「原稿用紙二枚分の感覚」 結果発表

 応募してくださったみなさん、そして応募作を読むという形で参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました。結果発表を行いたいと思いますが、その前にまず、応募作全体の総評を行いたいと思います。また、今回の記事を読む際は、以下の記事をそれぞれ参考にしてください。



全体の総評

 今回、事前にお伝えした通り、五感と自然描写と動作のみで書かれた掌編を、みなさんには求めました。視覚や聴覚、あるいは登場人物の周囲にある物、人工物、自然、そして動き。それらだけで紡がれた小説です。のみ、だけ、というのが重要で、これら以外の表現があった場合、基本的にはどうしても引っかかりました。もちろん、それを無視させてくれる「何か」があれば、話は変わってきます。

 求めていたのは、生きた人間の描かれてある掌編です。感覚と動きだけでどこまで描けるか。それが、知りたかったことでもあり、それらだけで人間(ないし何らかの存在、対象)を紡いでいただくことを、みなさんには求めていました。あれこれ評価項目を設けてはいましたが、五感と自然描写と動作だけで、生きた人間ないし何かしらの存在が描かれてあると感じられれば、採点上は高い数字になっています。評でもそうなっています。ですから、物語性や技術、仕掛けなどは、単体では一切評価していません。今回の催しに関して言えば、それらはすべて、人間(ないし何らかの存在)という土台があってこそのものです。人間という土台がない状態で、技術なり仕掛けなりが置かれてあったとして、それらに比重を置いていない以上、およそ惹かれません。もっといえば、強烈なストーリーや圧倒的な技術、巧みな仕掛けなどは、今回、一切求めていません。心理描写を排したうえで、人間が細緻に描かれてあれば、それだけで構いませんでした。もちろん、人間が描かれてあるうえで、物語や技術がしっかりと自立していれば、より惹かれました。なお、こちらが作者の方の意図に気づけなかった場合もあるかとは思いますが、その事実をどう捉えるのかは、作者の方の自由であること、お伝えしたいと思います。この人は読めてないな、と考えるのか、どうして伝わらなかったんだろうと考えるのか。それは、作者の方が判断する事柄です。仮に意図に気づけていなかったとしても、それはあくまでも、一読者として、作品と向き合った結果です。こちらの意図通り読めてないやつの感想なんていらない、価値がない、役に立たない。そう思うなら、それはそれで、なんら問題ありません。ある感想をどう扱うかは、作者の方の自由であると考えています。

 ところで、評では基本的に、説明しないで描写してほしいと述べました。AとBは恋人だった。この腕時計は東京で買ったものだ。この万年筆は伯母の遺品だ。過去にこういうことがあって、今はこうなっている。例はいくらでも挙げられますが、今回、こういった文章とよく出逢いました。ある対象の、その外形には映っていない情報を、むき出しのまま伝えることが説明です。たとえばある腕時計をいくら眺めても、どこで買ったか、あるいはいくらだったか、どんな思い出があるのかなどは、普通分かりません。分かるのは知っている人だけです。その、分からないことを直接的な形で伝えてくる文章が説明です。

 ですが基本的に、説明はしないでほしかったと思います。描写ではないからです。五感でもないし、動きでもない。それはただ、何かしらの情報を、右から左へ流しているだけに過ぎません。そこに心情は、迫ってくるものは、基本的には載っていません。載せることも可能ですが、その場合、それは心理に関する直接的な描写という色合いが強くなります。今回求めていたものとは違います。仮に説明するなら、それなりの理由か、それを支える「もの」を、あるいは無視させてくる「何か」を感じさせてほしかったと思います。そもそも、制限はたったの八百字です。その八百字の多くが説明だったら、それはもうあらすじかプロットか設定です。何とかは何とかだった、こうなっているのはこうだから、だけでは、伝わってくるものが薄いです。情報をただ伝えられても、そうなんだね、そうなの? で終わってしまいます。残るのは了解、頷き、あるいはハテナだけになってしまいます。もちろん、そういった形で構成されてある小説があっても構いません。今回は描写を重視しただけの話です。ただ今回、掌編の説明会を受けにきたわけではない、ということです。五感と自然描写と動きを重視していることは、事前にお伝えしていました。というより、それが今回設けた制限の核です。

