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eb0shi
エンジニアとか、学者って論理思考の塊だと思う人は非エンジニア
には多いと思います。
半分は正解で、半分は違うと思うんですよね。
エンジニアが何かを生み出すエンジンって空想だと思うんです。
論理の積み重ねだけでものが出来ているわけでは無いと思います。
実現されていない何かを、世の中に落とし込むわけです。
例えば、スマートウォッチで買い物って、それこそ20年前には
夢みたいなものだったと思います。その夢を現実にしたのは
エンジニアなのです。
青色のLEDが足りないから作らないと、光の三原色が出来ない。
そこに到達するプロセスは、論理のみではなく、トライアンドエラー
の結果ともいえると思います。
日々、noteに出している、アウトプットって何処からくるって
気づきのメモを広げたり、その気づきは、スマホのメモだったり
するんですよね。
そのメモの源流が何処にあるって、誰かの言葉を膨らませたり、
ある時思ったことを10文字くらいにしてあるものを引き出しとして
持っているだけに過ぎなかったり。
そこに論理性があるかと言ったら、落ちてきたかけらを集めたり、
伸ばしたりだったりするだけなんじゃないのかなって。
ただ、そこにエンジニアリングなり、サイエンスのフィルターを
かけているだけ、そうそれだけなんだと思います。
同じメモを見ても、演出家、法律家、経済学者、作家、それぞれ
フィルターの色が違うだけで10文字程度のワードの伸ばし方が違う
ってだけなんじゃないかなと。
取り留めないですけどね。そんなことを思いました。
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