれ、何事も無かったかのように12月を迎える。

「よぉ大将、寒い日は揚げたてのメンチがたまらないねぇ」
「アンタ夏場も「暑い日は」って言ってたんじゃねぇの」と言い大将ガハハと笑う。追加に帆立のクリームコロッケと、食後はやっぱり団子だね。

さぁ、もうすぐ年末だ。

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