 同時に、「説明調」の文章も多かったように思います。たとえば動作が大雑把だと、どうしても表現に説明的な色がつきます。Cは走った。Dは叫んだ。こういった描写は、どうしても説明臭いです。具体的にどう走ったのか、どんなふうに叫んだのか、描いてほしかったように思います。細緻な動きを求めていたので。ただし、説明調でも気にならない「何か」を持っている掌編や、逆に全体が説明調であるからこそ生きている表現にも出逢いました。説明調であるなら、やはり「何か」がないと、どうしても目の粗い表現に見えてしまいました。走り方一つ取ってみても、その種類は無数にあります。そこが表現されていないのであれば、基本的には、今回求めていた編まれ方ではないと判断せざるを得ませんでした。およそ内面と背景のすべてを、五感と動きに忍ばせてほしかったです。みなさんに求めたのは、そういうことです。説明は、どうしても気になりました。説明調も、それを無視させてくれるもの、あるいは説明調であるべき、こちらが納得できる「何か」を求めました。説明は、描写ではないからです。説明は、基本的には簡素な技術です。表現としては素朴です。繰り返しますが、それが悪いと言っているわけではありません。説明で構成された小説が存在していたとしても、なんら構いません。ただ今回の催しの制限上、説明だと厳しいものがあった、と言いたいだけです。動きや感覚を描いてほしかったからです。そして、説明調の掌編(たとえば過去を題材にした、回顧的な掌編。過去形が主体になるので、文章が説明っぽくなりやすいです)でも、その説明調が気にならなくなる文章は、つまり生きた人間のいる作品は、確かにありました。

 説明だと、伝わってくるものが薄いので(情報しか伝わってこないので)、何かを伝えたい場合、多くの説明を積み上げる必要が出てきます(あるいは心理的な描写とセットでなければいけません)。ですが、原稿用紙二枚の掌編で、それは厳しいのではないでしょうか。たかだか数百字の説明では、どうしても色がつきにくいように感じます。先ほども述べましたが、あらすじや、設定の公開にしか見えなくなる可能性が高いです。

 また、細部の描写が気になる掌編もありました。些細な単語が全体の空気感を乱している文章もあれば、全体を通して丁寧な描写が続いていくにも関わらず、抽象的な単語ないし文章で、肝心な部分を表現し、こちらに多くを丸投げしてくる文章もありました。基本的には、細緻に描写してほしかったと思います。抽象的な表現を用いるのなら、納得のいく理由なり、それを無視させてくれる「何か」がほしかったです。強調、心の乱れ、ある一文の存在、題名、語り手、文体、抽象性によって総体の輝きが増している。別に何でも構いません。とにかくほしかったように思います。それまでしっかりと描写されていたのに、突然中身のない単語や形容が浮いてくると、どうしても目につきます。

 また、ただただ五感と動作だけで書かれてあった文章もありました。ですが、それだけでは惹かれませんでした。内面が映り込んでいてほしかったからです。五感と動作と自然描写だけで「どこまで」描けるか、ということが知りたいわけですから、動きを追っている「だけ」の文章は、五感であちこち塗っている「だけ」の文章は、どうしても引っかかりました。感情や思考のにおいをもっと。そう思う文章もありました。しつこいようですが、人間(ないし何らかの存在)が描かれてあってほしかったです。

