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NOT TOO LATE

KAZU SUZUKI

2021年11月
東京での残り少ない時間を、表参道にある友人のオフィスで過ごしていた。
17時半に仕事を終えると、外はもうすっかり冬の空気で、夜空は深みを増していた。

通い慣れた地下鉄を早足で歩き、娘が待つ保育園へと向かう。
コロナの影響で、この時間でも座れるくらい電車は空いていた。

うつらうつらとしながら、電車に揺られる。
表参道から自由が丘までの一人の時間。

渋谷駅に到着すると、およそ半分の人が電車から降りた。
すると、ふたつ隣の席に座っていた女性が、イヤホンを座席に落としていった。僕はとっさに、それを拾って追いかけようと思った。

けれど……

もし、今、電車を降りたら、娘のお迎えに間に合わなくなるかもしれない。むしろ、電車を降りたところで、落とし物した人が誰なのか、見つけられないかもしれない。

そんなことを2秒ほど迷った

プラットフォームから人が乗り込んできた。
イヤホンを拾う前に、別の人が席に座るかもしれない。
どうする?

間に合うか?
いや、もうダメだ。間に合わない。


マスクをした男性が、イヤホンに気づかずに座った。
携帯電話を出して、ニュースアプリをスワイプしている。

今からでも、走って届けるべきだったろうか。
「すみません、そこにイヤホンが落ちてまして」
そういって拾って電車を降りるのは、さすがにやりすぎだろう。

プシュー、、、バタン。
ドアが閉まり、電車は再び、走り出した。

電車に揺られている間ずっと、僕はそのイヤホンのことが気になって仕方なかった。
若い頃の自分なら、迷うことなく、拾って届けたに違いない。
仮に、届けることができなかったとしても、清々していたはずだ。

何が自分を変えたのだろう。
親切することができなくなっている。
なぜなんだ……。


それから2ヶ月が経ち、僕は移住したドバイの生活にも慣れ始めた。

2022年2月
ドバイモールにある銀行で新規口座を開き、僕は意気揚々と自宅に向かって歩いていた。英語で銀行員と会話できた自分を、少し誇りに感じた。

もう午後9時だ。
こんな時間なのに、日本では考えられないくらい、ドバイの街は人でごった返している。幼い子どもを連れた家族だらけだ。

地上階から3階まで続く、吹き抜けのホールをぬけて、横目でマセラッティとファッションメーカーのコラボ展示を見た。
隅々までデザインされた展示を、素直に羨ましく思った。
(いつか僕も、こんな展示をデザインする日がくるかもしれない)
会場の細部のデザインを頭に焼き付けるのは、僕の数少ない趣味の一つだ。

正面にあるエスカレーターからアフリカ系の4人家族が降りてきた。
ボクサーのような体格の父親が、ピンク色のテニスボールのようなものを落とした。
それに気づかないまま、僕とすれ違う。

後に続く金髪の女性が知らずに、そのボールを通路の端へと勢いよく蹴飛ばした。
僕だけが、それに気づきながらも、エスカレーターへと歩いていく。

きっと、今から拾っても、間に合わない。
もし間に合ったとしても、英語でどう伝えればいいのか。
そうしてまた、2秒が過ぎた

また、やりすごすのか。
あの日の渋谷駅のように。

僕は、鋭角に振り返り、転がっていくボールに駆け寄った。
それは、ボールではなく、幼児の靴下を丸めたものだった。
客の流れに逆らって、人混みに消えた家族を探す。

幸運なことに、その家族は近くの露店の前にいた。
スカーフをした母親が、バッグのチャックが開いていることに気づき、父親を責めながら、落とし物がないか確認しているところだった。

"Excuse me, did you drop this?"
そういって、小さな靴下をボクサーの妻に手渡す。

ボクサーが、驚きと安堵の表情を見せた。どの国でも、妻は最強のようだ。
ベビーカーに乗っている3歳ほどのシンデレラは、ぐっすりと眠っていた。
僕は微笑み、"Have a good evening."と言って、エスカレーターへと戻った。

間に合った。

間に合った……

間に合った………………

あの渋谷のときのような気持ちになるのが嫌だったのか。
それとも、親切なドバイの人たちに感化されたのか。

自分でもわからない。
けれども、間に合ったことが、ただただ嬉しかった。
まるで別の世界線に移ったみたいに、嬉しかった。

考えてみれば、僕はいつも「もう手遅れだ」とあきらめていた

たとえば、コロナワクチンのときも、そうだった。
ワクチンについての悪い噂を知っていたとしても、すでにワクチンを打った家族に、不安になるようなことを言えなかった。
ただ、不安を煽るだけだ、やめておこう。

たとえば、日本経済についてもそうだった。
日本から海外へと資本家が、移住している理由を、表立って言うのは避けていた。未来のことは分からないし、不安を煽るだけだ、やめておこう。
経済が崩壊したときは、もう手遅れだけれど、それはそれで仕方がない。

そうやって、手遅れだ、とあきらめるのが癖になっていた。


それが、ただ、ピンク色の靴下を拾って届けただけで、なにかが変わった気がした。

「まだ間に合う」と思ってみよう

まだ間に合う。
たとえ、ワクチンを1、2回打ったとしても、それくらいの遺伝子組み換えで、すべての自然免疫が機能しなくなるはずがない。

まだ間に合う。
海外への渡航やビザは、高額になっていっているけれど、まだ取得が可能だ。仮想通貨だって、日本で新規口座が作れる取引所はまだあるし、購入もできる。銀行だって、預金封鎖されていない。

まだ、ぜんぜん間に合う。

そうだ。
どんなときだって、「まだ間に合う」と思おう。

間に合う、も、間に合わない、も
結果でしかない。

けれども「間に合わないんじゃないか」と悩んでいたら
すべてが間に合わなくなってしまう。


まだ、間に合う。

まだ、間に合う!

まだ、間に合うんだ!

僕が拾った靴下は、シンデレラの「ガラスの靴」ではなく、オズの魔法使いの「ルビーの靴」だったのかもしれない。

王子様を待つだけのストーリーは終わりだ。

かかとを3回鳴らせば、大切なことを思い出すことができる靴。
知恵と心と勇気は、もともと自分の中にあった。
もっとも幸せな場所は、いつだって "Now, home (今、ここ)" だ。
今、誰もが「可能性」を握っている。


NOT TOO LATE.
まだ、間に合う。


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