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パイロン兄弟

 かつてパイロンを被ると別次元に行くことができるというウワサが学校中で広まった。
 いかにも小学生というのはなんでも興味を持ってしまうので、学校中のパイロンというパイロンは消え、気づくと皆、赤いとんがりをぶかぶかに被って授業を受けるようになっていた。

 さながら魔法使いのようではあったけれど、当然別次元になど行けるはずもなく、先生達はカンカンに怒り、遂には全校集会で校長先生が
「パイロンを被る者、この先給食に揚げパンがある場合、コッペパンに差し替えます」
と穏やかな口調で衝撃的な内容を言い放った。

 給食は僕たち小学生にとって、つまらない授業の中のひとつのオアシスだ。
 甘いカレー。
 少し凍ったムース。
 伸び切ったところが美味しいパスタ。
 サイコロ型の鯨(らしい)の竜田揚げ。
 牛乳をチョコレート味に変えてしまう魔法の粉。
 そしてなんといっても揚げパンなのだ。
 立派な大人になっても、シンプルな砂糖のついたツイストドーナツが好きなのは、きっとあの頃初めて食べた揚げパンが忘れられないからだろうと思う。(これは父のことだけれど)

 言うまでもなく、次の日にはあっという間にパイロンはもとあった体育館横に戻された。
 あんなに沢山動き回っていた赤いとんがりは、今や体育の時間に風通しで開ける鉄の扉の隙間からちらりと見えるばかりで、僕はその光景がなんとなく寂しいように感じられた。


「要はさ、みんな、その程度だったってことでしょ」
 少し大人びた口調でテミーが言う。

 テミーは僕の家の真ん前に住んでいて、登校班と、帰る時も一緒だった。
 初めて会ったとき、テミーは自己紹介で「フランスと日本のはんぶん」と言った。
 そのフランスの部分なのか、テミーは金色の月のような目をしていた。肌は僕より白くて、髪も少しだけブロンドがかっていた。
 僕からすれば、パイロンを被るなんかよりも、その金色の目で見つめられる方がずっと別次元のように感じられた。
 加えていつも大人びていたので「実は小学生のふりをしているだけなんじゃ」というSFまがいなことも考えたほど、テミーといると不思議な気持ちになるときがあった。
 だけど。

「だけどさ、」
 僕にはずっと気づいていることがあった。

 僕とテミーは似ている。
 夕方が好きだからよくこうして放課後居残る。
 給食で出る動物型の嫌な匂いのチーズはこっそりコップ袋の中に入れて持ち帰っている。
 牛乳瓶のキャップは集めない派だ。
 登校班リーダーは僕だけれど、横断旗はいつも一日交代制で持っている。

 僕とテミーは似ている。
 あのパイロン騒動があった1年前、僕は赤いとんがりを目で追うしかなかった。
 本当は誰より被ってみたかったのに。
 だから今でもつい、体育館横の鉄扉の方を見てしまう。

「だけどさ、?」
 テミーが僕に聞き返す。
 金色の目にほんの少し赤色が混じっている。

 決行日は決めていた。
 満月の出る夜がいい。

C.Heath

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