 それから、整った文章、読みやすい文章もたくさんありました。言い換えるなら、文章が上手い、と多くの人に評されるものでしょうか。そういったものであればあるほど、細部の表現の、ふわっとした感じが気になりました。僅かな荒さや雑さ、粗さが目につきました。隅のほうに置かれてある単語の抽象性に引っかかりました。半端な整いには理由を、それを下支えする「感じ」を求めました。その半端さが特定の何かを強調しているように見える、でもいいですし、語り手の乱れによって、でも構いません。何でもいいのですが、とにかく「何か」を感じたかったです。なまじ整っているばかりに、読みやすいばかりに、上手いと評されるものであるがゆえに、細部が原因で総体が歪んでいる。そんなふうに感じる文章に、今回出逢いました。細部が変にふにゃふにゃしていると、結局、上手いと評されるような部分もまた、色あせてしまうように思います。

 文章のなかに、解説的な一文が置かれてある掌編もありました。全体を解説するような直接的な説明、一文は、基本的には求めていませんでした。示したいことがあるなら文章全体か、あるいは動作や五感に忍ばせておいてほしかったように思います。(とりわけ最後に)説明なり解説なりをされると、それまで積み上げてきたものに(あるいは積み上げているものに)、極彩色がべったりとつきます。すべてが崩れかねないので、ぽんと置かれたような解説には、受け入れがたいものを感じました。深みも広がりも、すべてなくなってしまいます。実際、それまでの印象が完全に変わってしまった掌編もありました。自分はこんな掌編です(でした)、という自己紹介まがいのことを作品に始められると、余韻に浸れなくなってしまいます。五感と自然描写と動きだけで、どこまで描けるか。それが知りたかったことである以上、掌編の核をたった一文で解説されても、基本的には惹かれません。こんな物語でした、という終わりの挨拶は、掌編から香気を奪いかねません。表現方法としても簡易です。簡易だから悪いと言いたいのではありません。伝えたいことや意図は、今回、八百字すべてで表現してほしかったということです。ぽんと置かれてあるようにしか見えない表現は、どうしても気になりました。

 また、人間が不在の作品もありました。正確には、その内側が感じられない人間、でしょうか。その場合、いかに完成度が高かろうと、技術的なものが用いられていようと、仕掛けがあろうと、作品や個々の表現が何かの隠喩になっていようと、すべてが軽く、またふわついて見えます。掌編から軽さが漂った場合、その瞬間から、迫ってくるものがなくなります。読後に何も残らないか、残っても情報だけか、あるいはただただ楽しい(関心する)だけ、ということになってしまいます。いかなる技術も、そこに人間がいなければ、どうしても白々しく見えがちです。今回は人間の存在を求めていましたので。たとえば、場面転換や、意図的な空気感の乱れ、名前や小物による雰囲気の演出ないし隠喩的意図、などがそれです。そこに人間なり、描かれてあるもの特有の実感なりが存在しないにも関わらず、ただ技術だけであれこれ表現されていても、およそ感じられるものが少ないです。技術を拝見したかったわけではないからです。だったら飾らず、ただただまっすぐ直情的に書かれてある言葉のほうが、ずっとずっと迫ってきます。技術しか見えない作品は、今回の制限からすると、どうにも味気ないです。今回、五感と自然描写と動きによって紡がれた「人間」を求めていました。技術や仕掛けなるものは、そのあとの話です。ただ技術や仕掛けが前に出ているだけの掌編は、掌編として、どうしても痩せているように見えました。物語、ということに関しても同様です。物語る前に、まず人間を描いてほしかったように思います。もちろん、動物や植物でも構いませんが、とにかく、核となる存在の呼吸を、聴かせてほしかったように思います。そうでないと、掌編が技術やお話の、あるいは仕掛けの、隠喩の、展覧会になってしまいます。そして、今回のような制限を通して小説を読んだ場合、技術やお話を単体で見せられても、基本的には惹かれませんでした。

 個別の評を含めて、これまであれこれ述べてきましたが、紡がれてある五感と自然描写と動作から、およそ人間が感じられさえすれば、今回は強く推しています。点数も高くなっています。評価基準を複数設けはしましたが、要約すれば、ただそれだけのことに過ぎません。

