夜分

 たった一滴、たった一滴のしずくが落下し、弾け、そうして波紋を生んだだけで、目玉の薄膜は呑まれて溺れ、すべての色は緩み、輪郭からにじみ出て、はみ出たものは反転し、平べったい音からは、塩素のにおい、塩素のにおい。

 髪を掻き上げれば、真っ黒はすべて、お風呂場の排水口に詰まったあのとろみとなり、ぬめりの臭味が枕を底から持ち上げて。揺れる揺れる、色という言葉だけが。

 手を伸ばせば、舐められる。網戸に引きちぎられ、ミンチとなったあの、山風に。肌は凍てつき、関節のがりがりと削れる響きが、吹き降ろしと層を成し、けれど、それを破っていくのは、二つ目の珠。扉も壁紙も、ぶよぶよと剥がれ、三日月包んだレースカーテンの繊維は腐り、降ってく降ってく、波紋が硬く、やわらかく。

 けれど、口内でうめく、熱とべたつき。それだけは、溶けず、消えず、凍らずに。糸を引きながら、確かに、そこに。

                               (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?