 総評は、以上になります。


結果発表


 これより、応募作の点数を公表します。順番は、評をお返しした通りになっています。採点結果に関してですが、合計点と各評価項目の点数を記載しています。

 01 むつぎはじめ 『殺景。ふたり。』 61点
   1.  17点   2.  13点 
   3.  10点   4.  06点
   5.  12点   6.  03点 

 02 天方 響 『有明の月』 無評価

 03 千本松由季  『ゴーストのモンタージュ』 59点
   1.  20点   2.  10点
   3.  17点   4.  02点
   5.  10点   6.  00点

 04 タイラダでん 『人々の祈りを、力に変えて』 77点
   1.  20点   2.  10点
   3.  20点   4.  13点
   5.  14点   6.  00点

 05 サトウ・レン 『それは幽かな』 59点
   1.  10点   2.  10点
   3.  20点   4.  09点
   5.  10点   6.  00点

 06 辞退
 評の公開後、作者の方が作品を削除されました。ご連絡などございませんでしたが、辞退されたものとこちらで判断致しました。

 07  優まさる 『観覧車が見える。』 91点
   1.  20点   2.  16点
   3.  20点   4.  13点
   5.  17点   6.  05点

 08 おべん・チャラー 『カレーの日』 無評価

 09 slaughtercult 『山伏神幸小噺』 48点
   1.  15点   2.  03点
   3.  10点   4.  10点
   5.  10点   6.  00点

 10  siv@xxxx 『どないもならへん』 110点
  (字数制限により、合計点から2点減点)
   1.  20点   2.  19点
   3.  20点   4.  15点
   5.  18点   6.  20点

 11 智春 『鳩サブレー缶』  60点
   1.  20点   2.  16点
   3.  07点   4.  07点
   5.  10点   6.  00点

 12 ディッグアーマー 『そのあぎとが見えるか』 60点
   1.  20点   2.  13点
   3.  10点   4.  09点
   5.  08点   6.  00点

 13  アセアンそよかぜ 『離陸』 58点
   1.  20点   2.  13点
   3.  10点   4.  00点
   5.  10点   6.  05点

 14 ジョン久作 『約束事』 63点
   1.  20点   2.  13点
   3.  10点   4.  10点
   5.  10点   6.  00点

 15  富丘ジョージ 『不望』 106点
   1.  20点   2.  13点
   3.  20点   4.  16点
   5.  17点   6.  20点

 16  南葦ミト 『僕らは歩いていく』 107点
   1.  19点   2.  19点
   3.  20点   4.  12点
   5.  17点   6.  20点

 17 七屋糸 『次に別れるときは「またな」って言うよ』 92点
   1.  20点   2.  18点 
   3.  20点   4.  14点
   5.  20点   6.  00点

 18 プラナリア 『最初の晩餐』 63点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  11点
   5.  12点   6.  00点

 19 きゆか 『午前4時半、川を歩く』 63点
   1.  20点   2.  13点
   3.  10点   4.  07点
   5.  10点   6.  03点

 20  azitarou 『パブリック・ギャングスタ』 51点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  01点
   5.  10点   6.  00点

 21 海亀湾館長 『ルンナは夜明けまでに』 117 点
   1.  20点   2.  20点
   3.  20点   4.  17点
   5.  20点   6.  20点

 22 See May Jack 『海のそばで一人』 53点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  03点
   5.  10点   6.  00点

 23  里場 『夕暮れの街中にて』 63点
   1.  20点   2.  13点
   3.  10点   4.  10点
   5.  10点   6.  00点

 24  町村紗恵子 『立ち尽くす女』  105点
   1.  20点   2.  17点
   3.  17点   4.  14点
   5.  17点   6.  20点

 25 アキ 『めぐるドードー』 無評価

 26 しゅげんじゃ 『太郎の居る世界』 52点
   1.  17点   2.  13点 
   3.  10点   4.  04点
   5.  05点   6.  03点

 27  夏川冬道 『冷凍オートマター』 55点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  05点
   5.  10点   6.  00点

 28  28 小説工房わたなべ 『お弁当』 53点
   1.  15点   2.  13点
   3.  06点   4.  06点
   5.  13点   6.  00点

 29 高野優 『目覚める前もずっと暗い』  無評価

 30 青樹ひかり 『愛。』 109点
   1.  20点   2.  20点
   3.  17点   4.  13点
   5.  19点   6.  20点

 31  亀山真一 『この道を進む』 25点
   1.  20点   2.  00点
   3.  05点   4.  00点
   5.  00点   6.  00点

 32 umaveg(うまべぐ) 『アスファルトの上の陽炎』 35点
   1.  20点   2.  05点
   3.  05点   4.  00点
   5.  05点   6.  00点

 33 たなかともこ 『長い髪』 35点
   1.  10点   2.  10点
   3.  10点   4.  05点
   5.  00点   6.  00点

 34 もちちべ 『色は廻る』 114点
   1.  20点   2.  19点
   3.  20点   4.  18点
   5.  17点   6.  20点

 35 たちかぜさん 『Rainy night』 52点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  05点
   5.  07点   6.  00点

 36 摩部甲介 『友情よ今いずこ』 35点
   1.  20点   2.  05点
   3.  05点   4.  05点
   5.  00点   6.  00点

 37 qbc 『後崩壊世界ストライカーズ』 7点
   1.  07点   2.  00点
   3.  00点   4.  00点
   5.  00点   6.  00点

 38 さとう 『天体観測』 無評価

 39 城戸圭一郎 『黎明』 59点
   1.  17点   2.  13点
   3.  10点   4.  07点
   5.  12点   6.  00点

 40 小川牧乃 『けさのこと』 120点
   1.  20点   2.  20点
   3.  20点   4.  20点
   5.  20点   6.  20点

 41 優雨 『「K」の空間』 50点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  05点
   5.  05点   6.  00点

 42 虎馬鹿子 『おもいで』 120点
   1.  20点   2.  20点
   3.  20点   4.  20点
   5.  20点   6.  20点

 43 白庭ヨウ 『葉桜の季節から』 105点
   1.  20点   2.  18点
   3.  17点   4.  13点
   5.  17点   6.  20点

 44 杉本しほ 『海底に、月』 53点
   1.  20点   2.  10点
   3.  10点   4.  03点
   5.  10点   6.  00点

 45 鈴木ウタ 『水色スイマー』 55点
   1.  20点   2.  13点
   3.  07点   4.  05点
   5.  10点   6.  00点

 46 ますこすこ 『夏の記憶』 54点
   1.  20点   2.  10点
   3.  07点   4.  07点
   5.  10点   6.  00点

 47 グエン 『❝G❞から❝A❞までの道』 42点
   1.  20点   2.  05点
   3.  05点   4.  07点
   5.  05点   6.  00点
 
 48 辞退
 マガジンから該当の作品が外れており、再度追加しようとしたところ、作者の方にブロックされているという旨の表示が出ました。ご連絡などはございませんでしたが、辞退されたとこちらで判断致しました。

 49 たゆ・たうひと 『祖父の想いで』 無評価



 以上の結果から、最高得点は120点で、お二方おられました。『けさのこと』を書かれた小川牧乃さんと、『おもいで』を書かれた虎馬鹿子さんです。


 小川さんの『けさのこと』は、描かれてある動作に、非常に多くのものが溶け込んでいる掌編でした。生の一瞬間が実に鮮やかに切り取られており、作中人物の一つ一つの動きが、感覚が、まさに生きた人間のそれに見えました。動作と五感だけで、確かに人間が描かれてある、そんな魅力ある掌編でした。

 虎馬さんの『おもいで』は、その重たい掌編の核に負けない異質な表現が、作中人物の記憶を、まさに鮮やかに映し出していました。描かれた過去には、確かに語り手が存在していました。こちらもまた、生きた人間に触れられる作品でした。心理描写が排されているにも関わらず、その内側が確かに迫ってくる、そんな作品でした。

 どちらの作品も、五感と自然描写と動きだけで、非常に多くのことが描かれてあり、まさに人間が感じられる掌編でした。本当に惹かれる作品であったこと、改めてお伝えしたいと思います。

 受賞作、というと仰山ですが、お二方には、サポート機能を使って、1,500円をお送り致します。当初は1,000円とお伝えしておりましたが、手数料で少し少なくなってしまうかと思うので、1,500円と致します。

 また、採点結果とは別に、もう三作、個人的に強く惹かれた作品がありましたので、ご紹介します。siv@xxxxさんの『どないもならへん』と、海亀湾館長さんの『ルンナは夜明けまでに』、そして、青樹ひかりさんの『愛。』です。





 siv@xxxxさんの『どないもならへん』は、魅力ある語り手に触れられる掌編でした。語り手の行動からは、人間の息遣いが確かに聴こえてきます。語り手という人間のことがもっと知りたくなる、そんな掌編でした。描かれてある行動は、台詞は、まさに人間の心の鏡でした。

 海亀湾館長さんの『ルンナは夜明けまでに』は、ずっしりとした題材が、その表現によって、まっすぐ示されていました。文章からは、作中人物という一個人がまさに飛び散っており、言語化することの難しい「何か」で、端々まで満ちていました。考えさせられる掌編であり、かつ、多くのものが肌に迫ってくる掌編でもありました。

 青樹さんの『愛。』は、その表現に、怖いほどの求心力がありました。一文一文に力があり、読んでいるとその文章が、強烈なほど胸に迫ってきます。その色艶豊かな文章によって描かれてある作中人物からは命を感じ、掌編全体からは、独特の香気、色彩が、確かに漂い、滴っているように思いました。

 予定にはありませんでしたし、副賞、というと少しごつく聴こえてしまいますが、お三方には、500円をお送りしたいと思います。本当にわずかですが、お気持ちをお贈りさせてください。それぞれ、読んでいて息が浅くなるほど強烈な掌編でした。五感と自然描写と動きだけで、多くのことが表現されてある、そんな作品でした。

 結果発表は以上となります。ご応募ありがとうございました。


最後に

 自分は創作論や創作技術に関する本を読んだことがありません。また、文学部を卒業したわけでもありません。文学、文芸に関する専門的、ないし一般的知識はおよそなく、評に書いてあったことや、総評で述べたことは、選考基準に従って読んだときに感じたもの、つまり自分の感覚を、あるいは思ったことを、ただ言語化しただけのものに過ぎないこと、つまり厳密には批評や評論、評などではなく、思ったこと、つまり感想であること、「面白かった」や「楽しかった」などと、本質的には同じであること、ご理解いただければと思います。その作品が文芸として、小説としてうんぬん、という意味合いは、評には一切ありません。また、個々人の創作論や創作態度に対してあれこれ述べたものでもありません。自分は文芸、文学、小説について、およそ何も知りません。そういう人間が書いた、ただの感想であったこと、すでに述べておりますが、改めてお伝えしたいと思います。

 評や採点が厳しいものになりうることは、応募要項を載せた記事で述べていました。そして応募する際は、そのことを了承してほしいという旨も明記しました。どういったことを求めているのか、またどういった部分を見るのかについても、事前に公開しました。お返しした評は批評や論ではなく、ただの感想であることも、採点基準の詳細を記した記事でお伝えしました。

 ですが、お返しした評を読んで、不愉快になった方もたくさんおられたかと思います。ひどい言われようだと感じた方もいらっしゃるかと思います。何言ってんだこいつ、と思われた方もおられたでしょう。辛口、厳しい、不愉快、辛辣、作者や作品へのリスペクトがない、思いやりがない、自己満足、基準が厳しすぎる、言い方が悪い、冷たい、怖い、筆を折る人が出てくるぞ、創作の仕方なんて自由じゃないか、ちゃんと読めてないくせに、偉そうに。いろいろと思われたはずです。実際に傷ついた方も、傍から見ていて嫌な気持ちになった方も、書くのが怖くなった方も、あるいはおられるかもしれません。それでも、事前にお伝えした通りに、今回やらせていただきました。

 今回、作品に触れて思ったことを、忌憚なく述べました。そうでないと、自分とは異なる他者、存在について、小説を通して考えることにならず、同時に嘘をつくことになるからです。自分の感じたことを、何より作者の方を、ごまかすことになるからです。そもそも、誰かに評価されたり気に入られたりするために、今回の催しをやったのではありません。目的は、評価基準を載せた記事ですでに述べました。そして一番重要なことは、みなさんがそれぞれ自由に書いたこと、そして多くの方がそれぞれの作品に触れたことです。それがすべてだと言っても構いません。また自分にとっても、みなさんの作品に触れることこそが、何よりも大きな目的であって、お返しした感想はおまけのようなものであることもまた、すでに述べています。

 それに、偽りにも似た感想をお返ししたところで、それがなんでしょう。こう書いたら嫌われるかもしれない。本当はこう思ったけど、少しよく書いておこう。そのほうがきっと喜ばれるし、嫌われないし。そういった気持ちを持ったまま、感じたことを言語化しようとする。そんなことはしたくありません。自分の小説を書く時間を削ってまで、どうしてそんなことをしなければならないんでしょう。募集を開始してから三週間以上、ほぼすべての時間をかけて自分のやってきたことが、仮に嘘まがいのものであったなら。自分は自分を、絶対に許せません。そんな自分だったら、殺してやろうとすら思ったでしょう。募集要項を公開し、作品しか見ないと明言したときから、感じたことを何とか言語化することだけに、時間の大部分を費やしました。結果、文字数で言えば、個々の評の合計だけで、十四万字以上は書きました。とはいえ、文字数それ自体は、別にどうでもいいことです。

 今回の催しで自分が得たものは、みなさんの書いた作品に触れた、かけがえのない時間です。みなさんの作品に、たくさんの掌編に囲まれて過ごした時間は、とても暖かいものでした。いくら時間があっても足りなかったです。あっという間でした。作品をじっと抱き締めて、そうして感じたことを、可能な限りそのまま言語化しようとした一つ一つの瞬間は、宝物です。個々の掌編と、本当に親しくなれました。かけがえのない時間を、ありがとうございました。

 最後に、これだけは改めてお伝えしておきたいのですが、小説は、自由に描いていいものだと思っています。そして小説に触れたときの感じ方は、人によってまさに様々であることもまた、お伝えしたいと思います。小説に対する考え方についても同様です。今回の評は、設けた基準に沿って書いたものに過ぎません。そんな基準を取っ払ってしまえば、どの小説にも、多くの可能性があります。そのことは、明言しておきたいと思います。読む人の数だけ、一つ一つの小説には、確かに色があるはずです。今回、小説とはこうあるべきだと述べたつもりなど、毛頭ありません。ただ事前にお伝えした通りにやらせていただいただけです。これからも、どうぞ自由に書いてください。どうぞ自由に読んでください。お返しした感想など、別に無視していただいて構いません。こんなやつの評など無駄だと思ったのなら、どうぞお捨てください。そして自分の信じるように、自由に書き続けてください。この先どう書いていくのか。それは、応募者の方が決めることです。こちらがあれこれ言うべき事柄ではないこと、理解しています。

 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。とても疲れたので、少し休憩したいと思います。作品など、また少しずつ創っていきたいと考えているので、読んでくださっている方は、今後ともよろしくお願いします。

 多くの時間を頂きました。参加してくださったみなさん、ありがとうございました。

 また、コメントをくださった方、サポートをしてくださった方、noteの、クリエイターへのお問い合わせという機能を使ってメールを送ってくださった方、本当にありがとうございました。その温かいお気持ちに、救われました。お返事ができていない方もおられるかとは思いますが、ご容赦ください。

 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。貴重な経験をさせていただきました。感謝しています。

 以下のマガジンから応募作に触れられますので、みなさんの作品に、改めて触れてみてください。


読んでいただき、ありがとうございました。